幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。ただし私との婚約を解消してからにして下さいね・短編
※大幅に加筆修正しました。2024年7月11日
※メアリーとベンの髪の色を変更しました。
メアリー:茶色い目→黒い目。
ベン:黒髪、黒目→赤髪、赤目。
変更した理由はヴィルデに茶色い(メアリーの目の色の)服を着せたくないからです。
ベンの髪と目の色の変更はメアリーと被らせない為です。
「メアリー・ブラウン!
俺は隣国に嫁ぐアリッサ様と一緒に隣国に行く!
お前は親が決めた婚約者だから仕方がないから結婚してやる!
結婚後は侯爵家のことはお前が一人で切り盛りしろ!
年に一回帰国して子作りはしてやるからありがたく思え!」
婚約者にこう言われたとき、私は開いた口が塞がらなかった。
私の婚約者は侯爵家の嫡男のベン・トーマ様。
私は格下の伯爵家の長女。
侯爵令息である彼が伯爵令嬢である私に、横柄なのはいつものことですが、今日の態度は取り分け酷いものでした。
まさか、お昼休みに校舎裏でこんな話を聞かされることになるとは思っても見ませんでした。
お昼休みが始まってすぐ、ベン様が私のクラスに訪ねてきました。
彼は「大切な話がある」と言って私を教室から連れ出したのです。
今日は私の誕生日なので、もしかして何かロマンチックなサプライズがあるかもと期待した私は愚かでした。
ベン様は真紅の髪にルビーの瞳の見目麗しい少年。
彼の幼馴染のアリッサ様は、公爵家のご令嬢。
アリッサ様は腰まで届くふわふわの金色の髪に、サファイアのような青い瞳の持ち主で、メリハリがついたナイスバディで、目鼻立ちが整った美人。
対する私は伯爵家の長女で、土のような茶色の髪と、漆黒の瞳、平凡な容姿、メリハリが少ない幼児体型。
ベン様が美人の幼馴染を自慢したいのはわかります。だからって地味な私を傷つけていい理由にはなりません。
「ベン様、一つ確認したいのですがよろしいですか?」
「なんだ?」
「ベン様はアリッサ様がお好きなのですか?」
「アリッサ様への感情は好きとか嫌いとかそんな生々しいものではない!
俺は女神のように美しいアリッサ様を敬愛しているのだ!
美麗な女神像を信仰するのに理由がいるのか?
いや、いらないだろう!
秀麗なものにはそれだけの価値があるのだからな!」
キラキラと目を輝かせて熱弁するベン様。
「はあ……そうですか」
だめです。
この人には何を言ってもこの人には響きません。
私はこのときベン様に期待するのを止めました。
ベン様にはお茶会、学園主催のパーティ、王家主催のパーティ、誕生日、婚約記念日……ありとあらゆるイベントをすっぽかされてきました。
アリッサ様の家から使いが来ると、ベン様は理由も聞かずに飛び出して行ってしまうのです。
そしてそのまま帰ってこないのです。
翌日彼の口から「アリッサ様のお見舞いに行った」、「アリッサ様とカフェに行った」、「アリッサ様とお芝居を見てきた」と聞かされたとき、私はとても惨めな気持ちになりました。
ベン様は、
「アリッサ様が病気のとき一人でいるのは心細いと言うから」
「アリッサ様が知らないお店に一人で入るのが怖いと言うから」
「アリッサ様が一人で芝居を見たくないと言うから」
と言っていました。
お見舞いはともかく、婚約者との予定をドタキャンして、婚約者以外の女性とカフェやお芝居に行くのはいかがなものかと思います。
もういいです。
そんな彼と婚約していることに疲れました。
元々親の決めた婚約で、ベン様に一度も恋愛感情を抱いたことはありません。
結婚するのだから、せめて良好な関係を築こうと努力してきましたが、先ほどの彼の発言を聞いて全て無駄なことだったと悟りました。
「ベン様は、アリッサ様に抱かれている感情は敬愛だとおっしゃるのですね?」
「そうだ!
俺はアリッサ様に対して邪な感情を抱いたことなどない!
俺はただアリッサ様の側にいて見守りたいだけなんだ!」
「そうですか」
「だが俺は侯爵家の嫡男だ!
家を継いで、結婚し、跡継ぎを残さなければならない!」
「はぁ」
「しかし幸いにも俺には地味だが頭の切れる婚約者がいる!
