13、穴を掘る
家に帰り、誰も居ない部屋にただいまを言って、ベッドに体を投げ出した。
根中とドライブをしただけなのに、ひどく疲れていた。
いや、ドライブしただけではない。いろんな事があり、いろんな事を聞いた。
まず、千春さんに会った。
それが今日の一番の成果であり報酬だ。
・・・いやもちろん、根中の無事を確かめられたことは大きかった。
でも、あんなに探した千春さんと再び会えた。再び揺れる白いワンピースを見られた。
全て夢ではなかった。
だが全てが現実でもなかった。
千春さんの白いワンピースは俺の視界だけにうつる仮初の衣装らしかった。
ただ、今はそんな確かそうな根中の忠言や千春さんの反応よりも、自分の直感を信じたかった。
それくらい、彼女のワンピースは自然で、夢の産物とは思えなかったのだ。
彼女はきっと、白いワンピースを着ている。
それが今の僕の結論だ。
根中の言葉がずっと頭の中でこだましていた。
外はもう薄暗く、カーテンを閉めようと窓に近づく。
都心から離れたこのアパートでも、窓からは向かいのアパートが見えるだけだった。
久しぶりにベランダに出てみる。
風が冷たい、ほとんど日が落ちた町からは車の行き交う音や、時折どこかを道行く人の笑い声が聞こえる。
一体どこまでが現実でどこまでが夢か。
いや。そうではない。そんなことが知りたいんじゃない。
どうして、千春さんは白いワンピースを着ているように見えるのか。
なぜ、千春さんなのか。
なぜ、白いワンピースなのか。
そして、なぜ、今、僕が、彼女を白いワンピースの女として瞳に写しているのか。
それを解き明かさなければならない。
根中の言葉がまた、根中の声で反芻される。
「だからなんていうかな、お前も何か困ったことが会った時、一回自分で穴が開くほど自分のことを見つめてみてくれないか。」
根中は自分に穴を開けて、父とぶつかり、母を思った。
そうしてまた、まひろさんに出会った。
僕も、穴を開けるほど自分と対話すれば、また千春さんと出会えるのだろうか。
僕はベランダから部屋に入り、丁寧に窓を閉じた。そしてまた丁寧にカーテンを閉じた。
部屋は静かで、真っ暗になった。
僕は穴を開けることはできない。
その中はきっと、きっと、からっぽだ。
適当に家事を済ませ、ベッドに体を横たえるころには12時を回っていた。
目を閉じる、まぶたにはくっきりと千春さんの姿が浮かんだ。
明日は大学の2限から講義があった。気力的には行くか行かぬか迷うところだった。
おそらく朝起きたときには、行く気がなくなっていそうだ。
結局、あんなに怠惰に落胆して、自分を情けなく思っても、またこうして時間が忘れさせる。
そうしてきっと、今度は省みることさえやめていくのだろう・・・。
「私を探していては私には会えない。
あなたを探して。その道の途中、気づかぬ内に私を見つけているから」
はっと目を覚まし、体を起こす。
昨日、あの夢から覚めた時のように、部屋を注意深く見渡す。
しかし、何も見えないしきこえない。
むくりと立ち上がり、水道からコップいっぱいの水を汲み、勢いよく飲んだ。
体が熱くなっていることに気がついた。
一瞬のまどろみの間に、確かにあの声で、僕の耳元で聞こえた。
夢にしてはリアルすぎたし、現実にしては非現実すぎる。
不思議なバランスの声だった。
分からない。今の僕では現実と夢の線引きができないのだから。
でも、僕にとって現実的に強く意味を持つ言葉だった。
別に夢だって構わない。
この一瞬の言葉は、自分の穴から湧いてでた幻聴な気さえする。
でもそれでもよいのだ。
僕は、僕を探さなくてはならない。
ほかでもない僕が、そうしなければと思っているのだから。
次話から第2章 巡礼編です。