4話 再びお裾分け
「おう、尊おはよう。って、今日は眠そうじゃないんだな」
「昨日は割かし早く寝たからな。多分そのせいだ」
昨日は朱莉の手料理を食べたことでお腹が余計に空いてしまったが家にはロクなものがなく仕方なく尊は空腹を紛らわそうといつもよりも大分早く就寝した。
おかげで朝の目覚めはいつもよりもよく、朝食も食パンだけでは物足りず適当に目玉焼きや焼けそうなものを焼いて食べた。
「そいつは良い心掛けだな。何かきっかけでもあったのか」
「きっかけ……きっかけってほどではないが早く寝ないと辛かったからな」
「は?体調でも崩してたのか」
「いや体調はおかげ様で頗る良好だ」
昨日の朱莉の手料理を食べてから不思議と活力が湧いてくる気がする。
やはり身体の元気の源はおいしい料理なのかもしれない。
昨日の肉じゃがの味を思い出し自然と頬が緩む。
「……なんだよ急に笑って気持ち悪い。お前今日ちょっと変だぞ」
「うるせえよ。別に気にするな」
危ない危ない。つい顔に出ていたようだ。
隼人は眉根を寄せ不審がる様子を見せたがそれ以上の追及をすることはなかった。
「まあ、別にいいけど。親友が元気そうなら気にする必要もないしな」
「やめろ、くっ付くな暑苦しい」
肩を組んでくる隼人を払い除け鬱陶しそうに目を細める。
隼人には悪いがこういったスキンシップが多いと面倒なこともあるので雑に扱ってしまう。
まあ、面倒だが嫌って程でもないので我ながらも面倒な性格だと思う。
ふと窓の外、校門付近に目が行くと昇降口に向かう朱莉の姿が見えた。
周りを多くの生徒に囲まれている朱莉は笑顔を絶やさず楽し気に話をしていた。
つい視線で追ってしまい苦笑する。
「ん?ああ鳴海さんじゃん。相変わらず美人だねー」
尊の視線に気づき隼人が朱莉に対してそんな感想を上げる。
「やっぱり隼人から見ても鳴海は美人なんだな」
「そりゃそうだろ。あんな整った顔の子そうはいないからな。まあ、俺にとっての一番は陽菜だけどな」
「はいはい。惚気はいいから」
隼人には陽菜という彼女がいる。
隼人自身整った顔に性格も相まって結構人気がある。
その彼女である吉沢陽菜も友人目線から見てもかなり可愛い部類に入ると思う。
活力ある元気な陽菜は隼人とも非常に仲が良く時たま目の前でいちゃつかれるのは独り身としては非常に目に悪い。
「お前はどうなんだ。美人とか思わないのか?」
「確かに美人だとは思うがそれだけだな」
「それだけって健全な男子高校生としてそれはどうなんだ」
「たとえ好意を抱くとしても俺らなんか相手にもされないだろう」
「まあ、そりゃそうか」
昨日は朱莉が尊の気まぐれに恩を感じ色々世話を焼いてくれたが、流石にもう関わることはないだろう。
あの手料理には名残り惜しいが、またほしいなどとてもじゃないが言えないし、そもそもそんな親しい関係でもない。
(ああ、そういえばタッパー返さないとな)
ふと思い出したことに苦笑し、これで関わるのは本当に最後だろうと思っていたのだが……。
「はい。今日も作りすぎたからこれお裾分け」
来客を知らせるチャイムに玄関を開ければ、手にタッパーを持った朱莉がその場に立っていた。
茫然と立ち竦んでしまう尊に怪訝な表情を向ける朱莉。
「ねえ、聞いてるの」
眉根を寄せ反応のない尊に呼びかける。
その際手に持ったタッパーの中身が揺れた。
そこでようやく我に返り尊は口を開く。
「いや、お裾分けってなんで――」
「だから作りすぎたからって言ってるでしょ。本当に聞いてなかったの?」
「聞いてたんだが、っていうかなんでまた作りすぎてんだよ」
「一人分を作るとどうしても量が少し多くなっちゃうの。料理してればわかりそうだけどあなた料理しなさそうだものね」
ちくちくと言葉が胸に刺さる。
言ってることは間違っていないので言い返せないのが情けない。
「まあ、くれるって言うなら貰うけど」
「……貰ってくれるんだ」
