表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

前世の記憶があると言うヤツは大体、詐欺師

「ラドルファス殿下はロッティ様に騙されているのです!」

 タニア・ヒスベルク公爵令嬢の声がホールに響き渡った。

 貴族が通うヴォルグラーテ王国貴族学園は秋の入学で初夏に卒業を迎える。

 七月の初めに卒業式典があり、今日がその日だった。

 学園内にある広々としたホールには飲み物と軽食が用意されており、式典が終わった後の懇親会には生徒だけでなくその父兄も参加していた。

 通っている間も人脈作りに勤しむが、現時点で思ったような成果をあげていない者はもちろんのこと、それなりに人脈を作った者も最後の最後まで自身、自領地にとって有益な人を探し歩く。

 入学する年齢は十二歳が多いが、厳密には決められていない。領地が遠い者もいれば金銭的な理由により遅れる者もいる。逆に十二歳以下でも入学できる。

 規程の年齢に達していない場合は試験を受けなくてはいけないが、そこまで難しいものではない。私は二歳年上の婚約者、ラドルファス殿下…ラル様と姉ソフィアの入学に合わせて十歳で試験を受けて入学した。

 ちなみにラル様とお姉様は私の数倍、数十倍優秀なので、おそらく五歳か六歳あたりで入学できたと思う。

『確かに入学できるけど、そんなことをしたらロッティと一緒に通えないだろう?』

 すべての講義を受けるためにかかる年数は最低でも六年。六歳で入学すると十二歳で卒業となる。

 定められた年数…六年間、一緒に学園に通いたいな、思い出をいっぱい作ろうね。と、ラル様に言われて、しかたなく私が入学を早めた。

 ラル様を二年遅れで入学させるわけにはいかない。

 私はこの国の第一王子ラドルファス殿下の婚約者なのだ。できません、やれません…は通らない。

 ラル様は無理しなくていいよと言うが、そういうわけにもいかない。

 魔導貴族ディナール侯爵家の娘で、神殿の後ろ盾をもつ聖女、そしてラドルファス王太子殿下の婚約者。

 盛りに盛られた設定に泣きたいところだが、幸い周囲に恵まれてなんとかやってきていた。

 そんな私にタニア様がビシッと扇を向けた。大袈裟な動きでタニア様の金色の巻き髪がぽよんと跳ねる。お姉様と私は銀色のストレートヘアで何をどう頑張っても巻き髪にはできないため少し羨ましい。

「ロッティ様の悪行の数々、知っておりますのよ」

 なんてのん気に考えていたが、悪行とは…、まさか?え、まさか、見ていたの?

 震える私の横でラル様が面白そうに聞く。

「なかなか物騒な言葉だね。是非、教えてほしいな」

「ま、待ってください、それは…」

 時間がなくて窓から外に出て近道を走ったとか、お腹がどうしても空いて歩きながらお菓子を食べていたとか…。令嬢としてあるまじき行為の数々が思い出される。

『ロッティはなんというか、端々が雑なのよね』

 と、お姉様に言われている通り、優雅なふりをしているが実際はとっても落ち着きがなくガサツなのだ。

 そんなことを暴露されたら恥ずかしすぎる…と、止めようと思ったが。

「大丈夫だよ、ロッティ。ヒスベルク公爵令嬢がどんな悪行を知っているのか、興味はない?」

「な、な、ないです、ないです」

「ふふ…、震えてしまって可愛いね。悪行を聞いたら、もっと可愛くなるのかな」

 あぁあああ、ラル様はそういう人でした、昔から。端正なお顔で天使のような見た目なのに、容赦がないと言うか、敵の弱点を的確についてくるというか。

 本気でやめて…と思っているのに。

「教えてくれないか?是非、聞かせてほしい」

 タニア様が得意気に頷く。

「ロッティ様は王家、そして神殿をも謀っておられるのです。聖女として活動しておりますが、真なる聖女はロッティ様の姉であるソフィア様ですわ!ソフィア様を虐げ、自身の召使のように扱い、雑用などはすべてソフィア様に押し付けているのです!」

 な、なんですって…、そっちかっ!?

 良かったぁ…、良かった、のかな?

