7話 隣人はリクエストに応えてくれるらしい
「明日食べたいものとかある?」
いつものようにお裾分けを持ってきた朱莉がそんなことを口にした。
日が落ちても大分暖かくなってきたので玄関先でこうして話していても肌寒いと感じることは減ってきていた。
「……頼んだら作ってくれるのか?」
「そうじゃなきゃ聞かないわ。平野君もたまには自分が好きなもの食べたいでしょう」
確かにその日の気分によって食べたいと思うものはあるが、作ってもらってる立場上なかなかそんなわがままを言うことはなかった。
そもそも朱莉の料理はどれもおいしく尊好みの味付けなのでいつも満足している。
作ってほしい料理と言われてもなかなかすぐには出てこなかった。
「急に言われるとなかなか思いつかないな」
「何かないの?好きな食べ物とかでもいいけど」
朱莉もなかなか答えを出さないので困ったように眉先を下げる。
だが好きな食べ物と言われたとき尊の頭にふと思いつく料理があった。
「なら肉じゃがにしてくれ」
「肉じゃが好きなの?」
「好きって言えば好きなんだが鳴海が最初にくれた肉じゃがの味がすごい俺好みだったからな。もう一度食べたいなって」
あの時は毎日のようにカップ麺を食べていたということもあり、朱莉が作ってくれた肉じゃがの味はとても優しく、もっと食べたいと思ったのだ。
なので好きな食べ物と言われたときに最初に頭に浮かんだのは朱莉が作った肉じゃがだった。
「そ、そう。そんなのでいいの?」
「そんなのとか言うなよ。本当にまた食べたいと思うほどうまかったんだから」
「わ、わかった。じゃあ明日は肉じゃが作ってあげる」
頬を染め視線を彷徨わせながら答える朱莉。
恥ずかしそうにしていながらもどことなく嬉しそうでもある。
小さな口は少し笑っているようだった。
「なら明日買い物行かなくちゃね。足りない材料買わないと」
明日必要な素材でも考えているのか楽しそうに小さな手の指を数えるように折り曲げたりしている。
「なあ、買い物俺が行ってこようか」
「え。どうしたの急に」
「いや、いつも作ってもらってばっかだし、こんぐらいはやらせてくれ」
毎回おいしいご飯を作ってもらっているのだからこれぐらいのことやらなければ罰が当たるだろう。
家事は苦手だが買い物くらいはできるし、食材も買い揃えれば結構重くなる。
自分が食べる分もあるのに朱莉に持たせるわけにもいかない。
だからこれくらいは当然だ。
「本当にいいの?」
「ああ、いる食材教えてくれれば明日買ってくるよ」
「ならお言葉に甘えさせてもらうわ」
というと朱莉はポケットからスマホを取り出し、
「じゃあ連絡先教えて」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。連絡先教えてって言ってるの」
「なんでまた唐突に」
「連絡先教えてくれないと明日の食材教えれないでしょ」
何を言っているのと呆れ顔を向けてくる。
尊としてはメモにでも材料書いてくれればそれでよかったのだが。
まあ、紙に書かずに手入力できるスマホの方が楽と言えば楽なのかもしれない。
「俺に連絡先教えていいのか?」
「別に減るようなものでもないし、教えたところで私は困らない。それに今後連絡取れないとお互い困ることもあるだろうし」
「それもそうだが俺に教えることで困ることもあるんじゃないか」
「何それ。あなたは私に困らせるようなことするつもりなの?」
「そんなことするつもりはないが」
当然そんなつもりはない。だが異性から連絡先をもらうというのは結構ハードルを感じる。それが学校でも人気高い朱莉となれば尚のこと。
「でしょ。私だってそんなほいほい異性に連絡先を教えたりしないわ。多分大変なことになるだろうし」
「自覚はあるんだな」
「いやでも自覚するわ。学校でもいつも視線感じるのよ」
朱莉は物思いに耽る。学校でのことを思い出しているのかその目は遠くを見ていた。
美人も大変なんだなと朱莉の境遇に少し同情する。
「でもあなたは変に私のこと意識とかしないでしょ?だから問題ないわ」
「なるほどな。まあ、学校以外のお前をもう十分に見てるし、今更意識するようなことはないな」
尊もスマホを取り出し通話アプリのIDをそれぞれ交換した。
アプリの画面に鳴海朱莉の名前が表示され登録を完了したことを知らせる。
もし学校で朱莉の連絡先を知っているなどバレたらどうなってしまうだろうか。
画面内の朱莉の表示を見て優越感を感じる反面、とんでもない爆弾を受け取ってしまったという危機感を感じる。
「それじゃあ後で必要なもの連絡するからよろしく。あっ、そうだお金持ってくるから少し待ってて」
「お金は今回は俺に払わせてくれ」
「駄目よそんなの、私の買い物なんだし」
「俺が食べたいもの作ってもらうための買い物だろ。それに毎回タダで貰ってるんだ。今回くらいは払わせてくれ」
「でも」
「いいから」
朱莉がなんと言おうと今回は引く気はない。流石にお金ぐらい払わせてくれないと申し訳なさすぎる。
朱莉も少々困った表情を作るが尊の意を酌んでくれたようで、
「はあ、わかったわ」
ため息をこぼすも了承してくれた。
「じゃあ後で連絡するから明日はよろしく」
「ああ、こっちこそよろしく頼む」
そのまま朱莉を見送り尊も自室に入る。
しばらくして必要な食材がアプリで送られてくる。
見ると食材の名前と個数以外何も書かれていない簡素な文だ。
それがなんとも朱莉らしく尊は苦笑するのだった。
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