兼家の求婚
「時姫様、兼家様よりお文が届いておりますよ。」
侍女と思しき女性が声をかけてきた。
おっ、来たな。この時代、恋の駆け引きは、デートでなく文を交わして行われる。作文は、得意だ。一応、古今和歌集も読んでるし、ま、何とかなるだろう。
一応、なんだかわからない木に(植物は詳しくない)、白い紙が結んであって、紙を解いて広げてみた。絶句!教科書に載っていた図版のようなミミズ字が。慣れれば読めるかもしれないが、分からない。
「ちょっと、読んで。」
『時姫様のことを思うと夜も寝られません。どうか私の妻になってください。』
うん、読んでもらうと、翻訳されるからわかるな。えーと、こうゆう場合は、No!と言ってじらすんだよな。
「テキトーに、どうせ私のことなんてすぐ飽きるんでしょ。いやよ!!って書いて返しておいて。」
「はい、わかりました。」
有能な侍女で、助かった。
しばらくこんな風に暮らしていたら、だんだん状況が理解できてきた。このころの貴族のお姫様は、あまりしゃべらないので侍女に任せておけば、何とかなる。この侍女は、出雲と呼ばれていて、現代の山陰地方から都にやってきた人で、もと出雲の守から紹介された人らしい。田舎人にしては文字も美しく和歌の才能もあり、貴重な人材で、時姫の教育係も兼ねているらしい。
兼家様は、摂関家の三男で、現在兵部省(兵隊関係の省、今の防衛庁みたいなものかな)の大輔つまり次官をやっている、まあまあ有望な貴族だ。
父は、摂津の守を務めた金持ち受領で三男、母は、橘家の五男澄清の娘。どっちを向いても兄弟が多い。しかも、妻も多い。いとこはくさるほどいる。
とすると、兼家様は、結構いい結婚相手か。道綱の母の存在は、気になるけど。
でも、この時代は通い婚。姑にいじめられる心配なく、実家で暮らせるし。女は度胸だ。こんなに、私のことを好きだ好きだと文を送ってくる貴公子。結婚してやろうじゃないの。
何度かの文の往復の末、私は出雲に、
「結婚してもいいわよ。」って返事して。」
っと伝えた。父母は、喜び、部屋の調度品をすべて新しいものに変え、婿殿を3日間もてなした。摂関家と縁続きになるのだ。我が家の繁栄、間違いなし!露顕はたいそう華やかにたくさんの客人を呼んで行われた。