12-3、「白いワンピース」③
根中は俺をまひろさんの目の前に引き合わせた。
改めて見ても、根中の話に出てきた白いワンピースの女と目の前のまひろさんの印象は異なった。
「こいつは俺の大学の友人でね、白いワンピースの女が見える」
「え、そうなの?
じゃあ私のことも今・・・?」
まひろさんは全てを知っているらしく、俺に至極当然の疑問をぶつけた。
「いや、見えていません。
グレーのパンツにブルーの起毛生地のパーカーを着ているように見えます」
「・・・合ってるわ、私のその格好をしていると思ってる。」
「あなたが白いワンピースを着ているように見えるのは、根中だけ・・・
あ、根中」
「お前の聞きたいことに答えよう。
俺は今、まひろが白いワンピースを着ているように見えている。
とてもよく似合っている」
「やめてよ、着てもないんだから」
そう言うと、まひろさんは少し困ったように微笑んだ。
確かに、意思が強そうな凜々しい目の光があり、根中とは相性が良さそうに見えた。
その後まひろさんに別れの挨拶をし、最寄り駅まで根中と歩いた。
根中は大分会った時より顔色が良くなったように見えた。
「今日は会いに来てくれてありがとう。
俺も来週からは大学顔出すよ、心配かけて本当に悪かった」
「いや、それはいいんだ。ゆっくり待っているよ。
でも僕はますます分からなくなった」
「そうだよな。俺もこれからどうすればいいのかよく分からないよ。
まひろのことも、白いワンピースのことも、母のこともね」
人に弱みを見せたがらない根中らしくなかった。
でもそんな根中は、不思議といつもより男らしく見えた。
「でもあくまで俺の推察なんだが。
白いワンピースの女は、俺たちが何か弱っているときに現れる気がする。
特に俺の場合はそうだった。一人じゃどうしようもないのに、一人で塞ぎ込んでしまうような、そんなタイミングって人にはあるだろ?」
「ある、のかな。僕にはないかも」
「そうか、まあ・・・」
根中はまた何かを言いよどんだ。
これも根中らしくないことだし、ちょっと気持ちが陰る間で嫌だった。
「違ったら悪いんだが、お前も、俺と同じように自分を他人にさらけ出すのが嫌い、嫌いじゃないな・・・苦手なんじゃないか?」
「・・・」
何も言えなかった。
根中は、想像以上に僕のことをよく見て、良く分かっているみたいだった。
「俺もそうだ。
俺もできるだけ自分の問題を自分の中で、自分の考えで解決したい。そういう人間だ。
でも、人間それだけで生きてはいけない。そうなれば、俺たちは子ども同然だ」
「子ども同然」
「だからなんていうかな、お前も何か困ったことがあった時、一回自分で穴が開くほど自分のことを見つめてみてくれないか。そして、俺に話してくれないか。
そうしたときもし白いワンピースの女が現れたら、俺の仮説は正しいことになる」
「自分を、穴が開くほど見つめる」
僕は根中の言うことをただ復唱した。
自分が根中の瞳の中に、鏡のようにたたずんでいるイメージが脳裏に焼き付いた。
自分を見つめる。
根中が言いよどんだのは、このことを口にするか迷ったからなのだろうか。
突然根中が僕のコンプレックスの芯を突いたことに驚きつつ、話を合わせる。
「白いワンピースの女は、僕たちが困っているときに現れる。
それってすごく僕たち本位な出会い方だな。
相手を妖精かなにかだと思ってるみたいで」
「・・・まあ、確かに。
実際妖精みたいなものじゃないか、他人なんて」
思わず根中の目を見る。
喜びも悲しみも湛えていない澄んだ目をして、根中は続けた。
「人間なんて、きっといつどのタイミングで会うか次第だ。
その時の自分の喜怒哀楽で、その人は恩人にも悪人にも、運命の相手にも町の背景にもなる。
それが色として、服として見えているだけなんだ、白いワンピースってのは。
俺は、そう思う」
「・・・」
「だって、お前白のワンピース好きだろ?」
「・・・すき、とは違う気がする」
「俺は、すごく好きだ。誰が着ているとかじゃなく、白いワンピースというもの、そのものが」
根中はそう言い切った。
僕はまだその言葉の意味が分からなかった。
駅の改札の前まで来る。
「じゃ、また来週な。お前も何か進展あるといいな」
根中はアウターのポッケに手を突っ込んだまま言った。
僕は改札の向こうから一応手を挙げて応じた。
頭の中では根中の言葉が消えることなくこだましていた。




