8話 揶揄うのはほどほどに
放課後、買い物を近所のスーパーで終え尊は朱莉の家を訪れていた。
玄関前に立ちチャイムのボタンを押し込む。
(そういえば俺が朱莉の家訪ねるの初めてだな)
いつも朱莉の方から尊の家にお裾分けを届けに来てくれていたからこうして訪ねることは今までなかった。
特に訪ねる用事もなかったわけなんだが。
少しすると扉の奥で鍵を解除する音が聞こえ扉が開く。
「ありがとう。買い物お疲れ様」
出迎えてくれた朱莉は制服ではなく私服に着替えていた。
シャツの上にカーディガンを着たロングスカート姿の朱莉は普段とは違った魅力を放っていた。
「?どうかした?」
「あ、すまん。私服初めて見るなって思って」
「ああ、そういうこと」
初めて見た朱莉の私服姿につい見入ってしまったが、本人は特に気にしていないようで、
「あんまり気にしてなかったから普段着で出ちゃったけど変だったかな」
自分の姿を見下ろしスカートなど手で確かめるように触る。
「いや、変じゃないぞ。むしろよく似合ってると思うし」
朱莉の容姿もあるだろうが彼女の私服は良く似合っている。
朱莉ならどんな服でも着こなせそうなので、普段着だからと気にする必要はないと思う。
「そ、そう。……ありがとう」
頬を染めお礼を口にすると尊から買い物袋を受け取る。
「それじゃあいつも通り六時頃でいい?もう少し早くもできるけど」
「いつも通りでいいよ。肉じゃが期待してる」
「ええ、期待して待ってて。夕飯までお菓子とか食べちゃだめよ」
朱莉は微笑みを向け自室に戻っていく。
「本当にたまに親みたいなこと言うよな」
頬を掻きながら苦笑し尊は自室へと戻った。
ぴったり六時。来客を知らせるチャイムの音が鳴った。
誰が来たのかはわかっていたのですぐに玄関を開ける。
「お待たせ。はい。ご要望の肉じゃがです」
「おお!ありがとう。って……」
期待でついはしゃいでしまい大きな声が出てしまったが、
「えーと、これは?」
朱莉の手元を見て間抜けな声を出してしまう。
朱莉が持っていたのは三つに重ねられたタッパーだった。
普段はタッパー一つなのにこれはいったいと尊が疑問を浮かべていたので、
「今日は買い物にも行ってくれたからこれはサービス」
簡単に理由を説明するとタッパー三つを尊に手渡す。
渡されたタッパーを見下ろすと、一つは当然肉じゃが、あとの二つは見た感じ恐らく味噌汁と他にもう一品作ってくれたみたいだ。
「別に買い物のことは気にしなくてもいいんだぞ。俺のわがままなんだから」
「うん、だからこれは私のわがまま。ただの自己満足だから気にしなくていい」
尊の反応に満足したのか、悪戯が成功した子供のような笑顔を作る朱莉。
これほど楽し気な朱莉は初めて見る。
朱莉の反応に思わず苦笑するが、このままやられっぱなしも癪なので、
「自己満足か。なら遠慮なく頂くよ。鳴海の料理は本当においしいからいくらでも食べれるしな。毎日食べてる俺は本当に幸せ者だよ」
褒めちぎってやることで仕返しとした。普段から褒めると顔を真っ赤にして照れているのでこれだけ褒めれば、
「ちょっ!やめて恥ずかしい」
御覧の通り恥ずかしさで真っ赤に顔を染めている朱莉を見て尊も満足気に笑う。
「本心なんだが」
「あーもう!知らない!」
少々意地悪が過ぎたか頬を可愛らしく膨らまし朱莉は顔を逸らしてしまった。
「ごめんごめん。ちょっと揶揄いすぎた」
「……本当に悪いと思ってるの?」
微笑ましい朱莉の姿に気持ちが和み口元が勝手に緩むのでどうしても反省してるように見えない。
朱莉もムスっと表情を硬め恨みがましい目を向けてくる。
「はあ、別にあなたのそのストレートに褒めてくるとこ今に始まったことじゃないからいいのだけど。心臓に悪いわ」
「心臓に悪いってそんなにか?」
「たまに不意に来たりするからびっくりするのよ。少しは自重してほしい」
不意だろうが何だろうが朱莉なら何でも照れそうなんだが。
尊自身がどうにかすればいい問題でもない気がする。
そして朱莉は尊の手元に視線を落とし、
「あ、ごめん料理冷めちゃうね。せっかく好きなもの作って来たんだから温かいうちに食べて」
「そうだな。俺もそろそろ我慢できなくなってきたところだ」
タッパー越しから見ても美味しそうな肉じゃがを前にずっとお預け状態だったので尊ももう限界だった。
この場で開けて味わいたいくらいだ。
「それじゃあ私は帰るから」
「おう、ありがとな」
どういたしまして、と軽く手を振り自室に向かう。
そこで尊はふと先ほどのことが気になり朱莉に呼びかける。
「鳴海。さっきは揶揄ったって言ったけど言ったことは嘘じゃないからな」
さっきちょっとあやふやになっていたので念のため伝えておく。
本当に思っていったことなので揶揄われていたで済ませたくはなかった。
尊の呼びかけに振り返った朱莉はその状態でしばらく固まりさっさと扉を開け自室に入っていってしまった。
「やっぱりわかってない」
入り際呟いた朱莉の声は尊には届かず、頬を染めていたことにも気づかなかった。
尊も朱莉の最後の言葉は気になったが帰ったところにわざわざ聞きに行くほどでもないと思いそのまま玄関を閉めた。
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