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千春  作者: 古砂糖
第1章 邂逅編
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9、根中と印象のない女


「まさか家まで来てくれるとはな」


根中は車を走らせながらそう言った。なにげに彼の運転する車に乗るのは初めてだった。車に疎い僕でも知っている高級外車をそつなく乗りこなす姿に何となく感心してしまった。


「寒いだろそんな格好」

「いや下着着込んでるから」

「そうか、まあいいや。

 何かあったんだろう?二ヶ月もゼミに顔出さないなんて」

「まあ、まあなんていうかな。これは俺の問題すぎて誰かに説明することが難しい」


そう言うと、彼は小さく息を吐いた。


改まって彼を見てみると、二ヶ月前より少し痩せたように見えた。だが総合的に見て彼はとても元気だった。実際こうして、家の前で突っ立っていた僕をドライブに誘ってくれるくらいには。

つまり身体的な不健康ではなく、それ以外の不健康のせいで、彼は大学に来なかったのだろう。


「で、どうして家まで来たんだ」

「心配だったから来た」

「そうか」

「悪かったかよ」

「いやまさか、むしろありがたい」

「何にも返事よこさないでおいて、どういうつもりだ」

「それはすまんかった」




根中はまっすぐ前を見ながらつぶやいた。いつものような軽快な会話のテンポではなく、どこか心ここにあらずな雰囲気を醸していた。しかし、数ヶ月もの間、ほぼ誰とも会っていなかったらしく、話したいことも多かったらしい。根中の当たり障りのない近況報告が続き、僕はその様子にほっとしながら相づちをうっていた。正直鬱にでもなっていたらどうしようと思っていたから。




「あれ、誰だよ?」

「あれって?」

「家の中にいた人」

「家の中?」

「若い女の人が僕に会釈してくれたぞ」

「え?」


根中は虚をつかれたような声を出し、僕の方を食い入るように見た。意識が100%会話にもっていかれたらしく、なめらかに走っていた車は急停車し、後ろの車に特大のクラクションを鳴らされた。僕も根中も慣性のままにフロントにたたきつけられかけた。


はっとしたように姿勢を正した根中は、すぐに近くのコンビニの駐車場に車を滑りこませると、改めて僕の目をのぞき込み、まっすぐ問うた。


「彼女を見たんだな」

「うん、誰だなんだあれ?」

「なあ」



そういうと根中は一呼吸置いた。根中のごくりとつばを飲み込む音が、車の中にこだました気がした。


「彼女は白いワンピースを着ていたか?」


僕は一瞬根中の質問の真意を測りかねた。というのも、今朝の夢の最後の言葉がひっかかり、一種の禅問答のように聞こえたからだった。とはいえ、根中の家にいた彼女はとても地味な服を着ていて、それ以外のいかなる印象を僕に与えはしなかった。つまり実際的にも、精神的にも、僕にとって彼女は白いワンピースを着ていなかった。


「……いや、着てないな」


「そうか。」


根中は少しがっかりしたように息をふっと吐いた。

一つの数学の大問を解き終えた後のような、疲労感混じりのため息だった。

その後、ちょっと水を買ってくると言って、根中は僕を残して出て行ってしまった。

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