川辺の暖かさ
主人との口論の後、メイは夕方に屋敷を出て行った。夜は冷え込んでいたが、彼女は戻ってこなかった。
リン師の屋敷の廊下には、磨き上げられた床にスリッパが鳴る鋭い音が響き渡った。彼は焦燥を隠せずに歩き回っていた。彼は数人の使用人をメイの捜索に出していたが、彼らは手ぶらで戻ってきた。顔には深刻な表情が浮かんでいた。
「皆、あらゆる場所を探しました、師匠」とチェン・ルーが手を揉みながら報告した。「寺院、市場、茶館まで行きましたが、彼女の姿はどこにもありませんでした」
「あり得ない」リンは口を開けたまま呟いた。一瞬、動きを止め、その意味を飲み込んだ。「逃げたわけではない。彼女の持ち物は部屋に残っている」
「もう一度探せ、すべての場所を調べろ」彼は命じた。その声は鋭かったが、端々に不安が滲んでいた。「彼女は普段の彼女ではないのだ」
使用人たちが再び夜の闇に散っていくのを見届けながら、リンは椅子に腰を下ろした。心配が尽きる日は来るのかと考えていた。メイはただの女中だったが、良家の出で聡明な娘だった。そして不運でもあり、彼は彼女に共感していた。年月を重ねるうちに、彼は彼女に情を抱くようになっていた。
* * *
ホンは槍を調整しながら東区を巡回していた。夜は静かだったが、心は波立っていた。あの最後の、理解しがたいメイの手紙以来―それは彼の心に鞭打つような一撃だった―彼は任務に没頭していた。働くことでしか、問いを封じる術がなかった。
商人街に差しかかると、影の中を急ぎ足で行く三人の姿が目に入った。すぐにそれがリン師の屋敷の使用人たちだとわかり、その顔には不安が刻まれていた。
「こんな夜更けに何をしている?」ホンは道に出て彼らを止めた。
一番年配の使用人、ホンが知っているウー老人が素早く一礼した。「ホン巡査、メイ様を探しております。今夕、屋敷を出て以来戻られていません」
ホンの胸が締めつけられた。「いつ出て行った?」
「日が沈んだ後です。師匠と口論がありました」
使用人たちが去った後、ホンは静まり返った通りに立ち尽くしていた。彼は使用人たちが探すであろう場所を知っていた―安全で当たり前の場所だ。だが、もしメイが本当に心を乱していたのなら、彼女は安らぎではなく、孤独や危険を求めるだろう。
彼は川辺へと向かい始めた。メイが以前手紙で書いていたことを思い出したからだ。夜の河岸は危険だった―放置された船、壊れた桟橋、そして隠れ家にもなるが脅威も潜む影。
その河岸の、打ち捨てられた小舟が静かに揺れる暗がりで、彼は彼女を見つけた。メイは砂浜に座り、膝を抱えて黒い水面を見つめていた。
「メイ」ホンは柔らかく呼びかけ、注意深く近づいた。ブーツが砂に沈み込む。
メイは顔を上げ、彼を見つめた。「ホン?」彼女は驚いた声で言った。「あなたなの?」
「そうだ」彼は槍を脇に置き、一定の距離を保ちながら彼女の隣に腰を下ろした。「リン師の使用人たちが君を探している。屋敷中が心配している」
「どうしてここだと分かったの?」
「手紙に書いていた。子どもの頃、辛いことがあると水が痛みを流してくれる場所に行っていたと」
メイの唇がわずかに曲がった。笑みとは言い難いが、温もりがあった。「あなたは私をよく知ってるのね」彼女の声は震え、視線を逸らした。指が砂に線を描いていた。「迷惑をかけるつもりはなかった。ただ…留まっていられなかったの」
「何がそんなに君を苦しめている?」
メイは苦笑した。「どこから話せばいいの?ジンは死んだ。ホー・ウェイミンは野放し。リン師は私の正義を愚かだと言って助けてくれない」彼女の声が詰まった。「そして知ったの。あなたとの手紙…あれは私が思っていたものではなかったと」
ホンは息を呑んだ。「どういう意味だ?」
その問いが堰を切らせた。メイは真実を語り始めた。
「ジンが手紙を妨害していたの」メイは悲しげに言った。「彼は私に恋をしていた。でも私が彼の想いを拒んだら…彼は私たちの関係を壊した。あの最後の手紙、私がひどく傷ついたあれは…あなたの言葉じゃなかった。彼の嫉妬だったの」
ホンは沈黙の中でそれを受け止めた。あの手紙の謎と混乱、それによる苦しみ…すべてが今つながった。
「でも私は彼に酷く接したの」メイは続けた。「最後は彼を傷つけた。ひどいことを言った。リャンにもそうだった。そして彼も死んだ。私は何も学ばず、同じ過ちを繰り返した」
「ジンは自分なりに君を愛していたんだろう」ホンは慎重に言った。「でも、愛は檻であってはならない」
「皆、彼が私の名誉を守って死んだと言ってる」メイは嗚咽した。「ホー・ウェイミンの罪の証拠を集めていた。それが彼を危険に晒した。そして私は…拒絶して、追い払った。彼の苦しみに気づくべきだった。もっと優しくするべきだった」
ホンは、メイが提出した大量の証拠について知っていたが、今ようやくそれがジンの仕業だったと知った。
ホンは今に戻り、言った。「罪悪感からの優しさは、本当の優しさではない。君の心に正直になるべきだ」
