5話 隣人は褒められるのが苦手らしい
何となくそんな気はしていたのだが、
「はい。今日もお裾分け」
朱莉はタッパーを手に今日も尊の家を訪れていた。
昨日返したタッパーには新たに料理が詰められている。
「なあ、別に毎日ご飯分けてくれなくてもいいんだぞ」
「いいのよ別にただ多めに作っちゃっただけだし」
また昨日と同じ理由である。
はあとため息を一つ吐き、
「なあ、この前のこと気にしてるっていうならもういいんだぞ。前にも言ったが俺が勝手にやったことだし恩を着せるつもりもないんだ」
「別にそんなつもりはないわ。この前のことはもうお礼もしたし私ももう気にしてないもの」
「ならなんでこんな毎日……」
「あなた放っておくとまたカップ麺ばかり食べるでしょう。そんな不健康な生活見過ごせないわ」
あくまで親切心でやってくれているらしい。
だが毎日毎日ご飯を作ってもらうのは悪い。
料理だって楽ではないだろう。尊のためにこれ以上時間を使わすのは流石に気が引ける。
だからここははっきりと言うべきだろう。
今後の二人の為にもこれ以上関わるべきではない。
「あなたがこれから毎日ちゃんとしたご飯を作るというのなら私はこれ以上お節介は焼かないけど」
意を決して朱莉と話をしようとしたところ逆に朱莉が口を開く。
どうするの?、と朱莉の小さな口が動く。
どうするも何も尊は料理がてんでできない。
たまに作るにも目玉焼きや焼いたら食べれそうなものをフライパンにぶち込むくらいだ。
それでもよく焦がしてしまうのだから救いようがない。
「それは約束できないな」
「そんな堂々と宣言しないでよ」
呆れて眉根を寄せため息をこぼす。
朱莉も予想はできていたみたいですぐに表情を戻し、
「なら大人しく受け取って、隣の部屋で知り合いに餓死でもされたらトラウマものよ」
別に健康に悪いものばかり食べてるだけで死ぬほど空腹ではないのだが。
朱莉からは尊が死にそうにでも見えたのだろうか。
確かに毎日眠そうで不健康な顔をしていたが。
「なあ、もしかして毎日持ってくる気か」
「……迷惑かしら」
「いや前にも言ったが迷惑なんてことはない。むしろありがたいくらいだし」
「そう、ならよかった」
心なしか安堵した様子の朱莉はタッパーを尊に押し付ける。
こうなれば受け取るしかないので黙ってタッパーを手に持つ。
持ったタッパーはまだ暖かく尊に熱を伝えてきた。
どうやらこの関係はしばらく続くらしい。
「勝手だな全く」
「あなたには言われたくない」
「はは、違いない」
最初に勝手なことをしたのは尊の方だというのにな。
あんまりにも勝手な自分につい笑ってしまう。
「へえ、平野君ってそうやって笑うのね」
「ん?なんだ、おかしかったか?」
「いいえ。いいと思うわよ」
目を細め優しい微笑みを作る朱莉。
そういえば朱莉の前で笑ったのは初めてかもしれない。
苦笑することはあれどこんな風に自然と笑ったのは初めてだ。
「お前こそ普段からそうやって笑ったらどうだ。一段と可愛く思うぞ」
「え?」
「いつもは何て言うか余所行きの笑顔って感じだからな。そうやって自然に笑ってる方が――って聞いてるか?」
見れば朱莉は目を丸くし頬を染めていた。
わなわなと口を動かし狼狽している。
ここ数日朱莉と関わって気づいたのだが、
「お前褒められるの苦手なのか?毎回顔赤くしてるような」
尊の指摘に咄嗟に朱莉は顔を両手で隠し見られないようにする。
「だってあなたいつも言い方がストレートだから……聞いてるこっちが恥ずかしくなるというか」
「俺そんな恥ずかしくなる言い方してるのか?思ったことそのまま言ってるだけなんだが」
「そういうとこ!そういうとこなの!」
ぷるぷる震えて怒る朱莉には悪いが全然わからん。
普通に褒めてるだけなのにな。尊は困り頬をかく。
尊自身人を褒めることなどなかなかないので加減もわからん。
「兎に角、あまりそうやって女の子褒めちゃだめよ。わかった?」
「生憎お前以外褒めるような女子いないしな」
唯一可能性があるとしたら隼人の彼女の陽菜くらいか。
でも陽菜を褒めること自体想像もつかないから問題ないだろう。
「わ、私以外って……もう!」
耳まで赤くした朱莉は逃げるように自室に帰っていく。
「お、おい」
咄嗟に手を伸ばしてしまったが掴むものは何もなかった。
その体勢でしばらく硬直する。
「どうしたっていうんだ」
また怒らせてしまったのかと尊は頭を抱える。
やっぱりあいつの怒りの沸点はわからん。
はあとため息をつき尊も自室へ戻った。
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