悲愴のアルコード
「命って不思議よねぇ。戦場で殺せば英雄、町で殺せば殺人、だっけぇ?」
アルシャーナと呼ばれた女性は、剣を床に引きずりながら歩みを進める。カラカラと乾いた音がダンジョンに響く。
こんな不快な音があったなんて。
「別にいいと思わなぁい?ワルキューレって生き返るんでしょぉ?あたしに殺させてよぉ」
カラカラ。
ウォードンとエオルナが立ち上がり、態勢を整える。
「あなたとぉ、あなた。英霊ってヤツねぇ」
東雲さんと三浦さんを指差すアルシャーナ。
「しらんなぁ、私はそんな大層なモノではないよ」
「私は大した事あるわよ?」
相対的な反応を示す二人。
「筋肉ダルマが敵わないはずだわぁ。ねぇ」
筋肉ダルマと呼ばれたウォードンは、返事の代わりに汗が頬を伝う。
ミオさんは前方から視線をそらさず、呟く。
「…挟撃から逃れることはできたが、退路は断たれた。早期に決着をつけたいところだが…」
「ねぇ、聞いてるぅ?」
アルシャーナの言葉にミオさんは口を閉ざす。
「人が喋っているときには、喋らないってママに教わらなかったぁ!?」
剣撃!?
飄々とした雰囲気が一気に殺意に飲まれる。
「させぬよ」
東雲さんの盾が剣に吸い込まれるように、その切っ先を流す。
「鉄壁、ってやつね」
「それだけだと思わないでくれないか?」
飾りだと思っていた剣を右手で抜き放ち、下から上へソレを振り上げる。
「昇竜水流撃!!!!」
下から上に伸びる水柱がアルシャーナを襲う。後方へ飛ぶ事で東雲さんの技を回避する。
「本当に厄介なワルキューレ」
残虐な笑みを浮かべるアルシャーナに先ほどまでの余裕はなさそうだ。
「それは、私の事かしらね?」
三浦さんの放つ矢がアルシャーナの眉間へまっすぐ伸びる。
それを体を捻って回避する女戦士。
「南風三連撃!」
ピュン。
音は一つ。
しかし、アルシャーナが剣で弾いた矢は三つ。
「そうね、本当にそう」
東雲さんと三浦さんがアルシャーナと対峙する。
しかし、黙ってみているウォードンではなかった。アルシャーナの横から横凪の斧で襲う。
「くっ!?」珍しく余裕のない東雲さん。
「もう、逃げない!」
しかし、その斬撃を防いだのはアルコードさんだった。
「助かったよ。アルコード」
「俺は、貴方のようになりたい!」
アルコードさんの憧れはウォードンから東雲さんに変わったようだった。
「小童がぁ!」
ウォードンがアルコードさんに足払い。真面に食らって態勢が崩れる。
「おっさん、あたしはアンタの事、最初から嫌いだったの!」
ガリオルさん得意の火炎を纏った槍がウォードンを穿つ。
「そんな攻撃が効くと思っているのか」
避ける事すらせず、胴を晒すウォードン。
「おバカさん、誰が最初から手の内を晒すモンか。槍術火炎撃弐式!」
槍の切っ先と包む炎が大きく伸びる。
「ぐぬぅ!?」
腹を穿つのではない。焼き焦がしたのだ。
「ヒール!」
それを慌ててエオルナが回復を試みる。
「油断しないでよ!」
「あなたもです!皆、下を向いて!」と四之宮さんの声に皆下を向く。
「ライトブレイク!爆散!」
唯一の光源が一気に激しい輝きを放ち爆発!
「ライト!」
瞬時に漆黒に陥るが再び明るさに照らされる。
目を凝らせば、三人。特にエオルナが光の爆発に網膜を晒していたようで、目を押さえて蹲っている。
そんな彼女に躍り出るは宗也さん!
剣が彼女のローブを射抜き、地面に縫い付けられたような状態になる。
「君たちの敗因は偏に油断だよ」
ミオさんの睡眠魔法がエオルナに降り注ぎ、彼女は抗うことなく落ちていくしかなかった。
僕は彼女の上に簡易トイレを乗せることにした。
身軽になった僕はアルシャーナを見る。
東雲さんの絶え間ない剣撃、それを繋ぐかのように放たれる三浦さんの矢。隙をみて振り下ろす剣は東雲さんの盾の表面を撫でるだけだ。
押されていることを隠すことができないのは、足元。
また一歩、また一歩と後退していく。
「まさか、あのアルシャーナを…」
その光景はミオさんですら衝撃的なモノだったのだろう。
そして、ミオさんが東雲さんの筋力を増加させる付与魔法を展開。アルシャーナの苦戦を決定づけるには充分だった。
腹部から血を滴らせるウォードン。
ウォードンへの憧れを振り切ったとはいえ、力量は遠く及ばないようだ。アルコードさんもガリオルさんも宗也さんも彼へのダメージを与えられずにいた。
ガリオルさんの弐式も一発しか放てないようで、アレから繰り出された形跡はない。
しかし、ウォードンの斧の技術の高さは素人目で見てもすごい。
盾のように扱ったり、重い攻撃を繰り出したり。
四之宮さんのマジックアローが飛ぶも火力に乏しく、その分厚い筋肉を撫でるだけだ。
前に出るウォードン。下がるアルシャーナ。
ウォードンの悲運は、二つ。
それは、アルシャーナが味方であったこと。
そして、彼女に背中を見せたこと。
「昇竜水撃破!!!」
「南風三連撃!極み!」
アルシャーナを狙う一撃は、彼女がウォードンの陰に隠れたことにより、ウォードンに注がれる。
「槍術火炎撃!」迫るガリオルさん。
「マジックアロー!」渾身の魔法を放つ四之宮さん
「爆炎フレアランス!」火力を押さえた魔法を披露するルーネシアさん。
対象となるウォードンの背中を。
アルシャーナは蹴とばした。
斬撃と魔法に晒されるウォードン。
「ウォォドォォォオオオオン!!!」
すべての迷いを断ち切ったアルコードさんの剣は吸い込まれるようにウォードンの胸板を貫いた。
「え…!?」
一番驚いたのは、剣撃を放ったアルコードさん自身だった。
「いい剣筋だ。もっと腰を落とせ。だから一撃放つたびに軸がブレるんだ。せっかくの魔力だ。剣に乗せているのは柄周囲になっている。切っ先に意識しろ。そうすれば、お前はもっと、強くなる。願わくば、もっと強くなったお前と刃を交えたかったぞ、アルコード」
自身の血で赤く染まった右手でアルコードの頭を撫でるウォードン。
「いいか、俺を倒したことを気に病むな。俺を倒したことを誇らしく思ってほ…」
それ以上、ウォードンの声帯は音を生むことはできなかった。
光のない瞳孔は優しさを帯びてアルコードを見つめていた。
「ちっ、相打ちもできないか、筋肉ダルマ…」
憎々しげに事切れたウォードンに言葉を吐き捨てると、味方を盾にした女は翻って一人ダンジョンの外へ走り去った。
「待ちなさいよ!」
ガリオルさんと宗也さんが後を追う。
亡き師を抱きしめるアルコードさんを囲む僕たちは、彼にかける言葉を持ち合わせてなどいなかった。




