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千春  作者: 古砂糖
第1章 邂逅編
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4、もう一人の「白いワンピースの女」

根中の話はこうだった。


数日前、彼は夜の渋谷を歩いていた。その日はかなりひどい雨が降っていて、九月にしては相当冷え込んでいたそうだ。町ゆく人はみな季節外れのアウターを着込み、傘を深くさして足早に帰路についていた。彼もまた、最近のこの手のゲリラ豪雨にうんざりしながら、自宅を目指し駅までの道のりを歩いていたところだった。


しかし彼はふと、信号待ちの間に渋谷の町を見渡す。雨がアスファルトをぬらし、きらびやかな町明かりが反射していて、雨の渋谷はいつもよりも絢爛で美しいことに気がつく。そうしたことに心を躍らせていると、道路の向こう側で同じように信号を待っている人混みの中、真っ白なワンピースを着て、ビニール傘を差している女が鮮烈な印象と共に彼の目に映った。彼には白いワンピースと雨の渋谷が素晴らしいコントラストとして写った。冷え込んだ雨の渋谷では、白のワンピースという格好はかなり寒々しかったが、不思議と凜とした雰囲気を纏っており、目が離せなくなる。

信号が青に変わり、その白のワンピースの女が歩き出す。彼も思い出したように歩き出すが、以前その女に釘付けになっている。


道路の真ん中で彼とその女はすれ違う。横顔を見ると吸い込まれそうなほど美しい。凜々しい中に、その美しさを自らが認めている強い意思みたいなものさえ漂っている。彼は彼女のことを放っておけなかった。


彼は一旦家へ帰ることを諦め、ゲリラ豪雨の中横断歩道をUターンし、白いワンピースの女を追いかけた。不思議なことに、周りの人間は誰一人そのワンピースの女のことを気に懸けていないように見えた。本当に夢でも見ているのかとさえ思った。




彼女の行き先は分からない。ただ彼は傘を深く差し、白のワンピースのシルエットを導かれるように追いかけ続けていた。



五分ほど歩いたとき、彼は突然胸の痛みを覚えた。これは僕もよく知っていることだが彼は不整脈持ちで、(正しくは彼が「軽い不整脈にすぎないよ」と言い張っていて)時折日常生活の中で支障をきたすし、年に何度かは入院している。その兆候の症状として胸の痛みを感じるらしい。


症状が軽ければ、少しめまいがしたり、幾ばくか胸の動悸が激しくなったりするだけで済むようだが、今回は運悪く症状が重いパターンだった。すぐにひどいめまいが彼を襲い、呼吸がうまくできなくなる。足に力が入らなくなり、その場にうずくまることしかできない。救急車を呼びたいが、スマホを握る手の感覚もおぼろげで、うまく操作が効かない。誰かに助けを求めたいが、非情なことにゲリラ豪雨の中では誰も立ち止まってはくれなかった。最悪なタイミングで症状が出てしまった。


ぜいぜいと息をしながら膝をつく彼の横を、黒い人影がいくつも行き交っていく。流石にまずいと思っていたその時、ぼやけた視界に誰かの足下が写る。見上げると、彼を置いて先を歩いていたはずの白いワンピースを纏った彼女が傘を彼に差し出していた。


「大丈夫ですよ、今救急車を呼びますね」


彼は息も絶え絶えうなずいた。彼女は手際よく彼に腕を貸し、雨を避けられるビルの軒下まで彼を動かした。その後一一九番に電話をして状態を正確に伝えた後、救急車が到着するまで、彼の横で背中をさすりながら待っていてくれたという。


うっすらとサイレンが聞こえてきたころ、彼女は立ち上がった。せめて名前でも、と思った彼を見透かすように彼女は彼の目を射貫きながら言った。


「また私のことを探してください、その時ゆっくり話でもしましょう」


全てを包み込むような小さな笑顔を残し、その場を去って行ってしまった。結局彼は救急車で搬送され事なきを得た。

誤字見つけたら教えてください!(他力本願)

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