 真の聖女がお姉様だということは事実だから、学園の制服で窓枠を越えたはしたない行為のほうが恥ずかしいよね?

 ホッとしたのも束の間。

「それだけではございません。聖女でありながら闇の魔法に手を染め自らを『混沌の悪魔』と名乗り怪しげな活動をしていたのです」

 …………………はい、してました。

 え、なんで知っているの?確かに私は『混沌の悪魔』だったけど。そして…。

「ロッティ様は呪眼の持ち主。目を合わせた者を惑わす危険な人物ですのよ!」

 立っていられずに座り込みそうになったが、令嬢は床に座らない。

 恥ずか死んでも、背筋を伸ばして立っていなくてはいけない生き物である。が、しかし。

 バクバクと心臓が脈打つ。たぶん顔色も変わっている。

 待って、本当にちょっと待って、なんで知っているの、おかしいわ。このことは…。

 横を見ればラル様が肩を震わせていた。

「ひどい…、ひどいわっ、ラル様!内緒にしてねってお願いしたのに!」

「はは…、ふっ、いや、私は誰にも話していないよ」

「じゃあ、お姉様!?お姉様、いらっしゃいますよね!?」

 キラキラ…と空間が光り、ソフィアお姉様が姿を現した。

 女生徒から『きゃあ』と悲鳴があがる。

 お姉様は何故か男性用の制服を好んで着ているのだが、妹の私から見ても凛々しくかっこいい。

「可愛いロッティ、私が約束を破るはずがないだろう?」

「じゃあ、どうしてタニア様が知っていたの?」

「うん、どうしてだろうね。ヒスベルク公爵令嬢、教えてくれる?ロッティが『混沌の悪魔』で呪眼の…、ふっ、ふふ…、呪眼の持ち主だとどうして知っていた?」

 ひどーいっ、二人して笑ってる、もうっ、ひどいっ。

「ロッティ、私の天使、そんなに怒らないで、可愛らしいだけだから。あぁ、腹黒王子に嫁にやりたくないな」

「不敬罪を問いたいところだが、そんなことより今はロッティのことだね。ロッティは怒っていても可愛い天使…、いや、『混沌の悪魔』だったか」

「ラル様!お姉様!もうっ、そんなことを言うと、聖女役を降りますわよ!」

「ごめん、ごめん」

 秘密を暴露されても平然としている私達にタニア様は少し戸惑いつつも教えてくれた。

「それは…、バレアス子爵令嬢であるアルジェ様が教えてくださいましたの」

 タニア様の後ろから可愛らしい女性が前に出てきた。

 金髪、碧眼が多いこの国の貴族の中では少し珍しいストロベリーブロンドに光の加減で青とも緑ともとれる瞳。

 こんなに可愛らしい令嬢、いたかしら?と思ったら、下級生だった。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「発言を許す。バレアス子爵令嬢は、どこでロッティの秘密を知った?」

「はい…、それは……」

 震える声で、しかしはっきりと答えた。

「私には前世の記憶がございます。この学園に入学した際に…、いずれこの国に降りかかる災厄を思い出したのです。この国は『混沌の悪魔』により亡国の危機に陥ると」

 悪女ロッティは実の姉で聖女である姉を虐げ、利用し、そしてついに姉を殺して真の悪魔として覚醒してしまう。そして魔人や魔物を使い人々を襲い、町を潰していった。

度重なる襲撃により国が疲弊し混乱した時、新たな希望が誕生する。

 聖女の死により新たな聖女が覚醒したのだ。

 新たに聖女となった少女…アルジェとともにラル様達が戦い、混沌の悪魔を倒した。

「私にはその未来が視えたのです!」

 前世の…記憶。

 私はもう立っていられずに床に座り…こむ前に、ラル様にがっしりと体を支えられた。

「なるほど、魔道侯爵の娘が悪魔で我が国を滅ぼそうとしていると」

「その通りです。おとなしそうなふりをしていますが、中身は危険な女なのです」

「確かに…、ロッティは危険な女かも」

 過去のお転婆行為を思い出して、頷いていますね、顔を見ればわかりますよ。ちょっと木登りして落ちたり、ちょっとはしゃいで池に落ちたりしたことが、何回かあるだけですからね。勢いあまって壁に激突とか、子供にはよくあることですよ。

