10-1、千春①
根中が去った車内で、もう一度彼の質問の意図を考えてみる。そもそも、家の中にいた彼女は家族とかそういう類いの人ではない、と思う。確かではないけれど、以前家にいった時あんな人はいなかったし、彼の家族構成的にも、あの年齢の女性の枠はなかったはずだ。
つまり、彼女…ややこしいな、つまり、彼女はガールフレンドなのだろうか。だとしたらそう言ってくれれば良いはずだ。根中は特別自分の恋愛事情を隠したがるわけではないし、ガールフレンドが出来たらいつも意気揚々と報告するタイプだ。そうすることで、彼特有のひょうきんさを補強していたいような、恣意的な報告も多かったけれど。
まあいい。彼が帰ってきたらたくさん事情を聴けば良いのだ。そう結論づけ、窓の外をふと見る。
すると、白いワンピースを着た女が、ちょうどコンビニの入り口から出てきた。白いビニール袋を提げ、軽い足取りで歩く姿はどこか非現実的だった。
あまりにも仕組まれたようなタイミングだったので、思わず頬をつねり、現実であることを確認しなくてはならなかった。この白いワンピースを着た彼女は、昨日の夢に出てきた女ではなく、ラーメン屋で僕にいたずらっぽい笑顔を向けたあの彼女だった。間違いない。
彼女に何か伝えなければならない。僕は急いで車を飛び出し、彼女のもとへ駆け寄ろうとした。が、すんでの所で思いとどまった。
僕が彼女に話すべきことなど何もなかった。あのときラーメン屋でお世話になりましたとでも言えば良いのだろうか。あなたに似た白いワンピースの女が今日夢に出てきて、あなたを探すなと言いました、とでも言おうか。やはり僕には彼女と繋がるとっかかりなど、何もなかった。
いや…いや、一つだけある。僕は刹那止めた足を再び動かし、風邪を引いているようなふらふらとした足取りで彼女のもとへたどり着いた。
近くでみる彼女はやっぱりとても素晴らしかった。僕より少し年上にも見えた。
十二月の冷たい空気も平気なのか、彼女は白いワンピースの裾を揺らしていた。それは冬から春にかけて吹く、冷たく軽快な強い北風のメタファーそのものであるように感じた。とにかく手の震えが止まらなかった。
彼女は突然知らない男子大学生が自分の目の前で静止した事実を、どう解釈しようか悩んでいるように見えた。
「あなたは、千春さんですか?」
僕は意を決し、口を開いた。僕が彼女について知っている…いや知っている可能性があるのは、唯一彼女の名前だけだった。逆に、彼女が千春さんでないのなら、僕が体験した全てが瓦解する可能性もあった。
「そうですけど…ごめんなさい、お知り合いでしたっけ?」
その答えは、僕をなんとか現実につなぎとめた。いや、夢につなぎとめた、の方が正確なのかも知れない。
彼女の肯定は、今までの夢うつつな体験が全て嘘ではないことを証明した。
まーじでアクセス伸びない・・・ここまで読んでくれたのはきっとあなたが最初です。
厳しい世界ですね、そんな中見つけてくれて本当にありがとうございます。