寝起きの夜叉王
光の魔法が明るくしてくれるのは物理的なモノであって、心までは照らすことはできないようだ。
沈痛な沈黙が辺りを支配する。
「ミオ、ダンジョンの奥にヤツらが隠したかったモノがあると思うわ。奥に入られたくないために、入口で待ち伏せていたと思うの」
その沈黙を打ち破ったのは三浦さんだ。努めて冷静な声を響かせる。
「本来なら、この先へのアタックを進言するわ」
「…本来なら?」
ミオさんが三浦さんの目を見る。
「ええ。でも、今回は一回宿に戻るべきだわ」
ミオさんが全員の表情をみる。
「ふむ。了承しよう。みんなダンジョンから出るぞ」
ミオさんが先陣を切り、生命活動を停止したウォードンさんの右をアルコードさん、左を東雲さんが抱えて続く。それに四之宮さんがついていく。
僕も四之宮さんの後についていこうとしたが、ふと足を止めた。
「どうかされました?」
僕の挙動に違和感を覚えたのか、ルーネシアさんが声をかけてくれた。
「いえ。このままだとモンスターに襲われるんじゃないかと」
僕は、未だ睡眠魔法で眠りこけるエオルナに駆け寄り、抱きかかえようとした。
「その小さな体では無理でしょう。手伝いますよ」
「私も手伝おう」
三浦さんも僕の元に近づいてこられた。
「でも、僕の勝手な行動ですし」
僕が言わなければ、エオルナはこのままだったのだろう。僕のわがままでしかない。
「じゃあ、こうしましょう」
そういって、エオルナを僕の背中に乗せる。
「ふぐぅぅぅ」
重い…!!
「まぁ、可愛そうな蓮華さん!蓮華さんのためにお手伝いしますね、仲間のためですもの」
「ふふっ、下手な芝居だわ。でも、嫌いではないわ」
エオルナの両サイドを二人が抱える。辛うじてエオルナの両足が肩に乗る程度で、重みをほとんど感じない。
ダンジョンから脱出し、まだ傾いている太陽により時間経過が微々たるものであることを物語っていた。
「逃がしたわ」
「ごめんなさい」
「二人とも、ありがとう。宿に戻ろう」
駈け寄ったガリオルさんと宗也さんを労うミオさんは、ようやく僕の肩の上のエオルナの存在に気づく。
なんとも言えない表情で苦笑いをし、一行は宿へと向かう。
宿の前には白亜の翼を持つペガサスが樽に入った水を飲んでいた。
「…夜叉王、葉月美悠が来てるのか…?」
ミオさんは、ペガサスの主がわかっているようだ。
宿の扉を開けると予想通りの人物が待っていた。
「お~は~よ~」
眠たそうに目を擦りながら茶色の髪を肩で揃えた黒いゴスロリを着た少女が手をひらひらと振る。
「座って~」
ウォードンをシーツの上に横たえ、エオルナはソファーの上に寝かせた。僕たちは彼女の前に鎮座する大きな円卓に座るよう促した。
「まず最初に~ごめんね~、連絡くれたのに~寝てたぁ」
頭をカクンと下げる。頭の重さで前に態勢を崩しそうな危うさがある。
「ん~、こほん」
手にしたコーヒーを一口すする。
「…あっつ」
先ほどまで死闘を繰り広げたとは思えないまったりとした空気だ。
「ん。皆さん、今朝はご苦労様。私は夜叉王、葉月美悠です」
そのまったりとした空気を壊したのは、他でもない本人、葉月さんだった。
「一応、メッセージには目を通したけど、事の経緯を説明してもらえる?」
ハッキングを警戒して詳細には書いてなかったのだろう。ミオさんは丁寧に事の顛末を報告した。
「ありがとう。ダンジョンの調査は他のパーティに引き継ぎます。あなた達は、その子、蓮華くんと共に近くの廃城へ行ってもらえるかしら?」
どうやら、僕のことを通達されていたのだろう。葉月さんは、静かにコーヒーカップに口をつける。
「アルシャーナはどう対応を…?」
「彼女は竜人よ。普段でも充分強いけど、ダンジョンで良かったわ。竜に変身したら、手に負えないでしょう」
「…なぜ、ダンジョンに籠っていたのでしょうか?外に出てドラゴンに変身すれば、勝てたのでは?」
「存在を秘匿にしたかったのでしょう。ドラゴンに変身すれば目立つ。ダンジョン内で目撃者を殺しておけば知られずに済むわ。口惜しいけど、それを可能とする力を彼女は持っているわ」
誰かはわからない。生唾を飲む音がする。そんな強敵だったのか。
「この情報は我々八部衆、四天王にも共有しておきます」
「…あの、彼女はどうします?」
僕は、ゆっくりソファーで眠るエオルナを指さす。
「帰巣派はあくまで思想的で、組織だった行動はしてないわ。おそらく、彼女を尋問しても何もでないとは思う。それに思想自体を罪には問えないの」
ん~。と葉月さんは伸びをする。
「よし。彼女は、蓮華くんにあげるわ。どうにでもしなさい」
「え、いりません」
「即答ねぇ。このままだとあの子、逆恨みして復讐するわ。解放は愚策。こちらが預かろうにも長期監禁できる罪を彼女は犯していない。時間を置かず、彼女は野に解き放たれるわ。そうなると、自分の目の届く範囲に留めておいたほうがいい」
むぅ。確かに。
「廃城の地下には牢もあるはず。裸にして入れておきなさい」
「なんで裸なんです?」
「そんな嫌な顔しなくても…。魔法を使う人間は別に杖がなくても魔法は使えるんだけど、魔法の『出口』が定まってないから霧散してしまう。杖や棒さえあれば、そこを魔法の『出口』として放てるの。最も、簡単な魔法は指でも可能ですけどね」
「では、服に『出口』を隠している可能性がある...?」
「そういうことです」
「別に下着でもよくないですか?」
「女の子の裸、見たいでしょ?」
「いえ」
「だから、そんな心底嫌そうな顔しなくても…ちょっと彼女に同情してしまいそうです」
ワルキューレは性欲皆無だと聞いているが?
「もう少し強固な睡眠魔法をかけておきます」
懐から白銀のスティックを取り出し、エオルナに向かって振ると彼女の身体が一瞬輝く。
「……光るエフェクト必要?」
「ミオくんはわかってないわね。術者が対象に魔法がかかったのはわかるけど、第三者にはわからないでしょう?」
そして、視線はウォードンに移る。
「ウォードンはコチラで埋葬させてもらうわ」
立ち上がって、魔法でウォードンを宙に浮かせる。その体をお姫様抱っこするように抱えて、宿の扉へと向かう。
扉の前で立ち止まり、葉月さんは振り返る。
「誰か扉を開けてくれないか?あと、蓮華くん、私の胸に触れてくださいな。フレンド登録しましょう?」
僕は無言で扉を開けて、彼女の額に手を当てる。
「ありがとう。だけど、私はおっぱ」
「よろしくおねがいします」
僕はしっかりと扉を閉めた。
「…ミオさん、私、蓮華さんにシモネタは言わないようにしようと思います」
「俺もそう思ったところだ」
小さく呟くルーネシアさんとミオさんだが、しっかりと僕の耳に届いていた。