メイは振り向き、月明かりに照らされた目で彼を見つめた。「あなたって、本当に賢いのね。読み書きもできない兵士なのに」
「悔いを抱えて仕えるうちに、色々考える時間はあったさ」ホンは言った。
彼女は彼をじっと見た。月明かりの中で、彼の顔はこれまでよりもはっきりと見えた。今回は本当の意味で個人として向き合っていた。彼女はその機会を逃さず、彼を観察した。ジンが色白で繊細、鋭利な輪郭と燃えるような激情を持っていたのに対し、ホンには異なる美しさがあった―より安定し、温かく、その顔には厳しさのない強さがあった。知性はあってもジンのような飢えた執着ではなく、兵士らしい粗さはあったが、高潔さも感じさせた。
彼女は彼を見つめ、尋ねた。「どうして来たの、ホン?私が手紙を止めて、あなたを拒絶しても…なぜまだ私を気にかけるの?」
「君が心配だったからだ」彼は静かに答えた。「君に何かあったとき、黙って見ているだけだったら、自分を許せなくなる」
しばらく二人は黙ったまま、打ち捨てられた船が水面を叩く音だけが響いていた。ホンの温もりが、夜の冷気で凍えたメイの心を少しずつ溶かしていった。
「どうすればいいか分からないの」彼女は囁いた。「もう、これを背負いきれない」
ホンは手を伸ばし、そっと彼女の指に触れた。「なら、一人で背負わなくていい」
その触れ合いが温もりを伝え、メイは思わず体を寄せた。制服越しに彼の体から漂う湿った土と冷たい空気、そして汗の匂いがした。彼の目には優しい思いやりが浮かんでいた。彼女は無意識に彼の顔に手を伸ばし、顎の線をゆっくりと、確かめるようになぞった。
「メイ」彼は息を詰めたが、離れようとはしなかった。二人とも、次に何が起こるか分かっていた。
「どうしてダメなの?」彼女はただそう尋ねた。
二人の間の空気が薄くなり、ホンは堰を切ったように身を寄せた。唇が重なり、メイはその腕の中に溶けていった。 砂の河岸で、満天の星の下、二人は互いに慰めを見出した。恋い慕う思いに流されるまま、彼らは水中の魚のように絡み合い―「魚水之歓」がやさしい砂の上で静かに織りなされた。身体は水中の蓮根のように一つに絡み、月光に紡がれる一瞬の調和を奏でた。すべての触れ合いが、彼女の心の壁を静かに溶かす旋律だった。春の雨が乾いた大地を潤すように、その交わりは優しく、そして燃えるようだった。二人の境界は朝霧のように自然と溶け、メイの肩にのしかかっていた世界の重みが、その瞬間だけ消え去った。
その後、砂の上で絡み合うように横たわりながら、ホンはメイの顔を月明かりの中で見つめた。安らぎの表情の中にも、眉間に浮かぶ不安の皺を彼は見逃さなかった。
「どうした?」彼は指で彼女の鎖骨を優しくなぞりながら尋ねた。 メイは顔を彼の胸に押しつけ、その体の温もりに安らぎを感じていた。 「この先のことを考えてたの」彼女はささやいた。「私がやらなきゃいけないこと」
「今夜は何もしなくていい」彼はその腕を強く回して言った。
メイは微笑み、「こんなに長く、この場所を独占できるなんて不思議ね」と囁いた。
だがこの親密なひとときの中でも、メイは自身の正義への計画を語ることはできなかった。いくつかの重荷は、自分だけが背負うべきものだと、彼女は信じていた。
代わりに彼女は尋ねた。「ホン、危険な敵を倒そうとして、失敗したらどう思う?」
彼はしばらく黙った後、思いがけない問いに静かに答えた。「すべては無常だ。敵も、権力も、失敗も。敵を倒せなかったとしても、それは永遠じゃない。君が失敗しても、また挑めばいい。君でなくても、誰かが成し遂げるかもしれない。誰も倒せなくても、敵もその一族も、宇宙の時間に比べれば短命だ」
彼は声を深めて言った。「だから、戦うなら私怨ではなく、世のために戦うべきだ。そうすれば、たとえ一瞬の勝利でも、その光が世界に残り、君の闘いは意味を持つ」
そうだ、とメイは思った。彼女はリャンとジンの復讐のためだけでなく、国家のため、ホーの腐敗に苦しむすべての人々のために行動するのだ。
* * *
メイがホンと共に屋敷に戻ると、リンが中庭で待っていた。彼の安堵は明白だった。ホンは影に溶けるように身を引き、リンはメイを強く抱きしめた。
「すまなかった」リンは感情のこもった声で囁いた。「今夜は言い過ぎた」
「私もごめんなさい」メイは彼の肩にもたれながら答えた。「あんな言い方すべきじゃなかった。あなたの気持ちは分かっているつもり」
リンが彼女を抱きしめると、その指先が彼女の髪や衣に付いた砂や草の欠片を感じ取った。服は乱れ、肌には引っかき傷があった。何かが変わっていた―感情の闇をはね返すような輝きがあった。
リンは深く息を吐いた。今夜、何があったにせよ、彼女は無事だった。家に戻ったのだ。それだけで、今は十分だった。
屋敷の灯りの中へと足を踏み入れるとき、メイはホンが消えた影の方へ一瞬視線を投げた。彼女の胸はまだ高鳴っていた―今夜の激しさの余韻と、不確かな未来への震え。先の道は依然として見えなかったが、何年ぶりかで、彼女の胸には目的の火が灯っていた。嵐の中を進むための光が。