「で、君達はここでその事を声高に叫んで、何がしたかったの?」

「それはもちろん、ラドルファス殿下、そして皆様にもロッティ様がいかに危険な人物であるか知ってほしかったのです」

 眩暈がしていた。

 確かに…、確かに『混沌の悪魔』だったけどさぁっ。

「私は聖魔法が使えます。ソフィア様と協力すれば、悪魔が覚醒する前にきっと倒せるはずです!」

 そうすれば町に被害が及び国民が死ぬこともない。

 ただ…、私が殺されるだけ。

 すでに名誉的な意味で瀕死ですよ、ありがとう。

 ぐったりしていると。

「君達は、本当に、わかっているのかな?」

 横から冷えた声が響いた。なんなら少し温度も下がったかもしれない。

 ラル様の威圧で空気が重くなった気がした。小さな悲鳴があがり、気弱なご令嬢の何人かが倒れたようだ。

「ラル様、あの…、卒業というおめでたい日なのでどうか穏便に」

「うん、うん、ロッティは優しいね。でもね、こんな場所で、大声で騒がれたのだから穏便に済ませられないよね?ここで聞いてしまった私の落ち度もあるが、まさかこんな話だとは思わないでしょう?」

「そこを何とか」

「王家が選んだ婚約者を糾弾し、神殿が選んだ聖女を侮辱したんだ。王家としてヒスベルク公爵家に抗議しなければいけない」

 バレアス子爵家は抗議されることなく当主のすげ替えか、断絶か。貴族籍を取り上げられる程度で済めば良いのだが、最悪…。

「そうだね。ロッティと私の入れ替えも簡単に言えば間違ってはいないけれど、だいぶ悪意をもって曲解されている」

 魔導侯爵の娘である私達には幼い頃から魔力があり魔法が使えた。

 特にお姉様の魔力は高く、希少な聖属性魔法も使えた。癒し、浄化等の魔法だ。癒しの魔法は水属性でも使えることがあるが、一割程度の人にしか発動できない上に、あまり効果も得られない。

 私は水と風の属性が得意で癒しの魔法も使えた。

 その事を知った王家より第一王子の婚約者にどうかと打診があった。

 当時五歳だった私にお見合いという自覚はなかったが、天使のように可愛らしい少年を紹介されて夢のような時間を過ごした。

 優しいお姉様だけでなく、綺麗なお兄様もできた。

 嬉しくて、ずっと一緒にいたいと思った。

『僕のそばに居てくれる?』

『いるーっ!』

 この日のうちに婚約が整ってしまった。

 そして貴族学園に通う年、神殿から聖女としての活動をとお姉様に打診があった。

『え、嫌だけど』

 あっさりと断ろうとしたお姉様に両親はもちろん神殿の皆様も驚いて、何人もの方達が説得を試みた。王家からも何人かやってきた。

 しかし、答えはいつも同じ。

『聖女って式典とかにも出なくちゃ駄目でしょ?そーゆーの嫌いなの。浄化や癒しで神殿に協力はしてもいいけど、堅苦しい挨拶回りとか無理』

 かといって式典に聖女が出ないわけにもいかない。聖女とは神殿の看板というか、民心をひとつにするためのアイドル的存在でもあるのだ。いるといないとでは華やかさが違う。

 協議の結果、癒しの魔法が使えて外見だけはお姉様に似ている私が式典を受け持つことになった。いくつかの行事はラル様の婚約者として参加することが決まっている。肩書を二つにするだけで労力的にはさほど重くない。

 日程の調整は王家と神殿がしてくれた。

 そして公務が増えた私のためにお姉様は裏方としてあれこれ補助をしていた。

 元来が雑な性格なので、細かなことにまで気が回らないのだ。公務で着るドレスなんかもサイズさえあっていればなんでも良い。場に合わせた装いとか、準備しておいたほうが良い小物とか、ラル様とお姉様に丸投げであるが、二人とも驚くほどセンスが良いので不安はない。