家のことは地味な妻に任せて、俺はアリッサ様と一緒に隣国に行き、彼女を見守る!
どうだこれなら侯爵家とアリッサ様、両方を守れるだろう!?」
ベン様はドヤ顔で語りました。
よくもそんな恥知らずな事を、自慢気に語れるものです。
私は怒りや呆れを通り越して、無の境地でした。
「そうですか。
ベン様のお気持ちはよくわかりました。
あなたのお好きなようになさってください!」
「ありがとう!
メアリーなら分かってくれると思っていた!」
ベン様はそう言って私の手を掴みぶんぶんと振りました。
気持ち悪いので触らないでほしいです。
あとで手をよく洗って消毒しておきましょう。
「ベン様、今日は我が家での夕食会にトーマ侯爵家の皆様をご招待しているのですが……」
「そんなものはキャンセルだ!
俺が行かなくても父上と母上が参加すれば問題ないだろ!
俺はアリッサ様にこのことを伝えてくる!」
そう言ってベン様は笑顔で走っていきました。
「今日の夕食会は私の十八回目の誕生祝いも兼ねていたんですけどね……」
ベン様は私の誕生日すら覚えていなかったようです。
「幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。
ただし私との婚約を解消してからにしてくださいね」
隣国に嫁ぐ幼馴染を側で見守るために隣国について行くなどと、世迷言をぬかす婚約者様とは今日でお別れです。
ベン様が今日私に言ったことを、父とトーマ侯爵に話し、ベン様との婚約を解消して貰いましょう。
「はぁ……十八歳の誕生日を祝う夕食会が婚約解消の話し合いの場になるなんて……最低だわ」
◇◇◇◇◇
「メアリー、誕生日おめでとう」
教室に戻ると、ヴィルデがお祝いの言葉と共にプレゼントを渡してくれました。
ヴィルデは銀色のさらさらヘアに、藤色の瞳の美しい令嬢です。
名門ランゲ公爵家の長女で、成績優秀、文武両道。
欠点といえば、彼女の身長が平均より高いことくらいです。
ヴィルデはアリッサ様と並んで、学園の三大美女の一人に数えられています。
「ありがとう!
ヴィルデは私の誕生日を覚えてていてくれたのね!」
「もちろんよ!
メアリーは私の親友だもの!」
ヴィルデから手渡されたのは、桃色のリボンのついた小さな箱でした。
「ありがとうヴィルデ!
ねぇ、開けてもいい?」
「ええ、もちろん!」
箱の中には、アメジストのブレスレットが入っていました。
「とっても素敵!
私はこういうのが欲しかったの!
ありがとう!」
ヴィルデからセンスの良いプレゼントを貰ったことで、ベン様に付けられた心の傷が少しだけ癒えました。
「そう言って貰えて嬉しいわ。
心を込めて作った甲斐があったわ」
「えっ?
もしかしてこのブレスレット、ヴィルデの手作りなの?」
「そうなの。不格好でごめんなさい」
「そんなことないわ!
凄く綺麗だわ!
ありがとう!」
親友が自分の為にプレゼントを作ってくれるなんて、こんな嬉しい事ないわ!
「喜んで貰えてよかったわ」
そう言ったヴィルデの手には、黒真珠のブレスレットが光っていました。
私が受け取ったアメジストのブレスレットとデザインが酷似しています。
「もしかしてヴィルデが付けているブレスレットも、あなたの手作りなの?」
「そうよ。
使っている石は違うけど、デザインはあなたに贈った物と同じよ。
元々はこういう作業苦手だったんだけど、あなたにお裁縫とかミサンガの作り方とか、色々教わっている内に、物を作るのが楽しくなってきたの。
それでブレスレット作りにも挑戦してみようと思ったのよ」
彼女はそう言ってニッコリと微笑みました。
入学したばかりのヴィルデは、貴族の令嬢にしては珍しく刺繍や裁縫が苦手でした。
苦手というより、初めて挑戦するという感じでした。
見かねて私が手を貸したのが、彼女と親しくなったきっかけでした。
「親友とお揃いのブレスレットが付けられるなんて素敵!
