初めての朝食
たった一日で僕のことを信頼してくれている人々がいることが驚きだった。
「……もしかしたら、俺は今日死んでいたのかも知れないな」
「え?なぜですか?」
僕の言葉にミオさんはこちらを見ない。
「中にいるのは帰巣派だったとしよう。俺たちはダンジョンの調査が目的で組まれたパーティだ。ダンジョンに入ったら中にいる帰巣派とウォードンとエオルナが協力し、俺たちを殺す。何食わぬ顔でウォードンとエオルナがダンジョンを脱出し、モンスターと遭遇し俺たちは討ち死にし、自分たちは命からがら逃げてきた。ダンジョンにはモンスターしかいなかったと美悠に報告すれば…どうだ?」
僕はひどく喉の渇きを訴えた。
「…でも、ミオさんたちを倒せる確証がないとできない計画ですよね?」
視線だけをルーネシアさんに移す。
「逆に俺たちが勝つ確証のほうが微塵もない。ウォードンは肉弾戦の要だった。アルコードもガリオルも敵わぬ。アルコードに至ってはウォードンに憧れすら抱いている節があった。俺は回復や防御に特化しているタイプだ。今朝のことに関しても、周囲の被害も考えず攻撃魔法を撃たれていたら俺には時間稼ぎしかできないだろうな」
「なぜ力押しをしなかったのでしょうね」
「ルーネシアたちが不確定要素だからだろう。1部屋づつ各個撃破したかったのではないか?ダンジョンに逃げたということは、ダンジョンにいるメンバーがいれば『勝てる』と思っているからだ」
そんなにダンジョンに潜む人は強いのだろうか。
無言で動画を閉じたミオさんは、ゆっくり僕に顔を向ける。
「朝食の時間だ。ごはんにしよう」
あぁ、動画を見てたのは朝のルーティーンだったのだろう。死んでいたかも知れないという現実から目を逸らすからなのだろうか。僕がそう思いたいだけなのかもしれないが。
朝食はとても満足できるモノだった。
生きているという実感を感じた。死んでいるのだが。
生前は点滴による栄養摂取が主たるモノだったから、味覚という有難さを堪能できる幸せを感じていた。
朝食のメニューは真っ白いごはんに、豆腐が浮かんだ味噌汁、焼き鮭のような魚に大根っぽいモノを下ろしたモノだった。
「昨日は、ほとんど食事とってなかったから心配したよ」
宗也さんが、僕の前に置かれた空になった食器を見て満足そうに微笑んでいる。
「今まで点滴だったからね、固形物を食道に通すことに抵抗があって」
「大変だったのですね。久しぶりの食事はいかがでした?」
「美味しかったです」
よかったわ。と四之宮さんがうんうんと頷く。僕の見た目のせいだろうか、みんな僕を庇護下の愛玩動物のような視線を送ってくる。
「しかし、このシュトゥルの養殖技術が確立されればいいのにな」
お代わりした焼き鮭を箸でツンツン突きながら東雲さんの言葉に眉間にしわを寄せる三浦さん。ちなみにシュトゥルと呼ばれる焼き鮭っぽい魚は全長3メートルあり、大河と海に生息するモンスターらしい。
「東雲、箸でつつくのはマナー違反よ。まぁ、東雲の意見には同意だけど…それには電力供給の安定が重要ね。太陽光も廃棄技術が乏しい以上環境への被害も考慮せねばならないし、風力発電にしても近隣の住人からはクレームも出ているわ。火力も森林伐採だの、温暖化だの」
「原子力発電は…?」
「原料のウランがほとんど見つかってないうえに核分裂しやすいモノが確認されてないとの話だわ。私もよくわからないのだけれど」
「僕もよくわかりません」
「わからないことは恥ずべきことではないわ」と、食後の緑茶に口をつける。「だって、私もわからないし」と付け加える。
こういう技術者もこちらの世界に来ているのか。
「こほん」
空気を変えるように、ミオさんが小さく咳払いをする。
「みな、俺の話を聞いて欲しい」
期を見てか店主がテーブルを埋める食器を静かに下げる。
「これからダンジョンにアタックしようと思う。みなは参加可能だろうか?」
全員の顔を見るミオさんに皆が無言で頷く。
「ありがとう、助かる。で、だ。東雲くん、三浦くん、四之宮くん、柊くん、ルーネシア、職を教えてくれないか?」
「私はケーキ屋さんだ。ケーキ屋『すぅーとらぶりぃー』をよろしく頼む」
「いや、本業ではなく」東雲さんに素早くツッコむミオさん。
ってか、東雲さん、ケーキ屋さんだったのか。
「戦闘職業ってのは存在しないが、強いて言うならタンクだろうな。防御に関しては自信があるよ」
「私は弓だな。剣も扱えるが。多少の魔法も使えるが下手の横好きだ、考慮しないでほしい」
「わたくしは、防御魔法、支援魔法、回復魔法が扱えますがすべて初級のモノです。無いよりはマシ程度に思っていただければ」
「ボクはフェンサーって言うのかな?細い剣で突っつくよ!魔法はからっきしだね」
あまり殲滅力がなさそうな感じだろうか。
「私は高火力攻撃魔法ばかりですね。ダンジョン向きではないかもですね」
ルーネシアさんもダンジョンでは戦力として期待できないのかも知れない。
「ちなみに俺は三浦と同じだ。アルコードは剣士、ガリオルは火炎魔法も使える槍術士といったところか」
「アタシもツンツン突いちゃうわよ」
一瞬、場の空気が固まる。
「火の精霊であるサラマンダーが場を凍らせるとは、これ如何に?」
「ガリオルが火力の要だ。よろしく頼む」全く相手にしないミオさん。
「ツッコミないのね」
「だったら、不要なことを言わないことね」
「辛辣!?」
三浦さんとガリオルさん、相性が良さそうだ。
最後にミオさんは僕の顔を見た。
「蓮華。君はまだ二日目だ。一緒に来ることを強要する気はない。残っていてくれても構わない。我々は君の身の安全を保障できない」
「行きます」
「そうか」
間を置かず答えると、その答えを知っていたかのようにミオさんは受け入れた。
「じゃあ、申し訳ないがコレを持ってほしい」
直径50センチ、1メートルほどのグリーンの円柱の袋と同色のショルダーバックのようなモノを渡される。
「これは…?」
「簡易トイレだ」
「大事ですね」
「とても大事だ」
全員がうんうんと頷く。
今からダンジョンに入ろうというのに、空気が締まらないのがこのパーティなのかも知れない。