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千春  作者: 古砂糖
第1章 邂逅編
7/18

7,夢


気がつくと、僕は小学校でブランコを漕いでいた。自分がかつて通っていた小学校だが、ディテールはぼやけ、周りで遊んでいる同級生たちは概ねのっぺらぼうのように表情も匂いもなかった。


僕は臆することなくブランコをこぎ続けていた。ふと横を見ると、白いワンピースを着た女が同じようにブランコを漕いでいた。やはりその横顔は美しかった。かぐわしい香りもした。が、やはり夢だからか以前見た女か別の存在か識別することは難しかった。妙な沈黙が流れ、僕は話しかけることをためらっていた。


すると、その女はひらりとブランコを飛び降り、僕の目の前に浮遊した。僕は引き続きブランコを漕いでいたはずだが、彼女はずっと僕の視界の真ん中に、そして僕の瞳から等距離にいた。きっとはたから見たら物理法則を超越した動きをしていただろうが、そんなことはどうでも良かった。




「ねえ、あなたには私はどのように見えますか?」



彼女はそう尋ねた。無論白いワンピースを着ているように見えた。



「白いワンピースですか。そうですか」



彼女はいたずらっぽく笑った。いわゆる広く一般にいたずらっぽい顔だった。そこで僕は一つの確信を得た。



「もう一つ、あなたは大人だと思いますか?」




そんなことは分からない。第一僕は小学生で、今は大好きなブランコを漕いでいるところだ。邪魔をしないでもらいたい。




「そうですね。つまりあなたはまだ大人ではないのです」




「大人になるとは、子どもでなくなるということです。傲慢な理想を持つことを諦め、全ての事実にそれなりに折り合いを付けながら、全ての出来事に理由を求めることを覚える、ということです。見たいと思うことを恥じて、見えなくなったことに気がつかなくなることです。それを悔やむことも出来なくなるということです。」




なんだか説教臭い。僕の白いワンピースの女はきっとこんな説教はしない。




「それでよいのです。私は“あなたの白いワンピースの女”ではありません。


 ただ“白いワンピースの女”なのです。」




なるほど。

ブランコを漕ぐ足が疲れてきた。学校終わり日が暮れるまでサッカーや鬼ごっこに明け暮れていたあの頃、この程度の運動で疲れを覚えただろうか。

ギコギコときしむブランコの音はひどくもの悲しい。

つまり僕は純粋な子どもでもないのだ。



「折角の機会です。もう少し私の話を聴いてください。

 あなたは白いワンピースの女を捜してはいけません。あなたが白いワンピースの女を捜している内は、あなたの前に現れることができません。」



なぜ?



「なぜそうなのかを知っているのは彼女とあなただけです。」


良く意味が分からなかったがこれ以上尋ねるのはやめておいた。これ以上の問答は寝覚めを悪くしそうな予感があった。

ただどうしても彼女の名前が知りたい。



「そうですか、てっきりもう彼女の名前をご存じなのかと思っていました。

 彼女の名前は千春です。春のように天衣無縫で、無邪気な美しい人です。」



それは僕が思い描く彼女の説明としてぴったりのものだった。


でもなぜだろう。僕はあのとき、あの店でほんの数分彼女のそばにいただけなのに、どうしてこんなにも彼女のことをよく知っているのだろう。いや、正確にはよく知った気になっているだけだ。ただこの彼女への感覚は、勘違いで片付けるには確かすぎる感触を有していた。




「それともう一つ、あなたが彼女に会いたいのなら、世界をありのままに、素直に見なくてはなりません。


 子どもらしく、何もかもに注意深くなければいけません。大人のように自分を守るために注意深くなってもいけません。世界の理をそれと知らずに無邪気に暴くことが出来るような、子どものような大人だけが彼女に会えるのですから。」




 あまりの抽象性に思わず文句を言いそうになったが、それは彼女の言う子どものすることでない気がして、ひとまずは彼女の言葉全てをそのまま鵜呑みにすることにした。


 ブランコはいつのまにか弧を描くのをやめ、僕はブランコにただ座り、“ただの白いワンピースの女”が僕の前に浮いていた。世界は静かなまま覚醒の準備をしていた。

次話は11/26 21:00投稿予定です!

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