 それらの事をざっくり耳にすれば『妹が聖女の座を奪い、姉を便利に使っている』と言えなくもない。

 ラル様の婚約者の座も奪ったと思われているかもしれない。婚約当初は私も『お姉様のほうがふさわしい』と思っていたが。

『私はこんな可愛げのない男とは結婚したくない』

『同じ言葉を君に返そう。それに比べてロッティは可愛らしくて素直で頑張り屋さんだ』

『その通り、私もロッティを嫁にしたい』

『ははは、面白いことを言うね。ロッティは私の嫁だ』

『ふふふ、でも私の妹ですわ。嫁いでも、離れていても、妹ですからね。ロッティに何かあった時は…』

 二人とも笑顔で話しているのにとても怖かった事を覚えている。

 恐怖に当てられて泣き出してしまったのだが、そのおかげで『休戦協定』なるものが締結された。

 意味がわからない、今も。

 ともかく、三人仲良く過ごしている。

「聖女としての実務は私、公務はロッティ。このことは触れ回ってはいないけれど隠してもいない。ロッティは癒しの魔法が使えるから時々は実務もこなしているし、関係者全員が納得していることだというのに…」

 王家と神殿に喧嘩を売るような発言をそれなりに影響力をもつ公爵家がしてしまった。

 こんな場所で騒いだせいで、王家の力をもってしても隠せない。

 ヒスベルク公爵様が承知した上での暴挙となると、ダメージが計り知れない。知らなかったのならばタニア様の謹慎程度で済みそうだけど。

「ソフィアと神殿が協力していることで、ロッティには後ろ暗いことはない。あとは…、ロッティが『混沌の悪魔』だという話だね」

「ラル様、その話は…」

 慌てて止めようとしたが、首を横に振られた。

「ここには学生だけでなくその家族や仕事の関係者、給仕のための使用人や護衛の騎士がいる。口止めしてもどこかからもれてしまうだろう。そうなると…、物騒な言葉と推測であり得ないような話が真実として広まってしまう」

 話さないように気をつけていても酒を飲んだりすれば口が軽くなる。何カ月、何年か過ぎればうっかりと話してしまうかもしれない。

 ここだけの話。が、ここだけで終わるはずがない。

 真実を話すことと、噂話を放っておくこと…。

 どちらをとっても私の恥にしかならない。

 まさか…、幼い頃の反抗期が今になって知られることになるとは。


 ラル様との顔合わせも無事に終わり、二、三年は仲良く楽しく過ごしていた。しかし、学園の入学準備が始まると、あまり楽しくない話も耳に入るようになった。

『ソフィア様のほうが優秀なのに』

『見た目は似ているけど、姉の劣化版という感じよね』

 基本、メイド達は私達の目に触れないところで働いている。が、私のほうがとにかくお転婆で一か所にじっとしていない性格だったせいで、厨房や洗濯場で雑談する使用人達の話を盗み聞くことになってしまった。

 そして家庭教師達も悪気はないのだろうが端々で姉と比較するようなことを言う。

『ソフィア様はできましたよ』

『ソフィア様を目指して頑張りましょう』

『きっとソフィア様も褒めてくださいますね』

 私はお姉様とは違う。同じじゃない。比べないで、私を見て、私にだって特別な力が…。


 そう、私には特別な力があるの!


 その頃に流行っていた大衆小説が前世の記憶があるお姫様の話と、魔王を倒す勇者の英雄譚で、二つを合わせてしまった結果。

 振り返って、何故、二つの異なる話を合わせた上に、魔王側の設定を引っ張ってきてしまったのか謎だけど…、ともかく強引な合わせ技で、魔王としての記憶を持った未来の『混沌の悪魔』が爆誕してしまった。

