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放課後、薫子が帰り支度をしていると、廊下が人だかりになっていた。案の定、湊と直哉が薫子を迎えに来ていた。
「ルコー! 早くしろよ! 日が暮れるぞ~!」
湊は廊下から大きな声で薫子を読んだ。
―そんな大きな声で呼ぶ出なっ!
薫子は女生徒たちの刺さるような目線を背中にバシバシ受けながら二人の後をついて行った。
三人がカフェへ向かっている途中、例の正寿駅再開発地区の前を通りかかった。直哉は立ち止まり、ちょうど祠のあった辺りを遠い目で眺めた。
―ソヨさんのこと…そんなすぐには立ち直れないよね…
直哉を見ていると、薫子の心も痛くなった。
「親父さん、無事退院出来たんだって?」
湊が直哉に行った。
「あぁ…そうなんだ。」
直哉は言った。
「結局、原因は分からずじまいだったの?」
「…うん。」
直哉の父親は無事会社にも復帰出来たようだった。きっと今日、この現場に来ているはずだと直哉は言った。
「…ソヨちゃんが、自ら要石となって祟りを鎮めてくれたんだね…。」
三人の背後からいきなり声がした。よく知っている声だ。
「月白?」
湊が振り向くと、その声の主は大きな犬だった。横にその犬よりやや小さな犬もいた。
「…なんで犬?」
直哉は驚いた。
「わぁ~、モフモフ~! 可愛い~!」
薫子は犬に化けた月白に飛びついて撫でまわしたり頬ずりをしたりをした。
「ちょっと、あんた! 人の旦那に何してんだいっ!」
横から犬に化けた藤の霞が薫子の制服の襟首に噛みついた。
―息の根を止める気だ…
湊と直哉は真っ青になった。
「何すんのよー! こんなモフモフみたら撫でずにいられるわけないでしょー!」
薫子は霞と掴み合いのケンカになった。
「まぁまぁ、ケンカしないの!」
月代が仲裁に入った。
「だいたいあんたたちがこんな可愛い姿で現れるからでしょ!」
薫子は文句を垂れた。
「あったりまえでしょ! 私たちが本当の姿で現れたらこっちの人間腰抜かしちゃうじゃない!」
犬に化けた藤の霞が言った。
「…単にコスプレしてる人って思うんじゃないの。都会は人のことなんかそんなに気にしないから…」
薫子が呟いた。
「私みたいな美しいキツネをコスプレなんかで表現できるわけないじゃないっ! ほんっと失礼しちゃうわね!」
霞はシャーっと牙を剥き出した。
「その自意識過剰なとこ…少しは直さないとそのうち月白さんに呆れられちゃうんじゃないの?」
薫子も負けずに言った。
「ハァ~!? 何ですってぇ~!」
「ちょっと二人とも!」
霞と薫子が掴み合いのケンカになりそうなところを月白が止めた。直哉は二人の仲の悪さに驚いたのと、この状況が分からず混乱した。湊は肩を揺らして笑った。
「この間少し話したろ? この人達は俺が迷い込んだ例の異世界の人なんだ。今回直哉のことを教えてくれたのも彼らなんだよ。」
湊は言った。
「そうだったんですか…。」
直哉はやっと腑に落ちた。
「ソヨちゃんのことは残念だったね。僕らも何か力になりたかったのだが、あちらの世界まで干渉することが出来なくて…すまなかった。」
月代が直哉に頭を下げた。
「そんな謝らないで下さい。俺がもっとちゃんとしてれば…もしかしたら他に方法があったかもしれないのに…」
「君はよくやったさ。後悔があるかもしれないが、あの沼の主が目覚めるのは避けられない事だったんだよ。誰かが止めなければ全員死んでいた。ソヨちゃんは本当に強い子だ…。」
「…。」
直哉は何も言えなかった。
「ついにあの祠も無くなるのか…。」
月代は感慨深く祠を眺めた。
「はい。そう父が言ってました。でも本当に大丈夫なんでしょうか?」
直哉は月代に聞いた。
「あれはもう抜け殻だ。大丈夫だよ。」
月代は言った。
「じゃあ、私たちは帰るとするよ。また会おう!」
「はい、ではまた。」
月代は三人の肩をポンポンと叩いた。
「あんたたち、また私たちの世界に遊びにおいでよ。夏には大きな祭りがあるからさ!」
藤の霞も彼女なりに慰めの言葉をかけた。
「あんたも来るんだったら、私の浴衣を貸してあげるわよ。」
藤の霞はツンとして薫子に言った。
「超~可愛いのにしてよねっ!」
薫子は睨みを利かせた。
「はいはい。」
霞はフンと笑った。




