妖精の国
家の中は思っていた以上に広く、前面に備え付けられた二階への大きな階段が特徴的だった。中央は吹き抜けで、二階への扉がホールからも確認される。扉は左右に5つづつ、計10部屋になる。階段の右側にはカウンターが備え付けられており、その奥には調理場があるようだ。そして階段の左側には商品棚が並び、その奥はおそらく店主の寝床であろう。
ホールには中央に大きな丸テーブルが一つ鎮座しており、それを囲むように4つ中くらいの円卓が配置されている。
ファンタジーの宿屋を想像していたが、ほとんどホテルの宴会場を思わせるのは赤い絨毯とまるでLEDのように輝く光源のせいであろうか?
店主は中央の円卓に座るように促すと、カウンターへと姿を消した。
全員が腰を下ろすと、青髪の女性が開口一番頭を下げた。
「私の仲間『だった』者が迷惑をかけた。申し訳ない」
「いえ、頭を上げてください」
「申し訳ない」
僕の言葉にもう一度謝罪し頭を上げた。
「俺の名前はウンディーネのミオリア。ぜひ、ミオちゃんと呼んでくれ」
「は、はい」
名前と容姿は合致するのに口調が決定的に合わない。ただ詩乃と違って、立ち振る舞いは女性そのものであることから、ただ口調が粗暴なだけなのであろう。
「サラマンダーのガリオルよ」と少年が手を上げる。
アルコードさんなど、全員が簡単な自己紹介を終えると話題は『帰巣派』の話になった。
「帰巣派とは何なの?」三浦さんは不愉快さを隠そうとはしなかった。
「帰巣派は妖精たちしかいなかった『アルブヘイム』に戻したい願望を持ったヤツらだ」
こちらも不愉快さと共に吐き捨てるアルコードさん。
「…でも、アルブヘイムに突然ワルキューレがやってきたのでしょう?嫌悪感を抱くのもわからなくはない気がしますよ」と運ばれた水を口にする四之宮さん。
「ちがうのよ、四之宮ちゃん」大きく大げさに首を振るガリオルさん。
「ガリオルの言う通りだ。長寿と言われる我々がなぜ皆揃って『若い』と思う?」ミオさんの冷たさを感じる瞳がより一層の冷気を纏う。
「若い人が活発に活動しているだけで、それ以外は里に引っ込んでいる、とか?」
「東雲、それだと王国が建国200年経ってないのは不思議じゃないか…?」
三浦さんは何かに感づいたようだ。
「てんちょー。ボクはハンバーグ定食おねがいしまーす!」
一方、宗也さんは考えることを放棄したようだ。
「滅びたのですよ、アルブヘイムは。それを200年前復興してくださったのです。ワルキューレという存在のおかげで私たちは再び命を吹き込まれたのです」沈痛な顔のルーネシアさん。
「それを理解してない一部の者たちが『帰巣派』とよばれ、ワルキューレを追い出して元のアルブヘイムに戻そうと言っているんだよ。我々はゲームでいうところのNPCでしかないのに」
ミオさんの言葉は中々毒づいたモノだったが、ガリオルさんもアルコードさんもルーネシアさんも表情は動かなかった。
「それは違うと思う」と宗也さんは否定した。
「ワルキューレはきっかけでしかなかったんじゃないかな、とボクは思うよ」
「これは憶測にしか過ぎないのだが」三浦さんは宗也さんの言葉に続く。
「アルブヘイムが再び滅びないためもあるんじゃないかな、ワルキューレの存在ってのは」
僕たちワルキューレ側はその意見に同意を示す。
「ありがとう。その言葉で救われたよ。君たちも疲れたろう。そろそろ休むといい」
あの、と店主が申し訳なさそうな顔で現れる。
「申し訳ないのですが、ご覧のようにここには10部屋しかありません。あのお二人は左側の9号室、10号室に休まれております。右側の1から5号室を相部屋で利用していただくのは、いかがでしょうか?」
「そうだね…みんな部屋割りといこうか」
1号室は三浦さんと四之宮さん、2号室はアルコードさんと東雲さん、3号室は僕とルーネシアさん、ミオさん、4号室はガリオルさんと宗也さんに分かれることになった。
僕がルーネシアさんとミオさんの3人同室となったのは、二人が僕を標的にしているのではないかと危惧した結果だ。
部屋にはいるとグレーのカーペット、ラベンダーが描かれた壁紙、白いベッドが二つ備え付けられていた。入口近くにある扉をあけるとバスルームとトイレが備え付けられてある。
「日本のビジネスホテルっぽい」
ぼそっと僕が感想を呟いたが、ワルキューレではない二人には知らない国名だ。
違うところといえば、テレビが備え付けられていないということぐらいか。
馬車の中で、宗也さんがテレビ局というものは存在しない、とか話していたなと思い出す。
僕より先に入室した二人は、すぐさま服を脱ぎだした。
「そ、外で待ってましょうか?」
「え?なぜだ?外は帰巣派がいるだろう?」
悩んだ挙句、僕は背中を見せて見ないように努めることにした。
「おかしなことをする。俺の裸を見て性的興奮などするわけがないだろう」
……ドキドキとはしているが、性的に興奮しているかと言われると疑問が過る。
これが性欲が衰退しているということか。
「いいですよ」
「ぶ!?」
ルーネシアさんの声で振り返ると二人そろってネグリジェを捲し上げて下着を僕に見せつけるようなポーズをしていた。
僕のリアクションに声を上げて笑う二人。
これは本当に死後の世界なのだろうかと、理解が追い付かなくなる。
「すまんすまん、怒ってくれるな」
ミオさんとルーネシアさんはそれぞれベッドに腰掛ける。
そうなると僕はどこに座ればいい?
