12-1、「白いワンピース」①
車はとうとう山道にさしかかった。木々は枯れ、車窓は寒々しい。
ただ根中は走り慣れているらしかった。スピードを落とさずに綺麗に曲がっていく車に乗っていると、器用に使われるはさみになった気分だった。
根中は話を続ける。
「つまり、さっき確認したように、俺たちが言うお互いの”白いワンピースの女”はお互いにしか見えていない。
それは当の本人にも当てはまるってことだ。
まひろ本人にも白いワンピースを着ている自覚はなかった」
「じゃあさっき千春さんはどんな服を着ていた?白いワンピースじゃなかったってのか?」
「ああ、厚手のパンツにコートを着ていた。冷静になれ、12月に白のワンピース一枚で出歩く大人なんて一人もいない」
「嘘だろ・・・」
千春さんの反応を見て分かっていたはずなのに、衝撃的だった。あんなに白のワンピースを着こなしてる千春さんが、実際には厚手のパンツにコートを着ていた、という事実が。
あまりのショックに本当にクラクラとして、一瞬視界がチカチカと光った。
根中は何も言わずにただ車を走らせる。その衝撃は痛いほど分かる、と寄り添うような沈黙であるように、僕は感じた。
「俺も驚いた。じゃあ一体俺が見ている現実は、どこまでが現実でどこまでが妄想なのか。
白いワンピース一つで全ての前提は瓦解した。
つまり、彼女の着ているあんなにも自然な白いワンピースが不確かなものならば、彼女が本当に存在しているという確かな理由なんてなくなる。もっと言えば、こんなちぐはぐな現実を観測している自分は、本当に確かな存在なのか?
ここから先は袋小路だ。「本当に白いワンピースなのか」なんて考えるべきじゃない。
だから今俺は「白いワンピースの女」を探すのではなく、「なぜ白いワンピースの女がいるのか」を探さなくてはならない」
ふと夢の中の「一般的な白いワンピースの女」を思い出す。
白いワンピースの女を捜してはいけない。女はそう言った。
根中も僕も彼女を探しているときには会えないけれど、ふとしたタイミングで出会っている。
いやそれは当たり前なのだ。大前提、どちらの「女」も僕たちの視界を通さなければ、ごく普通の女性なのだ。
僕らが普段から街角で出会い、すれ違うあまたの女性たちと変わらない。
訳が分からなくなってきた。
「だから確かめたかったんだ。
もしお前にもまひろが白いワンピースを着ているように見えれば話は早い。
だが違った。これはなにか個人的な問題なんだ。」
僕が千春さんを、根中がまひろさんを白いワンピースの女と認識している理由は、僕たち個人の中に原因がある。根中はそう結論づけた。