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若獅子の返書

 北の最前線。

 奇襲作戦の成功に陣営は沸き立っていた。兵士たちは久々の勝利に酔いしれ、口々に子龍の武勇を称えている。

 しかし子龍自身の心は晴れやかではなかった。

 彼はこの勝利が自分の力ではなく、全てはあの神がかり的な地図と作戦を授けてくれた未知の軍師のおかげであることを、誰よりも理解していたからだ。


(俺はただ、盤上の駒として完璧に動かされたに過ぎない…)


 その時、首都からの密使が一通の巻物を彼に届けた。差出人の名はない。しかし子龍はそれが「あの方」からの手紙であることを直感した。

 彼は緊張で震える手でその封を切る。

 そこに書かれているのが次の作戦命令だと身構えた。

 しかし書かれていたのは彼の予想とは全く違う、「下問」だった。


「得たもの、失ったものを報告せよ」

「兵たちの心の状態まで」

「お前の目で見た全ての情報を私に与えよ」


 彼はその手紙を読み衝撃に打ち震える。


(この方は…! 俺たちをただの駒だとは思っておられない…!)

(俺たちの犠牲を悼み、俺たちの心まで気遣ってくださっている)


 これまで上官からは常に理不尽な「命令」しか与えられてこなかった子龍。

 初めて一人の人間として現場の指揮官として「尊重」されたことに、彼は深い感動と魂からの忠誠心を覚えた。

 彼はこのまだ見ぬ軍師を心の中で「先生」と呼ぶことを決意する。


 その日から子龍の陣営の雰囲気は一変した。

 彼は勝利の宴を早々に切り上げさせ、軍師先生からの「宿題」に全部隊で取り組むことを命じる。


 子龍は部隊の書記官と共に、今回の戦闘で命を落とした兵士、三十七名全員の名簿を作成した。彼はただ名前を羅列するだけでなく一人一人の顔を思い出しながら、「彼は村一番の猟師でした」「故郷に生まれたばかりの娘がおりました」といった短い人物評を拙いながらも書き添えていく。

 兵士たちに聞き取り調査を行い、「自信を取り戻した」「家族に仕送りができると喜んでいる」「次の戦いが怖い」といった「心の状態」を正直に報告書にまとめた。

 斥候部隊や猟師出身の兵士たちを総動員し、周辺地域の精密な実測地図を作成させる。川には実際に兵士が入って深さを測り、森の獣道は猟師たちが記憶を頼りに描き出す。

 陣営全体が、一つの巨大な情報収集チームとして機能し始めていた。


 数日後、膨大な量の報告書と詳細な地図が完成する。

 それはもはや単なる手紙ではない。趙子龍と彼の部下たちの、魂そのものが込められた情報の塊だった。

 子龍は全ての報告書の最後に彼自身の言葉でこう書き加える。


「――先生。これが我らの全てです。我らの命、我らの魂、その全てを先生の駒としてお使いください。我らは先生の示す道の先に帝国の光があると固く信じております」


 彼はその膨大な巻物を密使に託す。

 首都の方角を見つめながら彼は思う。


(先生はどのようなお方なのだろうか。厳格な老将軍か、博識な大学者か…)

(いつかお会いできる日が来るのだろうか)

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