悩む僕に二人は自分の膝の上をポンポンと叩く。
この人たちはまだ会ったばかりの僕に心を許しすぎだろう。
僕は窓際に置いてあった椅子を持ってきて腰を下ろすと少し残念そうな顔を二人は浮かべる。
「で、だ。君たちは真剣に何の話をしていたんだ?」
ミオさんは右手人差し指をふると部屋の内面が虹色に輝く。
遮音魔法だ。
ルーネシアは静かに僕へと視線を走らせる。
貴方の判断に従う。
目はそう訴えていた。
「俺は窓の外にいた君たちに注意を払っていた。結果、アイツの暴走に気づくのが遅れた。君たちを危険にさらしたのは俺と言っても過言ではない。恨まれても仕方ない。しかし、だ。俺はこのアルブヘイムを良くしたいという気持ちは嘘ではない。君たちの話が俺の気持ちと無関係であるというなら黙ってくれてもいい」
「……わかりました」
僕は改めて『蘇りのアイテム』の存在の否定、王の素質の話、ルーネシアさんへの表向きの王の即位への依頼のことを話す。
「そういうことか。思った以上にスケールの大きな話だな」
それくらい『組織』の存在は大きいということか。
「でも、なぜ『蘇りのアイテム』が存在しないということを知っているんだ?その見た目だと、この世界に来て間もないだろう?それともこの世界で死したか?」
僕はすぐさま否定した。
「…これは本当に他言無用にしていただいたほうがいいかもしれません。僕のフレンド欄って見れますか?」
僕がフレンド一覧を表示させると、ルーネシアさんが僕を担ぎ上げ膝に乗せる。
「え?」
その横にぴったりと座るミオさん。
「こう初心な反応されると意地悪したくなっちゃいますね」
「わかるぞ、ルーネシア」
僕にはわからないのだが!?
「あの、で、フレンド、見れます?」
二人が僕のフレンド欄を覗き込んだ直後、視線が固まる。
「アマテラス…?」
「オオミカミ…さま…?」
「これが情報の出どころです」
二人はしばらく無言だった。
「あの、アマテラスさまを理由に協力してほしくはありません。おそらくそれをアマテラスさまも望みはしません」
僕の言葉で、二人は放心から思案の表情へと移る。
「帰巣派と組織に関しては、セントラルも警戒をしているとは耳にしていた。治安維持の迦楼羅王・結城梨歩長官の名前で通達は来ている」
「私はアマテラスさまの名前を聞く前から、答えは決まっていました。ご協力させていただきます。それに、私はヴィオルシア王国の王族なので、国を興しても違和感はないかと」
「では、俺も協力しよう」
「姉が王の素質を持ってくれていたから、責務から逃げれると思っていたのですけど、それは運命なのでしょうね」
と、小さくため息をつく。
「あの、竜人ってドラゴンの姿に変身したりできるのです?」
「はい、できますよ。ドラゴンの姿を保持する訓練をするためにこの地にやってきましたし」
僕は目まぐるしい一日の最初の一場面を思い出していた。
「……あの、便秘気味、だったりします?」
「なっ!?」
どうやら、アマテラスさまが見せてくれた白亜のドラゴンは、ルーネシアさんだったようだ。