鉄壁の東雲
ダンジョンの扉は開かれていた。
それは、あの二人が「中に入れ」と言っているようだった。
同じことを感じていたのか、アルコードさんが無言で振り返り、何かを振り切るように再び前を向く。
中から湿り気を帯びた空気が零れており、カビの香りが鼻腔を擽る。
覗いてみると視野がほとんどないくらいの漆黒の世界が広がっていた。
無言で振り返るとニコニコと微笑む宗也さんの顔がある。
「わかる~。こわいよねぇ~」
本当に怖がっているのだろうか?というくらいの笑顔だな...。
トイレ(簡易)を背負いなおし、リュックに入っていた刃渡りの短い剣を構える。
「東雲とアルコードは前衛、後方の警戒をガリオル。柊は東雲の後方で控えてくれ。ルーネシアはその隣、ルーネシアの後方に蓮華。左右を俺と四之宮が挟む。三浦は前方後方を警戒し、遠距離からの遊撃を頼む」
配置を的確に指示するミオさんに全員深く頷く。
「ライト」
四之宮さんが前方天井近くに光の玉を浮かべる。
「なかなかの光量だ。魔力のキャパシティーは目を見張るものがある」
「ありがとうございます」
何気ない一言だが、ミオさんの言葉に四之宮さんは小さく照れたような顔を浮かべる。
一行はその明かりを頼りに歩みを進める。
無音。時折、ぴたっ、ぴたっ、という水滴が落ちる音が響く。
自分の呼吸音が響く感じ。
「…落ち着け。私がついている」
そんな言葉にハッとする。
僕が言われたわけではなかった。
東雲さんがアルコードさんにかけた声だった。
「す、すみません」
「謝ることなんてないさ」
アルコードさんも緊張しているんだろうな。尊敬していた相手と戦うことになるのだから。
重い空気だ。
「ねぇねぇ、翔くんたちは生前、日本人なの?ってか、ボクたち日本語で会話してるの不思議じゃない?」
その重い空気を壊すように宗也さんが声を上げる。
「日本語で会話してるし、日本語を読み書きしてるなぁ、確かに。私は今でいう中国かな?」
「東雲もか、私も中国だ。不思議と疑問にも思わなかったな」
もしかして知り合いかも、と思ったかもしれないが、それを確認しようとはしなかった。おそらくは良いことにはならないと思っているのだろう。
「わたくしは、スペインですかね」
考えればアルブヘイムの人々も日本語を使っているか。
「…天照大御神さまだからなぁ」
「そうですね」
ミオさんとルーネシアさんがうんうんと頷く。
アマテラスさま、どんな扱いなのだろう。
カサッ
「ふん」
音がなった刹那、すぐにピチュンと音の主を踏みつぶしている宗也さん。
「ブラッドジェルですね。小さな虫を捕食するモンスターです。対象を痺れさせて捕食します。ただ痺れ毒は虫を対象としており、我々に影響を及ぼすものではありません。被膜で包まれた水分のようなモノなので倒しても水分となり地面に吸われます。金銭に結び付けれるモノにはなりませんね」
ルーネシアさんが丁寧にモンスターの説明をしてくれる。
「…お金にならないんですよね…」
しみじみとする四之宮さんを僕は見ないことにした。
すでに地面に吸われたブラッドジェルを眺めながら、宗也さんが呟く。
「この子、前の方から逃げてきてる感じだった。案外、すぐ傍にいるんじゃない?」
「正解!」
宗也さんの言葉に呼応するようにウォードンは暗闇から筋肉質の身体を光源に晒す。
「ロック!」
はっ!と後ろを見るとまだ視界内にあった扉が閉じられた。
大きなモーションで振り下ろされる白銀の斧。
「私に任せろ」
東雲さんの大きな盾がそれを防ぐ。斧の振り下ろされていた対象は、アルコードさんだ。
一瞬、恐怖に顔を歪ませるが東雲さんの広い背中に、その表情は霧散する。
「そこか!?」
三浦さんの放つ矢がウォードンの後方へ放たれる。
カンッと乾いた音。
「死しても尚、感覚は覚えているモノなのね」
その音は物理結界に当たった音のようだ。
「火炎槍術『炎舞』!!!!」
東雲さんとウォードンの力比べと化した前線にガリオルさんの炎を纏った槍の切っ先が割り込む。
「ふん!!!」
その槍を横から斧から手を離した左手で殴って切っ先を逸らす。
「んなことある!?」驚愕の声を上げるガリオルさん。
「だが!助かった!」
「ぬお!?」
今度は意外にも声を上げたのはウォードンだった。
東雲さんの盾が斧を弾く。
胴ががら空きになるウォードン。
「あっ、くっ!」
アルコードさんが剣を構えるが激しく振動し動かない。
「アルコードくん!」
アルコードの横から宗也さんが躍り出る。しかし、繰り出される宗也さんの剣撃は弱くウォードンの鎧の表面に傷をつける程度だった。
「マジックアロー!」
ウォードンの背後から光り輝く矢が、攻撃を弾かれ態勢を崩している宗也さんへ延びる。
「残念だが、私がいる!」
光の矢に左手を伸ばす東雲さん。そのまま矢を掴み、霧散させる。
「噓でしょ!?なんなのこのワルキューレ!?」
暗闇にいるエオルナの表情は見えないが、やはり驚愕してるのではないだろうか。
「爆撃火炎防御魔法!フレイムウォール!」
突如、ルーネシアさんが後方へ炎の壁を展開する。
一瞬だが、炎の壁を突き抜けて見える白い手。
後方にも誰かいる!?
「一人、外に出ていた!?」叫ぶミオさん。
ロックをかけたのはエオルナではない。この白い手の主だ。
「全員、前方へ突進!!」
ミオさんが叫ぶ!
それを的確に理解した東雲さんが大きな盾でウォードンを押しやる。
「なにを!?」
力比べと言わんばかりにウォードンがその盾を掴み、それを妨げようとする。
が。
「えいや!」
盾の影から、ウォードンの足元へ宗也さんの剣が振るわれる。
威力が乏しくダメージを与えらるモノではなかったが、バランスを崩させるには充分だった。
「おおぉおおおおおお!?」
そのまま東雲さんに盾越しで押されるウォードン。光源も奥へと移動し照らされるは動揺するエオルナの姿。彼女はちょうど洞窟のカーブしているところに立っており、東雲さんはエオルナに向かって突進。
「きゃあああ!?」
ウォードンの身体と壁に挟まれ悲鳴を上げるエオルナ。
ウォードンを盾で押しながら、メンバー全員を背後に展開させる東雲さん。
息苦しい!
「解除!」
ルーネシアさんの声で炎の壁が掻き消える。
「洞窟の酸素を燃やしちゃうから」と汗を拭うルーネシア。
「助かった、挟撃は避けれた」肩で呼吸するミオさん。
「すまない、俺…」
「だったら、行動で示すことね。反省なんて後でもできるわ」
落ち込むアルコードさんの肩を叩く三浦さん。
東雲さんが再び盾を構え、態勢を安定させる。
光源はダンジョンの壁にもたれかかるウォードンとエオルナを照らし。
そして、白い手の主の女性を映し出した。
紅蓮の赤い髪をポニーテールに結った女戦士の姿。
「殺人鬼アルシャーナ…まさかこんな大物が…」
ミオさんの言葉は、普段からは考えられない動揺に満ちたモノだった。