3話 お礼とお裾分け
朱莉と関わってしまった次の日は昨日の雨が嘘のように晴れ、尊は溜まった洗濯物を適当に干すとソファに腰かけテレビを見ていた。
特に見たいものがあるわけでもなかったのでテレビをつけた際にやっていたニュース番組をただぼーと見ている。
ぼーとしていると動くのもいやになってきて、
「今日もカップ麺でいいか」
今日の晩御飯の献立を決めしばらくテレビを眺めていた。
夕方六時ごろ来客を知らせるチャイムが鳴った。
こんな時間にチャイムが鳴り尊は不振に思うが出ないわけにもいかないので玄関に向かう。
玄関のドアスコープを除くとそこには鳴海朱莉が立っていた。
「え、なんで」
ばっと覗き穴から目を外し驚きに口を開ける。
どうして彼女が訪ねてくるのか。
混乱で頭が回らない尊を急かすようにまたチャイムが鳴る。
これ以上待たせるのは流石に悪いと思い仕方なく尊は玄関を開けた。
開けて目に入った朱莉は眉を寄せ不満げな表情をしている。
「遅い」
「いや遅いって言われても……何しに来たんだよ」
急に訪ねて来て遅いと言われても困る。
こっちはもう関わることもないと思っていたのに、いったい何が目的なんだと疑わずにはいられない。
「これ」
すると朱莉は紙袋を差し出してきた。
「これって……」
有無を言わさず渡された紙袋に不信感をあらわにしてしますが、差し出された以上受け取らないのも失礼なので素直に紙袋を受け取り中身を見ると、
「バスタオル……なんだわざわざ返しに来たのか」
律儀な奴だなと尊は苦笑する。
別にバスタオルくらい返さなくてもよかったのだが、一応新品のバスタオルを下したのでそのまま朱莉が家で使ってくれても構わなかった。
まあ、赤の他人がくれた物など普段から使いたいとは思わないだろうが。
「昨日はありがとう。正直すごい助かった」
「別に気にする必要はないぞ。俺が勝手にやったことなんだから」
「それでも助かったことに変わりはないの。本当にありがとう」
お礼を口にした朱莉は穏やかに微笑む。
心から感謝してくれているようで昨日のようなトゲトゲしさはなく、笑顔を向けられた尊は顔が熱くなるのを感じ咄嗟に顔を掌で覆う。
「わざわざどうも。そんじゃ」
用はもう済んだだろうと尊は玄関を閉め始める。
「っ!ちょっと待って!」
だが、閉めかけていた扉を手でつかまれ止められる。
力を入れ強引にそのまま扉を開かされたのは昨日朱莉の言葉を無視してそそくさと部屋に入ったからだろうか。
「まだ何かあるのか?」
「えーと、あの……その」
朱莉にしては歯切れの悪い言葉を口から漏らす。
視線も泳ぎ頬まで染め出しているのだからいよいよ何がしたいのかわからない。
やはり彼女と関わったのは間違いだったのか。
昨日の自分の行いを悔やむ。
「用がないならこれで――」
「これ!」
朱莉は尊の目の前に何かを付き出した。
見ればそれはタッパーで中に何か入っている。
「今度はなんだ」
手に持ったタッパーは暖かく中身は食べ物のようだ。
薄っすら透けている蓋からは煮物のようなものが見える。
疑問が顔に現れていたのか何も言わずとも朱莉は察し先ほどよりも赤くなっている顔で口を開く。
「ど、どうせまたカップ麺とか食べようとしてるんでしょ。これ作りすぎちゃったからあげるわ」
「いや、あげるわって」
「……いらないって言うなら別に……無理に受け取らなくてもいいけど」
終わりにつれ声が消え入りそうに小さくなり、顔にはみるみる不安が現れていく。
瞳も気持ち潤んでいるようにも見え、これも彼女なりの昨日の恩返しなのだろうと察し、
「わかった。ありがたく頂くよ」
素直に受け取ることにした。
尊の言葉を聞くや朱莉はぱあと顔を輝かせた。
その笑顔は学校で見る外行のものではなく本心からの朱莉本来の笑顔につい見入ってしまった。
朱莉も気づいたのかすぐに笑顔を引っ込めてしまう。
なかなか見れない笑顔に勿体なさを感じるがじろじろ見るのも失礼だろう。
「それじゃあ私は戻るから」
言うや足早に自分の部屋に戻っていく。
尊とは今しがた帰っていった隣人の玄関を見やる。
急に訪ねてきたかと思えばバスタオルと手料理を渡して訪ねてきた時よりも早く帰っていった。
「本当になんなんだいったい」
リビングに戻ってきた尊はタッパーを机に置きソファに腰掛ける。
勢いで貰ってしまったがどうしたものか。
貰ってしまったからには責任もって食べるが、はたして味は如何ほどなのか。
正直朱莉に料理が苦手なイメージはないのだが、
「まあ、悩んでても仕方ないか」
覚悟を決めタッパーの蓋を開ける。
中には大きめに切られたじゃがいもに玉ねぎ、ニンジンと牛肉が姿を現す。
肉じゃがである。
家庭料理の代表とも言える定番料理に思わず苦笑する。
また自分では絶対に作らない(作れない)料理に自然とお腹も空いてきた。
早速箸を手にじゃがいもを口に運ぶ。
「うまいなこれ」
一噛みごとにじゃがいもから旨味が溢れ口いっぱいに広がる。
気づけば次々と肉じゃがを口にふくんでいた。
牛肉は口に入れた途端溶けるように無くなり、具材全てにしっかりと味が染み込んでいる。
普通に店で出てきてもおかしくない味に舌を巻く。
あっという間に肉じゃがは無くなり空になったタッパーを見て物足りなさを感じる。
久々のちゃんとした食事ということもあるが味付けもかなり尊好みであった。
文武両道で料理までできるとは全く隙のない少女だ。
むしろ苦手なことなどないのかもしれない。
まだお腹は空いてるがこの料理を食べた後ではカップ麺も食べる気にならず、仕方なく今日はこの素晴らしい料理の余韻に浸ることにした。
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