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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第7章:見えざる絆

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芽生える感情

 静思堂。

 玲蘭の元には趙子龍からの定期報告書が数日おきに届くようになっていた。

 それは彼女が指示した改革が前線で着実に成果を上げていることを示す頼もしい内容だった。

 しかし最近、その極めて実務的な報告書の最後にほんの数行だけ、軍事とは全く関係のない「追伸」が書き加えられていることに玲蘭は気づいていた。


「追伸。こちらの山では今、名も知らぬ小さな白い花が盛りを迎えております。厳しい冬を前に懸命に咲くその姿に兵たちも勇気づけられております」

「追伸。先日村の子供たちに読み書きを教えてやりました。彼らが二度と戦の道具とならぬよう平和な世を築かねばと改めて心に誓いました」


 玲蘭はその無骨だが温かい文章を読む時間を、一日の中で最も心安らぐ大切な時間だと感じるようになっていた。

 そしてその文章の向こうにいる「趙子龍」という一人の男性の姿を、自然と想像するようになっていた。


(きっと彼は不器用で口下手な人に違いないわ)

(でも誰よりも誠実で優しくて…そしてあの厳しい戦場にあって道端の花に目を留めるような美しい心を持っている)

(会ってみたい…。どんな声で話す人なのだろう。どんな顔で笑う人なのだろうか…)


 前世の相川千里は研究に没頭するあまり恋愛とは無縁の人生を送ってきた。

 生まれて初めて抱くこの温かく、少しだけ胸が苦しくなるような感情に玲蘭自身が戸惑っていた。


 ***


 一方、北の陣営。

 子龍は軍師「先生」への返信を書いている。

 彼は先生が授けてくれる神がかり的な戦術や知識に絶対的な尊敬の念を抱いていた。

 彼は先生のことを白髪と長い髭をたくわえた厳格でしかし慈悲深い、伝説上の賢者のような人物だと想像していた。


 しかし時折先生からの指令書の片隅に添えられている細やかな言葉に、彼は不思議な感覚を覚えていた。

「兵士たちの凍傷には生姜を煎じた汁が効きます。どうか皆様ご自愛ください」

「雨の日は無理な行軍を避け武具の手入れと休息に充てること」

 その言葉は老賢者の厳しさというよりは、まるで遠く離れた場所から自分たちの身を案じる母親か姉のような温かい優しさに満ちていた。


(先生は本当に俺が想像しているようなお方なのだろうか…?)

 彼はまだ見ぬ師の人間的な側面に強く惹かれ始めていた。


 子龍は書き終えた報告書を巻き終えると、ふと机の上に飾ってあった一輪の白い花に目を留める。

 それは彼が追伸に書いたあの花だった。

 彼は少しだけ迷った後その花を丁寧に摘み取ると、分厚い書物の間に挟み押し花にした。


 数日後。

 玲蘭の元に王皓月が定期報告書と共に小さな木箱を届けた。

「趙子龍殿からです。『重要な参考資料』とのことですが…」

 玲蘭が訝しみながらその木箱を開けると、中には北方の土や石、そして数種類の植物の標本が入っていた。

(なるほど現地の土壌や植生を私に知らせるため…どこまでも真面目な人だわ)


 彼女が苦笑しながら資料を整理していると、報告書の巻物の中からぱらりと一枚の押し花がこぼれ落ちる。

 それはあの手紙に書かれていた白い可憐な花だった。


 言葉は何一つ書かれていない。

 しかしそれはどんな言葉よりも雄弁に彼からの不器用な「想い」を玲蘭に伝えていた。

 玲蘭はその小さな押し花をそっと胸に抱きしめる。

 彼女の白い頬がほんのりと茜色に染まっていた。


 軍師と将軍という公的な関係の裏で、確かに育まれ始めた見えざる絆と淡い恋。

 しかしその純粋な想いがやがて二人を更なる試練へと導くことを、彼女はまだ知らなかった。

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