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光芒へのリフレイン  作者: 羽元樹
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プロローグ

「あ、あ、あの、いらっしゃい」

 ゆるりとした三つ編みで結った黒髪の美しい女性が僕を出迎えた。

 何もない空間にポツンと置かれた真っ白な椅子の背に隠れ、顔を覗かせる女性。

 年の頃は18歳には届かないだろうか、大人になり切れていない雰囲気を纏わせる。まつ毛が長く、落ち着きのない大きな瞳を縁取っている。驚くほど白い肌は透明感で彩られ、視線を引き付けられた。

 こんな美しいお姉さんは僕の記憶にはない。

 白亜の壁と天井、床。状況を把握せんと、僕は白一色の風景を物珍しくキョロキョロと落ち着きなく視線を泳がせる。

「…異世界転生?」

「あ、あ、申し訳ありません。あの、ここは高天原のわたくしの屋敷です」

 おどおどとしているが、小さな口から発せられる声は鈴のように美しく、小さな声なのにしっかりと鼓膜を震わせる通る声だ。

「高天原...?それはどこの地名ですか?」

 地理に明るくないゆえか、聞き覚えのない地名だった。

「えっと…わかりやすく言うと神様が住む世界、っていえばわかります?」

 神様が住む世界…?

「っと、いうことは…僕は死んだのですね」

「あの、そういう事になります」

 意外に自分の『死』を素直に受け入れる自分に少しの驚きを覚えた。

 それは、以前から意識していたことだったからだろう。

 僕は静かに視線を下ろした。

 そこにはあるべき足がない。

 よく見れば、四肢はもちろん、今の僕は人の形を有していなかった。

「淡く輝く光の玉という形となっています」

 その声は努めて静かだった。僕へショックを与えない配慮なのだろうと理解した。

 仄かに香るバニラのような甘い香りや、儚い彼女の姿、透き通る彼女の声はどうやって僕は認識をしているのだろうか。

 しかし、この状況は『現実世界リアル』ではなしえない。『死』を確定的にさせるモノだった。

「僕は天国に行くか地獄に行くか、貴女に審判を受けることになるのでしょうか?」

 記憶する限り、僕は人の道を外した行為をしたことがない。

 そう。人の道。

 所詮、善悪は人間が互いを傷つけずに生きていくための識別でしかない。神の尺度で言えば、僕は大罪人ではないという確証など人間である僕には持ち合わせてはいないのだ。肉食獣が草食獣を殺し、食すことは罪ではないのだ。

