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平安貴族物語 ~時姫から藤原彰子まで~  作者: かあなび1
第三部 彰子(道長の娘)
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後一条帝崩御

  後一条天皇と妹威子様の間には、万寿3年(1027年)に章子内親王がお生まれになった。その翌年万寿4年に父道長もはかなくなったが、この先皇子がお生まれになることに望みをもって悔いなく逝ったことであろう。長元2年(1029年)に馨子内親王がお生まれになったが、いまだ皇子がお生まれになっていない。後一条帝の后は一人きり。次こそは、と皆で待ち望んでいたのに。


 長元9年4月17日、突然、後一条天皇が29歳の若さでお亡くなりになった。わたくしの心は、張り裂けるようだった。我が子に先立たれようとは。代われるものなら代わって差し上げたい。心を込めてお育てした敦康親王の時もたとえようもないくらい悲しかったが、その何倍もの悲しみが襲ってくる。

 あまりにも突然だったため、どうしてよいのかわからないうちに、天皇の死を隠し、譲位の儀を行ったうえで、後一条院として弔われることとなった。こうして、弟の御朱雀帝の世となった。あろうことか、威子も同年9月に後を追うように亡くなってしまった。内親王のお二人は、わたくしが引き取ってお育てすることにした。

 長生きしてしまったわたくしは、この後も次々と自分より若く大切な身内を見送ることとなった。わたくしのうちに流れる藤原の血と、天皇の流れをくむ源氏の血とは何度も対立し、せめぎあい、世の中を動かしていく。語りつくせぬのは残念であるが、このあたりで独り言はおしまいにしよう。

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