ありがとうヴィルデ!」
ベン様のせいで落ち込んでいたけど、親友のお陰で救われたわ。
「私ね、黒真珠の落ち着いた色味が好きなの。
メアリーの瞳の色と同じでとても綺麗だもの」
ヴィルデがそう言って、私の目を真っ直ぐに見つめてきました。
彼女の顔は人形のように整っていて、そんな彼女に褒められると照れくさくなってしまいます。
「私も紫水晶が好きよ。
ヴィルデの瞳の色に似ていてとっても綺麗だもの」
私がそう言って彼女の手を握ると、彼女は頬を赤らめ恥ずかしそうに視線を逸らしました。
「そ、そう……ありがとう」
「今気づいたけど、ヴィルデの手って大きいのね」
自分の手と彼女の手を重ね、比べてみました。
彼女の手は、私の手より一回り大きかったのです。
「あまり見ないで、女の子なのに手が大きいなんて恥ずかしいわ……」
「ごめんない」
ヴィルデは手が大きい事を気にしていたのね。
デリカシーのないことを言ってしまったわ。
「大丈夫よ、気にしてないわ。
そう言えば休み時間にベン様に呼び出されていたようだけど、何の話だったの?
彼、教室ではプレゼントを渡しにくいから別の場所に呼び出したとか?」
「えっと、それがね……」
私はお昼休みにベン様に言われたことを包み隠さずヴィルデに話しました。
「ベン様はゴミね!
いえゴミにすらなれないクズだわ!」
事情を知ったヴィルデが吐き捨てるように言いました。
彼女は眉間に皺を寄せ、とても怖い顔をしていました。
私の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、怒ると美人が台無しになってしまいます。
ゴミの中にはリサイクルできるものもあるので、分ければ資源になります。
一方クズは小さくて利用価値がありません。
「待っていてメアリー、私が彼を殴って来てあげる!」
ヴィルデが拳を握りしめました。
「ありがとう、ヴィルデ。
気持ちだけ受け取っておくね」
ベン様には殴る価値もありません。
「ベン様がアリッサ様に付いて隣国に行くと言ってくれたお陰で、ベン様と婚約解消する決心がついたの。
だから悪いことばかりじゃないわ」
「それ、本当!?
ベン様との婚約を解消するの?!」
ヴィルデが私の手を握りしめました。
「あっ、ごめんなさい!
興奮してつい……」
彼女は頬を赤らめ、慌てて私から手を離しました。
女の子同士なんだから、手を握ったぐらいでそんなに気にすることないのに。
「でもメアリーの実家は伯爵家よね?
ベン様の家は侯爵家。
格上の侯爵家相手に婚約解消の申し出ができるのかしら?
私、心配だわ」
「大丈夫よ。
ベン様が言ったことをそのまま父とトーマ侯爵に話すつもりだから。
二人とも今日起こった事を知れば、ベン様との婚約を解消することに同意してくれるはずよ」
隣国に嫁ぐ幼馴染に付いて行き、家には年に一回しか帰ってこないというベン様。
ベン様がおっしゃった言葉を、そっくりそのまま父とトーマ侯爵に伝えれば、スムーズに婚約解消できるはずだわ。
「もし、トーマ侯爵がごねるようなら私に言ってね。
ランゲ公爵家の権力を使って、トーマ侯爵家ごと叩き潰してあげるから」
ヴィルデったら、にっこり笑って恐ろしい事を言うのね。
でも、彼女ならそれくらいの事やりそうだわ。
「ありがとう、頼りにしてるわ。
そうだ、ヴィルデ今日の夜空いてるかしら?」
「特に予定はないけどどうして?」
「家で夕食会を開くの。
あなたにも来てほしいわ」
「でも今日はメアリーの誕生日よね?
婚約者と婚約者の両親以外は招待できないって、前に言ってなかったかしら?」
「確かにそう言ったわ。
でもベン様には夕食会に行けないって言われてしまったの。
だからという訳ではないけど、家に来てほしいの。
それに本当の事を言うと、今日の夕食会にはベン様より、親友のヴィルデに来てほしいって思っていたのよ」
私を快く思ってない婚約者と食事をするより、親友と食事をした方がずっと楽しいわ。
「それとね、両親やトーマ侯爵にベン様との婚約解消したいと伝えるのは勇気がいるの。
あなたがいてくれたら心強いわ。
でも……よく考えたら失礼よね。
公爵令嬢のヴィルデをこんな理由で誘うなんて……」
「そんなことないわ!
招待して貰えてとても嬉しいわ!」
「本当?」
「もちろんよ!
