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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第7章:見えざる絆

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心理戦の第一歩

 静思堂。床に広げられた地図の上で、玲蘭はチェスを指すように赤い石と白い石を動かしている。

 彼女は双龍谷の敗戦を何度も何度もリプレイしていた。

 感傷に浸っているわけではない。敗戦の中から敵将テムジンの「思考パターン」と「性格」を徹底的に分析していたのだ。


(彼は非常に狡猾。しかし同時に誇り高い)

(彼は帝国軍を『組織として』侮っている。だが私…『顔の無い軍師』のことは個人として強く意識し始めているはず)

(ならば次に彼が打ってくる手は…? そしてその裏をかくには…?)


 玲蘭は軍事的な正面衝突はまだ時期尚早だと判断した。

 まず敵の足元を揺さぶり彼らの精神的な優位を崩すことから始めるべきだと。

 彼女の頭の中に前世で学んだある言葉が浮かぶ。「戦争の目的は敵の戦闘能力の破壊にあるのではなく、敵の『戦う意志』の破壊にある」。


 玲蘭は趙子龍への手紙に奇妙な指示を書き記した。


「第一条:今後蒼狼国の兵士を捕虜にした際は決して殺害あるいは虐待してはならない。むしろ可能な限り丁重に扱え」

「第二条:捕虜には我々が食べる物と同じ温かい食事と清潔な寝床を与えよ。負傷している者には帝国軍兵士と同じ水準の治療を施すこと」

「第三条:捕虜との会話の中で『我らが戦うのは蒼狼国の民ではなく戦を望むテムジン大単于ただ一人である』という考えをそれとなく伝えよ」

「第四条:数日後、捕虜たちの警戒が緩んだ隙を突きわざと彼らが『脱走』できるように見張りを手薄にせよ」


 その指令書を預かった王皓月はさすがにその意図が読めず困惑の表情を浮かべる。

「姫様…これは一体…? 敵に塩を送るようなものでは…」


 玲蘭は王皓月にこの策の狙いを説明した。

「これは敵国に対する『ヴァイラル・マーケティング』よ」

「『口コミ』ほど強力な情報伝達手段はないわ。特に敵兵という『当事者』からの口コミは何よりも信憑性が高い」

「脱走した兵士たちが故郷や仲間たちの元へ帰りこう噂を広めるでしょう。『帝国軍は噂と違って残虐ではなかった』『彼らは俺たち兵士を憎んでいるわけではないらしい』『悪いのは戦争を止めないテムジン様の方ではないか?』と」


 その目的は敵兵の中に「何のために戦っているのか?」という疑念の種を植え付け、戦意を内側から削いでいくこと。

 王皓月は武器を使わずに敵の心を内側から崩していく、この恐ろしくも洗練された「心理戦術」に戦慄を覚えた。


 ***


 最前線。

 子龍は玲蘭からの奇妙な指令に最初は戸惑った。

 しかし「先生の策には必ず深い意味がある」と信じ、彼は寸分違わずそれを実行する。

 捕虜になった蒼狼国の兵士たちは殺されると覚悟していた。しかし与えられたのは温かい粥と清潔な傷薬だった。帝国兵たちは彼らを罵るどころか「故郷には家族がいるのか?」と静かに話しかけてくる。

 数日後、計画通り見張りが手薄になった夜に捕虜たちは半信半疑のまま陣地から脱走していった。

 彼らの心の中には帝国軍への憎しみと共に、これまで感じたことのない奇妙な「戸惑い」と「疑念」の種が確かに蒔かれていた。


 テムジンの本陣。

 脱走兵からの報告を受けたテムジンは苦虫を噛み潰したような顔で地図を睨みつける。


(…小賢しい真似を。武力ではなく人の心で戦おうというのか、あの狐は)

(だが面白い。ならばこちらも同じ土俵で遊んでやろうではないか)


 玲蘭の仕掛けた心理戦に対しテムジンがどう応えるのか。

 天才同士の新たな次元の戦いの幕開けだった。

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