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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第8章:文(ふみ)の中の戦友

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地図にない村

 静思堂。

 王皓月から「しばらく手紙のやり取りは控えるように」という警告を受けた後、玲蘭は最後になるかもしれない一通の指令書を書き上げていた。

 皇后の監視の目を欺くため、それは公式な伝令ではなく王皓月が手配した薬売りの商人に扮した密使によって届けられることになっていた。

 玲蘭が子龍に与えた最後の任務。それはおよそ軍事行動とは思えない不可解なものだった。


「これより百名の精鋭のみを率い蒼狼国の支配領域の奥深くへ潜入し、地図に記した『ヒスイの谷』と呼ばれる場所の現状を調査されたし」


 添付された地図には谷の大まかな場所は記されているが、そこに何があるのか何のために調査するのかその目的は一切書かれていない。


(今は下手に軍事的な成功を収めさせればかえって皇后の注意を引いてしまう)

(この任務なら目的が不明瞭なため万が一情報が漏れても皇后はただの偵察任務だと思うでしょう)

(そして子龍…貴方には見てきてもらわなくてはならない。我々が戦っている敵の『本当の姿』を…)


 ***


 子龍は玲蘭からの不可解な指令に戸惑った。

 しかし彼は「先生の策には必ず我々の想像を超えた深い意味がある」と信じ、疑うことなく最も信頼できる部下だけを率いて敵地への危険な潜入を開始する。

 彼らは帝国軍の鎧を捨て現地の猟師や遊牧民から奪った粗末な革の服を身に纏った。

 言葉から正体がバレないよう会話は最小限に。

 蒼狼国の支配下にある村々を避け昼は森に隠れ、夜の闇に紛れてひたすら北を目指した。


 数日後、子龍たちは目的地である「ヒスイの谷」にたどり着く。

 そこにあったのは彼らの想像とは全く違う光景だった。

 彼らは寂れた廃村かあるいは蒼狼国の軍事拠点でもあるのかと想像していた。

 しかしそこにあったのは活気に満ちた一つの「村」だった。子供たちの笑い声が響き畑は豊かに実り、家々からは夕餉の支度をする煙が立ち上っている。


 子龍は村の長老に自分たちの正体を半分だけ明かし話を聞いた。

 この村は数年前に蒼狼国に征服された元・黄龍帝国の民が暮らす村だった。

 彼らは征服された当初皆殺しにされるか奴隷にされることを覚悟していたという。

 長老は震える声で驚くべき事実を語り始めた。


「…しかしあの方…テムジン様は我らを殺さなかった」

「それどころか『お前たちも今日から俺の民だ。俺の民を飢えさせるわけにはいかん』と仰せになり、我らに蒼狼国の進んだ羊の飼育方法や乾燥に強い穀物の種を分け与えてくださったのだ」

「税は確かに取られる。しかしそれは我らが帝国に納めていたものより遥かに軽い。そして納めた税は、この谷を守るための見張り台の建設に使われている…」


 子龍は長老の話にハンマーで頭を殴られたような強烈な衝撃を受ける。


(なんだ…これは…?)

(俺たちが『蛮族』と呼び国を脅かす『悪』だと信じて戦ってきた敵の王が、俺たちの国の王よりも遥かに民のことを考えた『善政』を敷いているというのか…?)


 これまで帝国を守るという単純で揺るぎない「正義」を信じて戦ってきた子龍。

 その足元がガラガラと崩れ落ちていく感覚。

 彼が戦うべき「悪」とは一体何なのか。彼の心に初めて大きな混乱と疑問が生まれた。

 夕焼けに染まる平和な村の光景を前に子龍は立ち尽くす。


(先生…。貴方は俺にこれを見せるために…)

(だとしたら俺たちはこれから何と戦えばいいのですか…?)


 彼は軍師の真意を悟り戦慄した。

 この戦いは単なる領土の奪い合いではない。

 どちらの「国」がより民を幸せにできるかという、「体制」と「理想」の戦いなのだと。

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