 あの時の私に会えるものなら会って説得したい。

 将来、公衆の面前で恥ずかしい思いをするのでやめておけと。

 しかし…、あの頃の私はおそらく説得しても応じなかっただろう。

 『混沌の悪魔』になりきっていたからなぁ…。

 私には前世の記憶がある…とか、我が名は傲慢の悪魔ルシファー…とか、なんだか怪しげな言葉をその都度、引っ張ってきて適当に、本人的には大真面目に演じていた。

 悪魔に唆されたとしか思えない変貌ぶり。

 しかし…、一番、接する機会の多かったお姉様が『うんうん、そうだね、ロッティは混沌の悪魔だね、可愛い』と、何を言っても全肯定で三カ月くらいで飽きた。

 たぶん否定されていたら、もうちょっと長く続いたと思う。けど、肯定された上に、可愛い、可愛い、悪魔でも可愛いって言われているうちに目が覚めた。

 お姉様と私を比較して、私のほうが劣っていると言う人はこれからもたくさんいるだろう。

 だけど…、お姉様もラル様も、お父様達だって、だからといって私を否定したりしない。

 お母様には苦笑いされた上で『いずれは王太子妃、何もなければ国母となるのだから、ほどほどにしなさいね』とは言われたけど。

 なんだろう、冷静に生暖かく見守られると、ものすごく恥ずかしくなってきてしまうのよね。

 そして襲い掛かる羞恥心。

 やめてー、言わないでー、それは私も忘れたい過去なのーっ。

 幸い使用人達に対してはちょっと不愛想くらいで暗黒設定を持ち出してはいなかったため、使用人達の中で知っているのは接する機会のあった上級使用人達だけ。

 皆、私の反抗期をそっと目をそらしてなかったことにしてくれた。


「『混沌の悪魔』は幼かったロッティの、ちょっとした反抗期の悪戯だが、一応、ロッティの名誉のためにディナール侯爵家ではなかったこととして封印されていた。そのことを何故、バレアス子爵令嬢が知っているの?」

「それは…、私には前世の記憶があり、本当にロッティ様は悪魔に乗り移られているのです。今は本性を隠しているだけです!」

「では何故、このタイミングで言い出した?人払いをした後でも良かったのでは?」

 アルジェ様はしどろもどろになりつつも答えた。

「設定と違う展開で…、だから私、軌道修正をしなくちゃいけないと思って。卒業式イベントでゲームの第一部が終わってしまうから」

 本来ならばラル様と私はもっと険悪な雰囲気で、私はわがまま三昧の悪役令嬢で、お姉様だけでなく他の令嬢達も下僕のように扱う性悪女。

 そうでなくてはいけない。

「だって、そうでなければ…、ヒロインとヒーローが相思相愛になれない」

「その、ヒロインとヒーローは誰のことを指しているの?」

「えっと…、ヒロインは私で…」

 アルジェ様の横でタニア様が『あぁ?』と令嬢らしからぬ声をあげたが、ラル様に睨まれて黙った。

「ヒーローは、何人か居て…、メインヒーローはラル様で、あとは…」

 と、何人かの名を告げて。

「それから全コンプリート後に出てくる隠しキャラで、王てぃ…」

「バレアス子爵令嬢、もういい」

 ラル様が強い声で遮った。

 それはそうだろう。今、王弟殿下と言おうとした。だとしたら大問題だ。

 王弟殿下は前国王が下町に降りた時に騙されるようにして寝所を共にした女性の子で、まぁ、イロイロとあったと聞いている。王が薬を盛られた上に女性に襲われたのである。これだけでも大問題だが、その後、どこかに隠れて子供を産んでいたことがわかり大騒ぎになった。

 当然のことながら箝口令が敷かれて王族に近い者しか知らされていない。

 王弟殿下の髪や瞳に王族としての特徴が現れていたが、王弟としではなく辺境伯の養子となり保護された。

 私は王太子妃となる予定だからトラブル回避のために教えてもらったけど、子爵令嬢が知っているのはおかしい。

 重苦しい沈黙が流れる中、一人の令嬢が手をあげた。

「ノーン伯爵家の娘二コラと申します。発言をお許しください」

「あぁ、ロッティのご友人方の一人だね。許可する」

「ありがとうございます。友人を代表して発言させていただきますので、私の言葉はこの場にいるロッティ様と親交の深い者達の総意としてお受け取り下さい」

 まず聖女活動について。お姉様が聖女に最もふさわしいことは周知の事実ではあるが、本人が『公式行事はめんどう、人前にも出たくない、でも雑用大好き、裏方万歳』と言っているため、あえて誰も触れてこなかった。

「何よりご公務を一生懸命こなすロッティ様の妨げにならぬよう、私達も耳にした時はそれとなくフォローしておりました。中には聞いてくださらない方もいらっしゃいましたが…」

