来たる動乱
「蓮華さま!」
城内に戻るとすぐさまファルナさんが僕に駆け寄る。
「先ほど、月読命さま直々からご連絡があり、アガライドの浮遊城が通行許可をセントラルに求めたそうです。拒否できる理由がないため、通行許可を出すしかなかったとのことです」
「うん、聞いてます。こちらには、何か通達はないんです?」
「いえ、まったく」
こちらに来る気なら、セントラルと共に許可を求めそうだけど。
「とりあえず、ルーネシアさんに報告をお願いしていいです?僕は謁見の間に向かいます」
「了解しました」
踵を返すファルナさん。
が、振り返る。
「あ、マグカップ、お預かりしましょうか?」
「…お願いします」
僕の手元の空になったマグカップに気づいたようだ。
しかし、受け取ると怪訝な顔でマグカップを眺める。
「口紅の跡がありますね…」
「そうですか?」
…気のせいではないですか?
「…では、のちほど」
なんか怖いなぁ…。
謁見の間には、四之宮さんの姿があった。
「大変なことになりましたね」
苦笑いを浮かべながら僕を出迎えてくれる。
四之宮さんは、一度僕に笑顔を見せて、再び虚空を見上げる。
視線を追うと、そこには虚空に展開された地図が映し出されていた。
「地図?」
「えぇ。アガライド所属の浮遊城がなぜこの国に侵攻しにくるのでしょうか?」
どこか憮然とした表情だ。
「新興国、だからとか?」
「上の地図を見てもらっていいですか?」
言われるがまま地図を見上げる。
「こちらがアガライドの領地です」
セントラルの西北に位置するエリアがピコピコと光っている。
「そして、こちらがエルフォーリムです」
今度はセントラルの東側がピコピコと光る。
「侵攻を行うなら通常陸続きの国を選ぶモノです。補給路が確保しやすいですしね」
「四之宮さんは侵攻の可能性は低いと思っているってことです?」
「わたくしはそう考えます。ミオさんや杏南さんは違う答えを出すかもしれませんが」
「ほかにも侵攻ではないと思う理由ってあります?」
僕の言葉に困った表情を浮かべる。
「わたくしの口から申し上げるのもどうかと思いますが…ここは未開の地です。はっきり言って侵攻するに値する国だとは言えませんね」
僕も苦笑いを浮かべるしかない。
「じゃあ、ひとまず安心していいのかな」
僕は少し気を緩めた。
しかし、詩乃の鬼気迫った声が脳裏に蘇る。
「…油断するのはまだ早いかもしれない」
「そうですね」
意図的に僕を安心させるつもりだったのだろう。四之宮さんは静かに頷いた。
まるでそれが合図だったかのように、他のメンバーが現れた。
その表情は危機感に満ちており、切羽詰まった空気を纏っている。
ルーネシアさんが颯爽と玉座に座る。
「蓮華さんは、私の隣へ」
言われるがまま、玉座の右隣に立つ。
その反対側にミオさんが立つ。
中央の赤いカーペットを挟むように面々が並ぶ。
「この度、アガライド皇国の浮遊城がこちらに向かっているとの報が入った」
ミオさんの凛とした声が響く。
「皆の考えを聞かせて欲しい」
「その前に確認をしたいのだが」
即座に杏南さんが声を上げる。
「セントラルには通過の通達があったとのことだけど、こちらにはなかったのよね?」
全員の視線が末席に立つファルナさんに集まる。
「ありません。城への通知、国への通知、国際サーバーも確認を致しましたがありませんでした」
「…ありがとう」杏南さんがファルナさんに礼を言い、眉間に皺を寄せる。
「…舐められているということね」
そうだ。きっと僕らは舐められている。
でも、建国間もない国に移動要塞で来るんだろう。
力を誇示して従わせる『利』なんてこの国にはないと思うけど。
「あの、アガライド皇国って、どんな国なのでしょう?」
僕の質問に、ファルナさんが応じる。
「はい、人口は10万人を超える三大大国の一つです。国王はオーデル・アーガイル。国民からも人気のある国王です。ただ、他国からは『パフォーマンスのオーデル』と揶揄され、その動向を警戒しております。千を超える兵力、移動要塞である『浮遊城ヴァルモウス』など軍事国家の様相を強めております」
「…千か、大軍だな」
「…千…?多いのです?」
東雲さんが困惑する。
「蓮華ちゃん、確かに生前の世界から考えると千は少ないんだけど、個々の強さが違うから同じ尺度にはならないんだよ。この世界全体の人口も違えば、ほぼ不老不死ともいえる人々は命を懸けて戦う心情に乏しいみたい」
宗也さんのいつもの笑顔は少しぎこちない。
「……ファルナ、浮遊城の到着は何時くらいか?」
ミオさんの質問は想定の範囲内だったのか、即座に口を開く。
「6時間後、こちらには16時到着となるかと」
「速いな」
ミオさんが大きなため息をつく。
「ミオ、兵もない我が国ではやることは限られる。策はないわ」
杏南さんの言葉をミオさんは「そうだな」と受け入れる。
「じゃあ、質問を変えよう。あやつらの目的はなんだと思う?」
ミオさんは再び全員に疑問符を提示する。
「あの、わたくしは『侵略』が目的ではないと思っております」
控えめな声で四之宮さんが言葉を紡ぐ。
「ほう。理由を教えてもらえるか?」
「はい。財政を管理している身です。国庫は空で税収も皆無に等しいです。それに…」
一旦言葉を切る。
「アガライドは竜人種至上主義の選民思想を強く誇示した国家です。竜人種であるルーネシア女王の作った国である以上、侵略ではない理由になるかと」
「では、四之宮はどう考える?」
「挨拶、顔見世ではないかとわたくしは考えます」
「そうか、ありがとう」
ミオさんがほかの面々にも視線を走らせる。
「あの、いい?」
「なんだ、蓮華の愛人」
「子供に手を出さないわよ!まだ早いわ!」
「もう少し成長したら、手を出すのか」
「……ん……?」
しっかり否定してほしいのだが。
ミオとエオルナのやり取りに少し空気が和らぐ。
「いや、貴方たちに一度は刃を向けた私が言うのもなんだけど、私みたいな保守的な思考を持ってる人なら『新興国』って目障りなんじゃない?国家は11だけ12なんて認めない、とか思ってたりしない?」
エオルナが言うから重みのある言葉であると思えた。
「結構、保守というか変化を受け入れにくい人は多いのか?」
東雲さんの言葉にルーネシアさんたちアルブヘイムの皆が顔を見合わせる。
「ほとんどが、そういう考えの持ち主かも知れませんね。『なぜアルブヘイムが衰退したのか』という疑問を抱かない限りは、このまま何も変わらず、という思考だと思います。その思考が強くなったモノが『帰巣派』と呼ばれる方々になりますね」
「ワルキューレに嫌悪感を抱く人って私の周囲では珍しくなかったわ」
ルーネシアさんの言葉を認めるようにエオルナが言葉を繋げた。
「……要するに、この国は亡ぶ可能性があるということだ」
アルコードさんは低い声で呟く。とても苦々しい感情を孕んだ声だ。
「あらゆる可能性が事実に繋がる不確かな未来が『確定』したということだ。…15時まで自由時間とする。後悔のない時間を過ごしてほしい」
「はい」
ミオさんの言葉に、なぜか覚悟を決めたような元気な返事を返す忠臣たちだった。




