8
買物を済ませて母親が病室に入ってきた。
「母さん、さっき父さんが、祠…って言った。何なの?」
「え? 父さん気が付いたの?」
「ほこら…って言って、それっきりまた動かなくなった。何なの、祠って?」
「…祠…もしかしてあのことかしら?」
母親は直哉に夫が今任されている土地開発の話をした。
「じゃあ、その祟りってこと?」
直哉は呟いた。
「この現代に祟りなんてあるはずない…ってお父さんも言ってたんだけどね。でも実際、何人も事故にあったり病気になったりしているらしいし…もしかすると…」
母親は考え込んだ。
―祟りか…
直哉は頬杖ついた。
病院を出た時は、すでに日が陰っていた。母親はさっき恭介が言葉を発したことで医者と話をするため直哉に先に帰るように言った。直哉は自転車で家へと向かった。途中で例の父親が携わっている再開発土地の前を通りかかった。
―ここか…
心の声が行ってはいけないと叫んでいるにも関わらず、直哉は自転車を道の脇に止め、柵をよじ登って中へ入って行った。
駅のすぐ裏という好立地なのに、そこは広大な土地が広がっていた。ちょうど真ん中に森のような繁みがあった。例の祟られた祠というのはあそこに違いない。
…助けて…
―え?
今、確かに若い女の声がした。直哉は辺りを見回したが、夜の工事現場に誰もいる筈もない。
―気のせいか…
直哉は家に戻ろうと来た道を引き返そうとした。その時、
…助けて…
今回は確かに聞こえた。か細い女の声がした。声の方を振り向くと、その祠の方だった。
直哉は踵を返し、祠へ近寄った。人が入れない大きさじゃないけど、こんな夜中に若い女がこんなところにいる筈が無い。
止めとけばいいのに…と分かっていながらも直哉はその祠の扉を開けた。その時、眩しい光に直哉は目を瞑った。
「誰?」
若い女の声がすぐそばで聞こえる。直哉はそっと目を開けると、目の前に美しい娘がいた。
―外国の…人?
直哉は娘の容貌からそう思った。娘は震えていた。自分に怯えているようだった。直哉は自分に危害が無いことを示そうと思った。
「そんなに怖がらないで、大丈夫だから。俺、たまたまここを通りかかっただけなんだ。」
「…。」
娘は直哉の態度に少し安心したのか、落ち着きを取り戻したようだった。そしてジッと直哉を見つめた。
「あの…君は何でここにいたの?」
直哉は問いかけたが、娘は狼狽えるばかりだった。
「ごめん、言いたくなかったら言わなくてもいいよ。俺、もう帰るからさ。」
直哉がそう言うと、娘は急に直哉の腕をギュっと掴んだ。
「どうしたの?」
直哉は驚いた。
「…行かないで。」
娘の美しい灰色の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出ていた。
―それにしても…
直哉が周りを見回すと、確かにさっき小さな祠に入ったはずなのに、今自分がいるのは大きな社のような建物の中だ。そしてこの外人みたいな娘は着物を着ている。何かがおかしい。
―とりあえず状況把握だ。
「君の話を聞かせてもらえる?」
直哉は少女から事情を聞きだそうと思った。