チュートリアルお姉さんD
眩い光に包まれ、温かく包まれるような感覚が身体を満たす。
光に遮られ、視覚が機能していないが何か壁に当たるような感触を理解した。
少しの抵抗ののちに壁を通り抜け、光の世界から追いだされる。
「こんにちは!待ってたよ~」
クリーム色の髪をした中学生くらいの女性が立っていた。
深緑と黒のゴスロリが幼い顔立ちに似合っている。
「今、裸だから、この服を着てもらうね」
「はだか…?」
頭から青いワンピースのような服を被らされる。
「あたしの名前は大威徳明王の神崎ゆうり。よろしくねぇ」
「…大威徳明王?役職か何かですか?」
「不動明王は有名だから知ってるんじゃない?大威徳明王ってのは、その仲間って感じ。あたしの本名が大威徳明王。神崎ゆうりは、この世界の名前」
本名?この世界の名前?
「…ここは?」
視線を泳がすと白亜の壁、大理石の床、淡い赤に染められた天井、僕の後方には光の壁。おそらく、僕はここから吐き出されたらしい。
なによりも、視野を占めるは神崎さんの体躯である。僕の頭の位置は彼女の細いウエストと同じくらいの高さのようだ。
そして、神崎さんの後方には壁と同色で煌びやかな金の細工が施された扉がみえる。
視線を落とし、自分の手を見ると小さくぽよぽよ。
「わからないよねぇ。これから説明するが?」
「あ、お願いします」
神崎さんは、「こほん」と喉を整える。
「チュートリアルお姉さんDの神崎ゆうりが説明します」
おそらく定型文なのだろうか、声のトーンが変わる。
「お亡くなりになった、もしくはすでにお亡くなりになっていた貴方たちは、この『ワールドアマテラス』にて過ごすことになります。ここは妖精界と融合した世界。貴方たちは、ワルキューレという仮の肉体を与えられます。元々女性体のワルキューレを素体として使われるため、多くは女性の肉体を得ることになるでしょう。この世界に訪れた時には6歳前後の身体ですが、最適な肉体年齢まで成長するので心配をなさらなくて大丈夫ですよ」
あれ?僕の股間には馴染みあるモノがあるようだが…?
「この世界にはモンスターもいっぱい!冒険に挑むのも良し!魔法の研究に勤しむのも良し!この世界に君臨する王に付き従うのも良し!いっぱい楽しんでくださいね」
なんかオンラインゲームのような様相だ。
「でも、危険でしょう?もう死にたくないよ、なんて思われましたよね?安心してください。一度獲得したスキルや魔法、必殺技は保持した状態でこのセントラルテンプルにて復活します。ただ、肉体は6歳に戻るので身体能力はリセットされます。まぁ、死ぬようなモノなので死なないようにお気をつけくださいね」
結局は死ぬようなモノなら安心はできないと思うのだが…。
「あ。あとは、生前の名前はなるべく名乗らない、開示しないことをお勧めします。生前のしがらみや、あなた方より後世の方々にはよくない印象を受けられる方もいるかと思います。開示するな、とは強制もルールもありませんが」
歴史は勝者が書き換えるモノ。というし、勝った者が正当性や大義名分を誇示するために負けた者を悪事を働いていたと主張するくらい平然とやってのけそうだ。
「最後に、ですが。あなた方、ワルキューレ以外の妖精や亜人は『生きて』います。今のあなた方なら『命の価値』を理解していただけるかと思います。モンスターに関しては、ワルキューレに近く、復活地点で復活するので大丈夫です」
確かに一度『死』を知ってしまうと…『死』は救いではないと理解できる。
「さて、これからランダムでこの世界の名前を与えます。この世界を楽しんでくださいね」
神崎さんは僕の額に右手で触れるとゲームのステータスらしきものが表示される。空欄となっていた名前を指先に触れると『神代蓮華』と表示された。
「それ、男の名前です?僕は男だと思うのですけど」
「え?」
素の声に戻って、ワンピースをちらっと捲る。
