天牢からの手紙
帝都の地下深くに位置する天牢。
光も音も時間さえもが澱んだ生ける屍たちのための場所。
趙子龍は手足を重い枷で繋がれ冷たい石の床に座している。
彼を苛んでいたのは肉体的な苦痛よりも精神的な苦痛だった。
(先生は…今どうしておられるだろうか)
(俺が不甲斐ないばかりに敵の罠にかかり捕らえられた。この失態が先生の名誉にどれほどの傷をつけたことか…)
(先生が授けてくださったあの完璧な策を…俺は台無しにしてしまった…!)
彼は自分のことよりも自分を信じてくれたまだ見ぬ主君の名を汚してしまったことへの自責の念に駆られていた。
その夜、牢獄の闇に一つの影が溶け込むように現れた。
牢番の衣服を纏った大宦官・王皓月だった。
「…趙将軍。息災かな」
「貴様は…!」
「声が大きい。私は貴殿の『先生』の使いだ」
王皓月はこれが皇太子たちの仕組んだ罠であること、そして「軍師殿も貴殿の身を深く案じ心を痛めておられる」ことを簡潔にしかし正確に伝えた。
軍師が自分のことを見捨てていなかった。
その事実に子龍の心に一筋の光が差す。
しかし彼は自分の救出を懇願したりはしない。彼は王皓月に一つの頼み事をした。
「…どうか筆と何か書けるものを拝借できないだろうか。先生に最後のご挨拶を申し上げたい」
王皓月から渡された粗末な紙と、牢の壁の煤を水で溶いたものをインク代わりに、子龍はこれが最後になるかもしれない手紙を書き始めた。
彼は自分の無実を訴えたり敵を呪ったりはしない。
ただまだ見ぬ主君への揺るぎない信頼と感謝の念だけを、その武骨な文字に込めていく。
「軍師先生へ。まず我が不覚により先生の名誉を汚してしまいましたこと万死に値します。誠に申し訳ございません」
「しかし、たとえ我が身がここで朽ち果てようとも、先生が授けてくださった知略と国を憂うそのお心が一点の曇りもない本物であったことだけは、この趙子龍の魂が命に懸けて証明いたします」
「先生に出会えなければ俺は北の辺境で無名のまま理不尽な命令の下で犬死にしていたことでしょう。貴方様が俺に人として生きる意味と兵として戦う誇りを教えてくださいました。この御恩は決して忘れません」
「どうかご自愛ください。そしてこの腐りきった国を俺の代わりに、お頼み申します」
その手紙を読んだ王皓月は彼の長い人生の中で初めてと言っていいほどの深い感動に心を揺さぶられた。
(…この国にもまだこれほどの『本物』が残っていたのか…)
(姫様…貴女はとんでもない獅子を見つけなされた…!)
彼はその手紙をまるで聖遺物のように大切に懐にしまう。
「…将軍。貴殿のその魂、確かに、お預かりした。必ずやあるべき場所へお届けしよう」
王皓月が去った後、子龍は静かに目を閉じた。彼の心は不思議なほど穏やかだった。
一方、その「魂の叫び」が込められた手紙は今、帝国の運命を、そして絶望に沈む一人の少女の運命を根底から覆すための最強の「武器」となって闇の中を主君の元へと急いでいた。




