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光芒へのリフレイン  作者: 羽元樹
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ネイキッドカラー

 部屋に到着すると妙に心のざわめきを感じる。

 落ち着かない。

 気を紛らわせようと、僕はガラス張りの扉を開けてバルコニーに出てみる。

 初めてバルコニーに出てみたがファルナさんが日夜掃除をしてくれているおかげで、とてもきれいだ。

 ダンスが出来そうな広さのバルコニーには1メートルほどの高さの手すりが備え付けられており、115センチほどしかない身長の僕には背伸びしないと景色が見えない。

 つま先立ちで見る景色は、壮大だった。

 緑の草原、白い山々、日光を反射しキラキラと輝く大きな川。爽やかな風が僕の長い髪を波打たせる。

 生きていると実感させる。

 いや、死んでいるのだが。

 よく見ると眼下には、伊作さんが一人で鍬を振るっているのが見える。トラクターを作りたいようだが、モーター駆動での稼働実験が必要のようで、城の倉庫にはトラクターとコンバインのフレームだけが鎮座している。

 そして川の畔で浄水場の工事をしている女の子たち。元々男性だったらしいが、女の子になろうが、やっぱり工事作業が楽しいと言っていた。

 タンクトップ姿で作業する日焼けした彼女たちの肌はとても健康的に思えた。

 とてもじゃないが、今、この国が危機に瀕しているとは信じられない。

 まぁ、財政的には危機でしかないのだが。

 一週間。

 たった一週間。でも、こんなに充実した一週間なんてあっただろうか。


「蓮華くん、いるぅ~?」


 扉の向こうから声がする。

 扉を開けると立っていたのは宗也さん。両手にはマグカップを二つ持っている。

「ね、ね、入っていいかい?」

「はい、どうぞ」

 部屋に置かれたソファーへ誘うと、躊躇いなく身体を沈めた。

「おぉ、ふわふわぁ。あ、ミルクティー作ったんだよ、飲んでね」

「…ミルクティー?」

「ん?ミルクティー、知らない?」

「いや、存在は知ってますけど…飲んだことないですね」

「飲んで飲んで、美味しいよ」

 手渡されたマグカップを受け取る。湯気が鼻腔を擽る。

「…香りは、いい」

「え~、そんな警戒しないでよ」

「い、いただきます」

 一口ゆっくりと啜ると、甘い味覚を刺激し、あとからミルクのまろやかさが膨らむ。鼻から溜まった空気を抜くとそれに伴うように良い香りが口から鼻へ駆け抜ける。少しの渋みを感じるが不快なものではなかった。

「どうだい?コーヒーもいいけど、紅茶もいいっしょ?」

「…はい、美味しいです」

「まぁ、座って座って」

 ポンポンとソファーの隣を叩く。無視して僕は向かいのソファーに座る。

「うわ、いぢわるじゃん」

「男同士、隣で座ることなんてないですよ」

「…そういえば、ボク、男だったねぇ、あっはっは」

 あと数時間後に浮遊城が来る、そんな事実を前に宗也に悲壮感はない。

「…どうですか?生前は女性だったのに、今は男性って」

「男性っていっても8歳くらいだからなぁ。まだあまり違いは感じないねぇ」

「詩乃さんは、生前女装をよくしてたから女になったのかなっておっしゃってましたけど、宗也さんは男装を?」

「いやいや、してないよ。ん~でも、そうだなぁ。男性に劣等感は持ってたかもしんない」

 劣等感。あまり宗也さんのイメージにない言葉が出てきた。

「僕はフェンシングを習っていたんだよ。大会に出るくらいの腕はあったんだ。だから、過信があったんだろうね」

「過信?」

「うん。やたら僕に馴れ馴れしい男性の先輩に勝負を挑んで、成すすべなく負けたんだよ。そりゃもう手も足も出ない感じ。『痛い目を見たくなければ、これ以上私に近づかないでください』なんてセリフ言うつもりだったけどねぇ。あの時は僕も男なら負けなかったのに…なんて思ってたなぁ」

 昔を懐かしむように紅茶を口に含む。

「…ううん、今でも思ってる。あの敗北は、忘れられない」

 きっとこの言葉は僕に言った言葉ではない。現在の宗也さん自身への言葉だ。

「でも、今は男性なんですから」

「あはは、どうだろうねぇ」

 揺れる紅茶の水面を眺める宗也さん。

「…もう、アイツに負けたくはないな」

 眉間に皺が寄るが、すぐに屈託のない笑顔に戻る。

「蓮華くんにはないの?そういう劣等感みたいなヤツ」

 マナー違反だ、と野暮なことも言えず、少しの躊躇の後に僕は口を開いた。

「宗也さんがご存じかどうかわかりませんが、逢坂麒麟っていう俳優さんは知ってますか?」

「え?世界的に有名な俳優さんだよね?」

「はい。僕は生前、子役をしてました。そのさいに逢坂さんと一緒に仕事させていただいたことがあって」

「すっご!」

「あの方、大御所なのに仕事を選ばないところがあるので、共演経験ある俳優さんは多いんですよ」

「へぇ、それでそれで?」

 僕は紅茶を一口含み、嚥下する。紅茶の香りに言葉を乗せるように声帯を振るわせた。

「逢坂さんは僕の事を『ネイキッドカラー』と表現しました」

「なに、それ?」

「何も描かれていないキャンバスの事らしいです。ほら、逢坂さん、絵も描かれてらっしゃったので」

 そう、これはきっと誉め言葉ではない。

「彼は言いました『君は何者でも描ける可能性を持っている。だが、そこに君はいない』と」

「なに?深すぎて意味がわからない」

「なんでしょうね…結局僕はその答えを知る前に死んでしまったのですけどね」

 何者でも描ける、か。

 僕は『君はいない』という言葉ばかりが心に残っていたけど…。

「…お?なんか目の輝きが変わったね」

「…そうですかね?」

「うん。よし、お兄さんはそろそろ退散しよう」

 一気に紅茶を流し込むと勢いよく立ち上がった。

「また、こうして紅茶飲もうねぇ」

「はい」

 元気よく扉を開ける。

「じゃあね~」

 溌溂とした声とは裏腹に扉は音もなく静かに閉じたのだった。



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