「そりゃ鳴海の料理うまいし正直また食べたいと思っていたからな」
本人がくれるというのだから素直にご厚意に甘えよう。
またあのうまい料理を食べれると思うと今から胸が躍る。
今日の献立が気になりタッパーの中を覗き込む。
「ん?」
タッパーの中の料理に夢中で気づかなかったが朱莉を見るとなぜか俯いて目を合わせようとしない。
「おい、どうした」
尊が話しかけると朱莉は肩を跳ねさせ口を開く。
「そ、そう、おいしかったんだ。へー、それはよかったわ」
それでも目を合わせようとせず自分の髪を指に巻いていじっている朱莉に流石に不審に思い顔を覗き込むと、
「あ、ちょっ、見ないでよ!」
尊は驚き目を丸くする。
朱莉の顔は耳まで真っ赤になっており、口元も緩み切っていた。
なんでそんな表情をするのか、朱莉は慌てて顔を両手で隠す。
「えーと、なんだ?照れてるのか?」
「だ、だってそんな面と向かって褒められたら誰だって」
「本当にそう思ったんだから仕方ないだろう」
「またそうやって!」
再び怒る朱莉は少々涙目で恨めしそうにこちらを睨んでくる。
睨んでくるが全く迫力はなく、むしろ子供っぽいその態度は可愛らしく思う。
朱莉は美人で学校での評判もいい。常に周りに人が集まってきて普段から褒められることも多いだろう。
慣れているだろうになんで今更そんなに照れるのか。
朱莉の反応に理解できず首を傾げる。
「う~……。はあ、もういいわ。ああそうだ昨日のタッパー返して、あれがないと明日の分が……」
「ん?明日?」
「何でもない!ほら早く返して!」
照れからなのか怒りからなのか朱莉は尚も顔を赤くする。
これ以上言うとまた怒りそうなので素直に一旦自室のキッチンに戻る。
昨日洗って乾かしていたタッパーを手に再び玄関に向かうのだが、
「………」
玄関の扉から顔を覗かせた朱莉が室内をキョロキョロ見渡している。
特に物珍しいものもないのだが興味深げに視線を彷徨わせていた。
そこで尊の存在に気づきまた顔を赤らめる。
いったい何をしているのかと目で訴えかける。
細めた目でじーと朱莉を見れば気まずさに目を逸らされる。
「い、いや、ちょっとどんな部屋に住んでるのかなって思ってその……」
「どんなってお前の部屋と一緒だろ隣なんだし」
口ごもりながら白状する朱莉は目を合わせようとしない。
「間取りとかの話じゃなくて」
「え?何?」
「何でもない!」
声が小さく聞き取れなかったので聞き返したのだがまた怒られてしまった。
いったいこいつの怒りの沸点はどこにあるのか。
わからないことを考えても仕方がないのではあとため息をつく。
「結構綺麗にしてるのね。家事とかできないと思ってた」
「ただ物が少ないだけなんだがな。家事はそんな得意じゃないぞ」
「ええ、もちろん得意だとは思っていないわ」
歯に衣着せぬ物言いに尊の頬が引きつる。
何?っと自覚がないのか首を傾げるのがまた質が悪い。
こっちも本当のことなので強くは言い返せないのが歯痒い。
「とりあえず料理はありがたくもらうよ。鳴海ももう夜なんだし早く帰った方がいいぞ。まあ、部屋隣だけど」
「そうね。これ以上廊下で話してても近所迷惑だしそろそろ帰るわ」
昨日のタッパーを受け取ると朱莉は自室へと帰っていく。
一応玄関から身体を出し朱莉を見送るが、朱莉はそのまま自室には入らず尊に振り返り、
「あとちゃんと今日も早く寝なさいよ。今日の平野君顔色も良くていい感じよ」
と、一言と笑顔を向け玄関の扉を閉めた。
早く寝ろって本当に親みたいだな。それにいい感じってなんだよ。
朱莉が最後に残していった言葉は少々気になるがまあいい。
今は何より晩飯だ。
朱莉が作ってくれた今日の料理はなんなのか。
空腹には逆らえず自室に戻り早速手料理を頂くのだった。
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