 チラッとタニア様を見る。

「それから…、その『混沌の悪魔』ですが、一時期、ロッティ様より少々、おかしなお手紙をいただいた時期がございました」

 自分を『魔王』だとか『悪魔』だとか言い、これは絶対に秘密だからね…と。

 ………過去の自分を殴りたい。

「そういったお手紙にはソフィア様のお手紙も添えられていて」

『妹は大衆小説の影響で役になりきってしまっているの。素直すぎるのも問題よね。長く続くようなら止めるけど、しばらくこの遊びに付き合ってあげて』

「事実、三カ月ほどでおかしなお手紙はなくなり、ソフィア様から『妹が恥ずかしがるからこの話には触れないであげて』と追加のお手紙もいただきました」

 すっかり忘れていた。

 そういえば、お友達にも送ったような気がする。

 貴族の手紙は専門の使用人が目を通してから送られるし、受け取りも子供宛の場合は先に使用人が確認する。

 子供達の『悪役なりきりごっこ』として大人達は静観していた。

「もしかしたらアルジェ様はこの話を誰かから聞いたのかもしれません。さすがに…、退職した使用人達までは管理できませんのでお許しいただければと思います」

「そうだね。まぁ、言っても子供の頃のおちゃめな反抗期だ。あれは…、とても面白かったし可愛かったなぁ。必死に悪い顔を作ろうとしたけれど、それがもう愛らしくて」

 ラル様、そんな感想はいりません、記憶を封印してください。

 一人恥ずかしい思いをしていたが、さわさわと。

「そういえば私にもそんな時期があったな。英雄の生まれ変わりだと言い張って、家を飛び出そうとしたが門であっけなく捕まったよ。しばらく脱走を繰り返したな」

「恥ずかしながら私にもございましたわ。私はこの家の子ではない、本当は悪魔の子なのだと…、両親に似ていなかったものですから泣いて暴れて、辺境の地で隠居しておりましたお祖母様が会いに来てくださり落ち着きました。私、お祖母様に驚くほど似ておりましたの」

 私一人が恥ずかしくないようにとフォローしてくださっているのだろう、ありがたい、けど恥ずかしいことに変わりはないです。

「君達はなんとかロッティを悪者にしたかったようだけど…、むしろ騙されていたのはロッティだけだよね」

 ………ソウデスネ。

 タニア様は真っ青な顔で唇を噛みしめていた。

「ヒスベルク公爵令嬢の処遇についてはヒスベルク公爵家と協議の上、決める。今すぐ屋敷に戻り、沙汰が降りるまで謹慎を命じる」

 一瞬、何か言いたそうな顔をしたがラル様に睨まれておとなしく引き下がった。そのままホールを退出する。

「バレアス子爵令嬢は法務部で勾留した上で取り調べを行う」

「ま、待ってください!こんなの、おかしい!だって、ロッティは悪役令嬢で、私はヒロインで…」

 ラル様がため息をついた。

「ロッティは九歳で卒業したというのに、君はまだその設定を引きずっているのか?」

「嘘じゃありません。私には本当に前世の記憶があって…」

 お姉様がスッとアルジェ様に近づいた。

 そして…、近くにいた私達にしか聞こえないような声で囁く。

「それで、どうして自分にしか前世の記憶がないと思ったの?」

「………え?」

「ストーリーがシナリオから外れているのならば、当然、誰かの介入を疑うべきでしょう?そうではなくって?自称ヒロインちゃん」

 零れ落ちんばかりに目を見開き、そして…、ストンと床に座り込んだ。

「そんな…、そんなことって……」

 アルジェ様を見下ろすお姉様はひどく冷めた顔をしていた。

 そのお顔にそばにいたご令嬢の何人かが『素敵…』とよろめいていた。




 その後の懇親会はこれといった波乱もなく穏やかなものだった。

 あちこちで『オレの子供の頃は』『私も子供の頃に』と恥ずかしい過去自慢?があったようだが、最終的に『混沌の悪魔』に勝てる者はいないということで落ち着いたとか、ひどい。

