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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第7章:見えざる絆

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敗戦からの返信

 静思堂。

 玲蘭は都に流した「噂」が朝廷の責任論を鎮火させたという報告を王皓月から受けていた。

 しかし彼女の表情は晴れない。

 情報戦には勝利した。しかしそれは三千の兵士が死んだという事実を消せるわけではない。

 そして彼女が最も恐れているのは趙子龍の反応だった。


(彼は私のことをどう思っただろうか…? 仲間を見殺しにした冷酷な軍師だと、軽蔑しただろうか…?)


 彼女はまだ見ぬ戦友からの信頼を失ってしまったのではないかという不安に苛まれていた。

 そのため敗戦以来、彼女は子龍への手紙を一通も書けずにいたのだ。

 王皓月はそんな玲蘭の心を見透かすように静かに告げる。

「姫様。人の信頼とは順境の時にではなく逆境の時にこそその真価が問われるものにございます」


 その時、一羽の伝書鳩が北の空から静思堂の窓辺へと舞い降りた。

 それは前線にいる子龍からの定期報告の鳩だった。

 玲蘭は鳩の足に結び付けられた小さな竹筒を見るのが怖かった。

 そこには自分への失望や叱責の言葉が書かれているかもしれない。

 王皓月に促され玲蘭は意を決して竹筒から巻物を取り出し、震える手でそれを開いた。


 巻物に書かれていたのは玲蘭の想像とは全く逆の内容だった。


「軍師先生へ。まず双龍谷にて散った我が同胞たちの魂に、一兵卒として心より哀悼の意を表します」

「しかし先生。この度の敗戦は決して先生の責ではございません。これは功に逸り敵を侮り、そして何より先生の警告に耳を貸さなかった我ら帝国軍全体の驕りが招いたものです」


(…警告? 私は、警告など…)

 玲蘭ははっとした。子龍は都に流れた「噂」を真実だと信じているのだ。いや、それ以上に彼は「あれほどの惨事になる前に先生が警告しないはずがない。朝廷がそれを握り潰したのだ」と、何よりもまず玲蘭自身を信じきっているのだ。


 手紙は続く。

「むしろ俺は、この敗戦で改めて先生の教え――『勝てぬ戦はするな』――の正しさを骨の髄まで痛感いたしました」

「俺は先生を信じております。どうか心を痛めてはおられるな。次こそは先生の描く完璧な勝利をこの趙子龍、必ずやこの手で掴んでみせます。ですからこれからも俺たちをお導きください」


 そのどこまでも実直で揺るぎない信頼に満ちた言葉の数々に、玲蘭の目から堰を切ったように涙が溢れ出した。


(…違う。軽蔑されるどころか彼は私の心をここまで読んでくれていた…)

(私が彼を信じていた以上に、彼は私を信じてくれていたんだ…)


 子龍からの温かい言葉。

 それは罪悪感に凍てついていた玲蘭の心を優しく溶かしていく。

 彼女は自分が一人ではないこと、遠い戦場に自分のことを理解し支えてくれるかけがえのない「戦友」がいることを改めて実感した。


 玲蘭は涙を拭うと新しい羊皮紙と筆を取る。

 彼女の瞳にはもう迷いも憂いもなかった。


(ありがとう子龍。貴方がいる限り私は決して立ち止まらない)


 彼女は子龍への返信とそして宿敵テムジンへの次なる反撃の策を、力強い筆致で書き始めた。

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