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花の中の煙


長江は武漢の街を轟音と共に流れ過ぎていた。川面はジャンク船の喧騒と西洋の蒸気船の黒煙で泡立っていた。空気は塩、魚、石炭の匂いが混ざり合い、古の中国が外国の新しい機械と肩を並べて息づいていた。


観音寺の静かな中庭で、メイは朱塗りの柱にもたれ、木造の縁側に座っていた。寺院は避難所だった。高い塀が、外の混乱から逃れてきた痩せこけた難民たちを守っていた。住職は慈悲の刻まれた顔で子どもたちを一目見るなり、何も問わず手招きし、他の難民たちと共に寺の隅に迎え入れた。


もともと体は丈夫だったメイだが、今では疲労が第二の皮膚のように体にまとわりついていた。彼女は目を閉じ、寺の庭から漂ってくる牡丹、木蓮、ジャスミンの香りに身を委ねた。青緑色の池が、巧みに置かれた石によって波紋を描きながら、午後の日差しの下できらめいていた。香の甘くて煙たい匂いが花の香りと混じり合い、彼女たちが逃れてきた難民キャンプに漂っていた腐臭とはまるで別世界だった。


リャンは用を足しに行っていて、メイは一人きりになった。彼女は花の上を舞う蝶のつがいを眺めた。翅が光を浴びて金色に輝いていた。その一瞬だけ、空腹も忘れられそうだった。


——そこに、声が聞こえた。


二人の男が寺に近づいてきた。一人は中国人で、毛皮の襟付きの絹の衣をまとい、もう一人は湿気の中でも涼しげなスーツに身を包んだ外国人だった。金の懐中時計が腰元で光り、広いつばの帽子がその青白い顔を影に覆っていた。彼らの歩き方には、裕福な男たちの余裕があった。磨かれた靴が石畳にカチカチと音を立てた。メイはとっさに身を引いたが、好奇心が彼女の足を止めた。


彼らは英語で話していた。


「私はこの寺に奉納板を捧げようと思う」中国人の男が言った。


「運を買うには安いものだ」外国人が応じた。


メイの指が袖の端をぎゅっと握りしめた。彼女は外国語を理解でき、それが密かな誇りだった。


中国人はため息をついた。「見てくれ、この哀れな者たちを。戦争と洪水が、多くの者から全てを奪った。私にできることがあれば……」


その言葉に、メイの胸の奥で何かが動いた。気がつけば、彼女は足を踏み出していた。喉は乾いていたが、声は澄んでいた。


「お願いです、お食事を少しでも分けていただけませんか。弟が飢えています」

彼女は英語で懇願した。


二人の男は驚いたように振り返った。中国人の鋭い目が彼女のぼろぼろの服や顔の汚れを見つつも、姿勢の良さや丁寧な英語の発音に目を留めた。


「よく話すな」と彼は中国語に切り替えて言った。「名は?」


「メイです。弟はリャンです」


ちょうどその時、リャンが戻ってきて、彼女の背後に影のように立った。頬はこけ、目だけが大きく、顔に不釣り合いだった。


外国人はカリフォルニアの商人、ケロッグ氏と名乗った。中国人は、茶や絹の貿易を手がける商人のリン・シンシェンだった。


「君の口ぶりは教育を受けた者だ」とリンは言った。「何か詩を詠んでみせなさい」


メイはほんの一瞬だけためらったが、顎を上げて口を開いた。


「太陽も月もあります。なぜ前者は小さくなり、後者はそうではないのでしょうか?

悲しみは心にまとわりつき、まるで洗われぬ衣のよう。

黙って自分のことを思いますが、羽を広げて飛ぶことはできません」


リンの顔に驚きが走った。「『詩経』か。君はただの難民ではないな」


ケロッグ氏が英語で何かをつぶやくと、リンが頷いた。


「提案がある。私の家で女中として働きなさい。読み書きができるなら彼の貿易の手伝いもしてくれ。弟も一緒で構わない」


メイの心臓が激しく鼓動した。望んだ人生ではなかったが、生き延びることの方が誇りより大切だった。リャンを見ると、彼はほんの僅かに頷いた。


「お受けします」



---


リンの屋敷は外国人居留地にあり、東洋と西洋の美が融合していた。本館は三階建てで、瓦には磁器の装飾が施され、窓はヨーロッパ風のガラス窓だった。レースのように繊細な鉄細工の門をくぐると、中庭に静かに水を流す噴水があった。内装は磨かれたチーク材の床に、絹の山水画とヨーロッパの港を描いた油絵が並んでいた。


メイとリャンには、簡素ながら清潔な小部屋が与えられた。藁ではなく本物のベッドがあった。使用人は他にもいたが、調理人、女中、厳格な家政婦らは幽霊のように静かに館を行き来した。


最初は、まさに救済のように思えた。


だが、リャンは崩れていった。


彼は街で雑用をしていた。荷運びや店先の掃除などだ。しかし彼の手は震え、心はどこか遠くにあった。彼らが目にした恐怖――行方不明の両親、チャンの死、キャンプでの死体――それらが彼の心を蝕んでいた。そして現れたのが阿片だった。


最初は昼の休憩に労働者と分け合う一本のパイプだった。筋肉の痛みを和らげる手段にすぎなかった。だがすぐに、阿片は記憶の角をぼかしてくれると気づいた。彼はその甘い煙に身を任せ、蛇のように締めつけられていった。


メイは変化に気づいていた。瞳の光が失われ、隠していた銀貨が消える。ある日、母の翡翠のペンダントも無くなった。


ある夜の夕食時、メイはついに彼を問い詰めた。声は低く、怒気を帯びていた。


「なぜこんなことをしてるの? 自分を壊してるだけよ!」


リャンは空虚に笑った。「それが何か意味あるのか?」


「あるに決まってる! 肺なんてもうウジが湧いてるんじゃないの!?」


「お前だって気にしてなかったくせに!」彼は突然怒鳴った。「母さんが沈んだとき、お前は財布を掴んだ! 家族より物を選んだくせに、今さら心配するふりするな!」


その言葉は刃のように刺さった。メイは後ずさりしたが、言い返す前にリャンは立ち上がり、夜の街へと駆けて消えた。


数日が過ぎ、数週間が過ぎた。彼は時々戻ってきたが、痩せ細り、震え、指先は黒ずんでいた。その度に、彼女の中の希望が少しずつ枯れていった。


阿片窟は生きた者のための華麗な墓だった。リャンは、赤い白檀の寝椅子に身を横たえる若者たちと付き合うようになっていた。翡翠や象牙の装飾が施されたパイプ。粘り気のある黒玉を火で柔らかくし、器に詰め、煙を吸い込む――その儀式は緩慢で、退廃的だった。裕福な者の嗜み、貧しき者の逃避。


彼は母の財布の中の銀貨を使い果たし、今ではメイの貯金までもが阿片窟へと消えていった。メイは裕福ではなかったが、安定した収入があった。しかしリャンの道を踏み外した姿を見ているうちに、自分も貧しく感じられるようになっていた。彼はもう働けないと分かっていたし、こんな高価な“娯楽”を、彼女のわずかな収入でいつまで支えられるのか、考えるだけで怖かった。彼女はもう十分に尽くしたはずだった。リャンを快適に暮らせる場所に連れてきたのに。


リャンの言う通り、自分は母を見殺しにしたのだろうか? その考えに怒りが湧いたが、それもすぐに無力感に変わった。ただ、かつて知っていた弟が、自らの破滅の中で煙に包まれて消えていくのを見つめるしかなかった――。


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