 善悪とはなんと曖昧なモノなのだろう。

 しかし、彼女の反応は間の抜けたモノだった。

「てんごく…?え?いえ?」

 小首を傾げる。

 慣れてきたのか、最初のおどおどさが影を潜め始めた。

 椅子の後ろから出てくる気配はないが。

「人は死ねば、等しく霊界へと行きます。魂を持つ者は、皆。そして、輪廻転生の輪に身をゆだねることになります」

 では、僕は霊界に赴き、輪廻転生を待つ身となるわけか。

「一部の例外を除いて、です」

「一部の例外?」

「はい。あなた様に、その例外になっていただきたく、ここにお呼び致しました」

 ふと、僕に隠された能力を持っていた、みたいな期待を抱く少年心を許してほしい。

 まぁ、年相応の発想でもあるのだが。所詮、僕は大人ぶったガキなのだ。

「あの、本当に申し訳ないのですが、あなた様の人格のみで選んだので特別な力とかはないですよ?アニメ見てると勘違いしちゃいますよね」

 うんうん、と頷く神様と思しき女性。

「では、僕に何をしろというのです?」

「その前に、これから行っていただく世界の話をさせてください」

 こほん、と小さく咳をする。

 何もない空間に突然、緑が生える風景の映像が映し出される。

「この世界は、あくまで霊界。死後の世界です」

 画面には笑顔を浮かべる人々の姿が映し出される。町の風景は、現代日本に近い。

「本当に死後の世界なんですか?」

「はい。正真正銘、霊界です。ただ、特殊なのは妖精界、アルブヘイムと呼ばれる世界と融合しています。ちょっと待ってくださいね」

 椅子の後ろから、指をスワイプして映し出される風景を移動する。

「あ」

 何かを見つけたらしい。

 そこには金髪の長い髪、線の細い女性が映し出される。

 その女性の耳は尖り、長い。

「エルフです!」

「え?」

「日本人大好き、エルフです!!」

 そんな力説されても。

「反応が鈍いですね。なら、これなら!」

 一生懸命スワイプ。

 画面には、背中が曲がり、少し緑かかった人型の何かが映し出される。

「ゴブリンです!!」

「はあ」

 むぅ。明らかに僕の反応に不満を抱いているようだ。

 さらに必死にスワイプ。

「あ、いた!」

 映し出されたのは白亜に輝く鱗に覆われた西洋の竜、ドラゴンだった。

 噛みしめるような表情を浮かべているようだ。

「あの、便秘気味でおトイレ中の…ドラゴン、さんです…ごめんなさい」

 ドラゴンに謝っているのか、僕に謝っているのか、静かにスワイプし街の様子を映す。

「…あの、どうですか?」

 そんな不安げな表情を見せないで欲しい。

「僕はゲーム好きな人間です。ファンタジーな世界には心躍るモノがあります」

 そんな言葉に「ぱぁっ」と明るい表情を浮かべる少女。

「ですが」

 言葉を繋げると、途端に表情を曇らせる。ころころと表情が変わる面白いな、この子。

「なぜ、霊界にこんな世界が?」

 否定的な言葉ではなかったことに安心したのか、椅子の後ろからゆっくりと出てくる。

 白い服としか表現できなかった服装が露わになる。

 一言でいえば純白の和風ゴスロリ。

 巫女服をベースにフリルをふんだんに使用しており、大きく広がったスカートもフリルが施されている。白いタイツも相まって『バレエダンスしそう』と心の中で呟いた。

「霊界に来た皆さん、死んだ顔をされてるので…まぁ、死んでるんですけど」

 まぁ、そうだね。

「霊界でも生き生きとして欲しくて…まぁ、死んでるんですけど」

「霊界を少しでもよくしようと?」

「そうです。このプロジェクトが始まって200年ほどになります。今は順調なのですが、少し困ったことがありまして」

「困ったこと、ですか?」

「はい。なぜか『とあるアイテムを使えば、今のままの状態で現世に蘇ることができる』という根も葉もない噂がありまして」

「今のままの状態?」

「この世界には魔法があります。スキルがあります。必殺技もあります。鍛錬次第では人知を超えた身体能力を有しているのです。そんな状態で、現世に蘇りますと」

「……想像したくないですね……」

「……えぇ。そこで、あなた様には、その噂を否定してほしいのです」

「ちなみにそんなアイテムがあるのです?」

「先ほども申しました。根も葉もない噂だと」

 強く否定する。

「わたくしも暇ではないので管理は妹に任せているのですが…わたくしはそんなシステムを組み込んだことはありません」

「あなたが直接、存在の否定はできないのです?」

「そういう直接的な関与はできません」

「ないなら、放置してもいいのでは?」

「…実はこの存在を信じている方々が組織を作りまして、暗躍しているのです。より強くなって蘇る目的のために、他者の犠牲も厭わない組織となっているのです」

 かなり危険な思想をお持ちのようだ。

「僕が否定してどうにかなるものなのでしょうか?」

「存在がないということを主張することが大事だと思っております。あなた様の発言力が強く、大きくなれば…その言葉は真実味が増していくのではないでしょうか?」

 大きく公言すれば、その組織に狙われることになる。その世界で死人が死ねばどうなるかは想像できないが、一回死んだのにもう一回死ぬのは勘弁していただきたい。

「一応、『王の素質』というスキルを付与しておきます。これは、『王』になる権利を持っているということです。あなた様が王になれば、『組織』は中々手を出せなくなるのではないでしょうか?そして、あなた様の発言も無視しづらい状況になるのではないでしょうか?」

「…僕に王の資質がそもそもないのだが?」

「まぁ、治めるべき国もないのですけどね」

「自分で国を興せと?」

「そうなりますね」

 えぇ……。

「あ、あの、僕以外にも、ほら、生前国を治めてた方々もいらっしゃるのではないです?」

「そういう方は優先してその世界に移っていただいております。要するに、そういう方々は『私たち』も注目しているのです。そして、そういう方々は生前の怨恨も多分にあるものかと思います」

 だから、地味~なあなた様に声をかけたのです。と会えて言葉にしない彼女の真意を僕は理解した。

「とりあえずは、世界を楽しんでください。そのついでに『噂を否定』してくだされば」

 まぁ、なんか楽しそうな世界だとは思うけど。

「今なら、ほら、わたくしとお友達になれちゃいますよ?」

「これだけ話をしてて、お友達と思ってなかったのです?」

「あ、え?あ、うん、わたくしたちはお友達ですよ。あれ?」

 結構素直な人らしい。

「わかりました。お力になれるかわかりませんが」

「ありがとうございます!一応、数名に見守ってもらえるよう声掛けもしておきますので」

 ととととと、と効果音が聞こえそうに小走りに僕との距離を縮める。

 そして、僕に右手で優しく触れると、『ピコン』と音を立てて文字が表示される。


【天照大御神さまがフレンド登録されました】


 そこに表示された名前は博識とは言えない僕でも知っている神様の名前だった。

「え!?アマテ…!?」

「楽しんできてくださいね、『ワールドアマテラス』を。わたくしの世界を」


 日本の最高神に依頼され、僕は彼女の世界に飛ばされることになった。


「やった!初めてのお友達~♪」

 アマテラスさま、まだ声、聞こえてます…。


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