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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第9章:帝国の影

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銀狼平原の悲劇

 銀狼平原。

 広大な背の低い草原。風が草を揺らし、まるで銀色の狼の毛皮が波打っているように見えることからその名がついた場所。

 趙子龍率いる中央部隊は玲蘭の計画通りテムジン率いる蒼狼国主力を巧みに引きつけながら「敗走」を続けていた。

 全ては完璧に進んでいるはずだった。


 ***


 一方、右翼の包囲部隊を率いる呉将軍の陣営。

 彼の元には子龍の部隊が予定通りに敵を引きつけているという報告が次々と届いていた。

 副官が焦れたように進言する。

「将軍! 今です! 今こそ側面に回り込み敵を強襲すれば大勝利は間違いありません!」

 しかし呉将軍はそれを冷たく一蹴した。

「…まだだ。慌てるな。功を焦って突出するのは愚者のすることよ」


(ククク…焦るな。あの成り上がりの若造(子龍)がもう少し敵の刃で削られるのを待つのだ)

(奴の部隊が半壊し敵も疲弊しきったその一番『美味しい』ところで、我ら無傷の部隊が颯爽と現れ敵将の首を取る)

(そうすればこの戦いの手柄は全てこの私と皇太子殿下のものになるのだ…!)


 国の勝利よりも個人の手柄と政敵の失脚を優先する。

 彼のこの行動は組織を腐敗させる人間の醜い「私欲」の象徴だった。


 ***


 その頃、子龍を追撃していたテムジンはふと戦場の空気にかすかな「違和感」を覚えていた。

(おかしい…)

(追撃しているはずなのに敵の抵抗がまだ組織的すぎる。まるで俺たちをどこかへ『導いて』いるようだ)

(そして何より来るべきはずの側面からの攻撃が一向に来ない。包囲にしては速度が遅すぎる…!)


 テムジンはこれが罠である可能性と、もう一つの可能性――帝国軍の「内輪揉め」――に瞬時に思い至る。

 彼は即座に全軍に追撃停止と反転攻勢を命令した。


 天才的な状況判断。それにより戦況は一瞬で逆転する。

 敵を引きつける「おとり」だったはずの子龍の部隊は、反転してきた怒れる蒼狼国主力の全力の猛攻を正面から受け止める「的」へと変わってしまった。

 玲蘭が最も恐れていた最悪のシナリオだった。


 子龍は呉将軍に裏切られたことを悟る。

 彼の脳裏に玲蘭からの「部隊の生存を最優先とせよ」という最後の警告が蘇った。

 彼は歯を食いしばり屈辱に震えながら全軍に撤退を命令する。

 しかし猛攻に晒される中での撤退は困難を極めた。

 子龍は自ら最後尾に残り仲間を逃がすための「殿(しんがり)」を務める。


 彼の槍が次々と敵兵を屠る。しかし敵は波のように押し寄せてくる。

 彼の背後でこれまで苦楽を共にしてきた部下たちが次々と馬から落ちていった。

「将軍! お先に行きます!」という若い兵士の最後の叫びが耳にこびりつく。


 多くの犠牲を払い子龍は辛うじて残った部下と共に戦場を離脱した。

 彼の体は無数の傷で血にまみれていた。

 しかしそれ以上に彼の心は守りきれなかった仲間への申し訳なさと、彼らを死に追いやった者たちへの燃えるような怒りで引き裂かれていた。


 彼は崩れ落ちそうになる体を槍で支えながら遠い帝都の方角を睨みつける。

 その目から一筋、血の涙がこぼれ落ちた。

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