 散々な目にあったけど、周囲は変わらず優しいし、今後の公務も予定通り行われる。もちろんラル様との結婚も予定に組み込まれている。

 しかし問題を起こしたヒスベルク公爵家とバレアス子爵家はそうもいかない。

 翌日にはヒスベルク公爵家当主がヴォルグラーテ王家、ディナール侯爵家、神殿に直接謝罪に向かった。

 ディナール侯爵家はともかく王家と神殿には当主本人が謝罪しないと収まらないよね。

 公爵家からの申し出により名誉を傷つけた慰謝料の支払いが行われ、タニア様は自領地にて謹慎させることで落ち着いた。

 公爵領内の修道院で再教育されるとのこと。子爵令嬢の口車に乗って暴走とか、公爵家のご令嬢とは思えないほどの短絡さだものね。危なっかしくてそのまま社交界には戻せない。

 再教育が終わる頃には貴族令嬢の適齢期を過ぎている。二度と社交界に戻ってくることはないだろう。むしろ戻ってきたらすごい根性だと褒めたたえたいような…?

 バレアス子爵家のほうは事情を確認するために法務部の捜査官と騎士が屋敷を訪ねたところ、今、まさに一家心中しようとしていたところ、だったらしい。

 あわてて止めて、とにかく、知っていることを全て話すように、結果次第では軽い処罰で済むかもしれないから…と。

『娘は夢見がちな子で、時々、わけのわからない事を呟いておりました。王子様と結婚だとか、この国を救うだとか…、思春期特有のものかと軽くみていた結果がこれです』

 もちろん娘の教育を怠った罪はある。が、結果的に私が恥ずかしい思いをしただけで、あとはタニア様とアルジェ様が痛い女だと思われただけ。

 アルジェ様に対する処罰とは別と考えられ、結果、当主のすげ替えとなり、アルジェ様のご家族は自領地に戻り王都への立ち入りを生涯、禁止された。もう少し軽い処罰でも良かったのだが、子爵本人が大変な疲れようで、職務の継続は難しいだろうとの判断だった。

 騒動の元となったアルジェ様は『私には前世の記憶がある』と言い張っている上に、国家の機密事項となるようなことも何故か知っていた。

 それを話すことにより『助かる、助けてもらえる』と思っていたようだが、逆効果である。

 どこかの密偵とつながっていたのならば国家反逆罪で処刑。

 予知、予見の類ならば国として囲い込む必要がある。他国でボロボロと国家機密を話されでもしたら危険すぎる。

 貴族令嬢の謹慎場所としては修道院が一般的だが、他国の密偵に襲われる可能性を考えると安易に預けられない。

 可哀相ではあるが…、良くてどこかに監禁、最悪は処刑もあるだろう。

 今後、取り調べと協議を重ねていくとのことだった。




 騒動の後、忙しく過ごしているがラル様とお茶をする時間くらいはある。

 お姉様も合流して、簡単に騒動の顛末を教えてもらった。

「そういえば…、お姉様にも前世の記憶がございましたの?」

「ロッティ、どうしたの、突然」

「だって…、アルジェ様にそうおっしゃっていたでしょう?」

 お姉様はふふ…と笑うと。

「そうだよ。だからロッティが悪者にならないように、不本意ながら腹黒王子と幸せになれるよう軌道修正した」

「まぁ、そうでしたの?」

 お姉様、すごい、本当に前世の記憶があってしかも私を助けてくださったのね。

 やっぱりお姉様のほうが私の何倍も優秀だわ。しかも、前世の記憶持ち。

「それでお姉様は前世、どういった方でしたの?大魔法使い?それともお姫様…、勇者かしら?」

 横で『ぶふっ』とはしたない笑い声が聞こえてきた。

 ラル様が笑っている。

 何故、そんなに笑っているのかわからない。お姉様を見れば、やはり楽しそうに笑っていた。

「………まさか」

「ロッティ、いい年をして前世の記憶があると言うヤツは大体、詐欺師だよ」


 記憶がなかったとしてもわかる。お姉様の前世は詐欺師だわ。でなければこんな簡単に私が騙されるはずがない。

 一人ぷんすかしている私の横で。

「こうなってしまった以上、私も記憶の洗い出しをしたほうが良さそうだな。あぁ、めんどくさい…」

 と、お姉様がとても…とても小さな声で呟いた。

閲覧ありがとうございました。久しぶりに投稿したらいつの間にか新機能が増えていました、よくわからない…のでしばらく様子見します。突然、設定変えたりしたらすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