「本当なんだが…んーと、ちょっと待ってもらっていいかなぁ」
そう話すと左手を上から下へ動かすとメニューが表示され、フレンドと書かれた項目を指先でタッチ、通話を開始する。
……ほんとオンラインゲームだな。
「あ、あんりちゃん?相談があるんだが」
『ゆうりさん?トラブルですか?』
「ほら、陰キャアイドルから紹介された子。珍しく男の子なんだけど、名前女の子っぽいんだが。どうするぅ?」
『ゆうり。だめですよ、ちゃんとアマテラスさまと呼びなさい。私もそちらのほうに回りますので、そのまま待っていてください』
相手方の顔も表示されていたようだが、マナー違反だろうと思い、僕は視線を逸らした。
あと僕の唯一のフレンドは『陰キャアイドル』と呼ばれているようだ。
「ごめんね、ちょっと待っててね」
「いえ。……あの、男ってそんなに珍しいんです?」
「珍しいは珍しいんだけど、1~2割くらいで、激レアってほどでもないんだよ。ただ、性別の名前が一致しないのがあまり無くてね」
じゃあ、男でも女でもワンピースは初期衣装なのか。
できれば、下着もつけてほしいところではある。
しばらくすると、ととととと、と軽快な靴の音が近づいてくる。
赤いふわふわの長い髪に赤いゴスロリの少女。神崎さんと同じが少し上くらいの見た目。暖色系のコーデなのに、表情はクールだ。
「あ、あんりちゃん」
「お待たせしました。この子?」
見た目と違い、声は、アニメ声というか幼い印象を与える。
「はじめまして。私は不動明王の神崎あんりです。チュートリアルお姉さんAとお呼びください」
「チュートリ……あんりさんとお呼びしてもいいですか?」
「あ、あんりさん!?い、いいですよ?ぜひ!あんりさんとお呼びください!」
あまり名前で呼ばれたことがないのだろうか、少し離れてゆうりさんがにやにや笑っている。
「今、管理者の月読命さまからアマテラスさまへ問い合わせを行ったのですが『昔からお気に入りの子に付けたいって考えていた名前だから苗字はともかく、名前は変えないで』と泣きながら言われたそうです。もう『はじめてのお友達、名前は蓮華ちゃん』と日記を書いてあるとのことで」
なんとなくだが、想像できるのはなぜだろうか。
「ということは、苗字は変えていいと?」
「そういうことになりますね」
ふひひ、と聞こえそうな笑みを浮かべる二人。
僕の名前の欄をタップして素早く何かを打ち込む赤い人。
「今日から貴方の名前は『神崎蓮華』です。私、弟欲しかったんです」
「あたしも~」
この人たちが明王だなんて信じたくない自分がいる。
「といっても、私たちは蓮華さんにできることは皆無です。アマテラスさまですら、『王の素質』というレアリティしかないスキルしか付与できなかったわけですし」
「もし、困ったことがあったら、あたしたちみたいなゴスロリを来た子に聞いてみて。ゴスロリはスタッフ衣装だから」
そう言いながらゆうりさんが僕のステータスっぽいヤツに視線を落として、一瞬だが視線が止まる。
「…何か?」
「あ、ううん。なんでもないんだが」
ポン、と僕のステータスに触れるとそのウインドウは閉じられる。
「私とゆうりさんは、セントラルテンプルにいますので、いつでも遊びに来てくださいね。あんりお姉ちゃんは、蓮華さんの味方ですよ」
「ゆうりお姉ちゃんもね!」
「これは、初期アイテムが入ってます。無くさないでくださいね」
白いリュックサックを貰い、僕はそれを背負う。
なんだろう、傍からみれば登園する園児にしか見えないんじゃないだろうか?ヒーローモノや女児向けアニメのプリントをされてないだけマシなのだろうか?
「…そういえば、アマテラスさまってプ〇キュア好きですよね?プリントしちゃ…」
「あんりお姉ちゃん、ゆうりお姉ちゃん、ありがとうございました!」
僕はセントラルテンプルから逃げ出すことにした。
結局、名前も変えて貰っていないし、下着すらもないが。