何があっても絶対に行くわ!
私、メアリーの力になりたいの!」
ヴィルデが力強く言い切りました。
「ありがとう」
頼もしい親友がいてくれて、心強いです。
◇◇◇
私は夕食会で両親とトーマ侯爵に、昼間のベン様の言葉を一言一句違わずに伝えました。
両親もトーマ侯爵も最初は「そんなはずはない。ベンがそんなことするはずがない」と言っていました。
このままではベン様と婚約解消できないかもと、私が不安になったとき、ヴィルデが加勢してくれました。
両親もトーマ侯爵も、ランゲ公爵令嬢であるヴィルデの言葉を無視できなかったようです。
ヴィルデのお陰で、私はベン様との婚約を解消することができました。
ヴィルデを夕食会に誘ってよかった。
彼女には感謝してもしきれません。
◇◇◇◇◇
――誕生日の二日後、学園――
お昼休み、私は学園の裏庭でヴィルデとお弁当を食べていました。
「ヴィルデ、ありがとう!
あなたが証言してくれたお陰で、ベン様と正式に婚約解消できたわ!」
昨日ベン様との婚約解消の書類をお城に提出し、ベン様と正式に婚約解消出来た事を伝えました。
「いいのよ!
だって親友じゃない!」
「父もトーマ侯爵も私の言葉は信じないのに、ヴィルデの言葉はあっさり信じるんだもの」
「ランゲ公爵家の名前が役に立ったわね。
わたしの公爵令嬢としての身分がメアリーの手助けになるなら、いくらでも利用して」
ヴィルデが私のことを、真っ直ぐに見つめて来ました。
彼女は綺麗な顔をしているので、同性だとわかっていても見つめられるとドキドキしてしまいます。
「あのね、メアリー。
私、あなたに伝えたい事があるの……」
「何……?」
相手は女の子なのに、ときめくなんて私どうかしてます!
「私ね、あなたのことが……」
ヴィルデが何か言いかけたその時でした。
「メアリー・ブラウン!
貴様、よくもやってくれたな!」
ベン様の声がして振り向くと、彼が早足でこちらに近づいてきました。
彼は鬼のような形相をしていました。
「メアリー!
お前のせいで俺は破滅だ!」
ベン様は私の目の前に立つと、キッと私を睨め付けた。
「昨日家に帰ったら、父に殴られて侯爵家の後継者から外された!
父に『お前が学園を卒業すると同時に勘当する! 次男のボイスを跡継ぎにする!』と言われた!
おととい俺がお前に言ったことを、そっくりそのまま父に伝えたな!」
彼が侯爵家の跡取りとして相応しくないのは事実です。勘当されるのは当然でしょう。
次男のボイス様はまだ十歳ですが、兄のベン様に似ず真面目な性格の常識人です。
彼が跡継ぎになれば侯爵家も安泰ですね。
「そうですが、それが何か?」
私の出した声は、自分で思っていたより温度がありませんでした。
私はかなりベン様に辟易していたようです。
「何かじゃない!
なんでそんなことをした!」
「ベン様と結婚したくなかったからです」
自分より幼馴染を優先する男と結婚したがる人はいません。
「茶髪の地味女の癖に調子に乗りやがって!!
お前は黙って俺と結婚して、一生俺に従って生きればよかったんだよ!」
私が地味な見た目なのはわかっています。
だからといってここまでコケにされていい理由にはなりません。
「なぜそんなに怒っているのですか?
私との婚約を解消すれば、ベン様は好きなだけアリッサ様の側にいられるのですよ?
私はあなたと結婚しなくて済む。
あなたは好きなだけ幼馴染の側にいられる。
お互いにとって良いことだと思いますよ?」
アリッサ様の側にいられると言っても彼女には別に婚約者がいますから、ベン様は節度ある距離を保たなければなりませんが。
「アリッサに事実を話したらこう言われたよ!
『他人の婚約者を弄ぶのが面白かったのよね。ベンったらわたくしが呼び出すとどこへでもやってくるんですもの。婚約者より優先されて気分が良かったわ。
でも婚約を解消されて、家からも勘当されるあなたに、なんの魅力も感じないわ。
婚約者のヨハン様がデブで不細工だから、見目の良いあなたを隣国に連れて行って目の保養にしようと思っていたの。でもヨハン様は私の為に三十キロもダイエットしてくれたのよ。痩せたヨハン様はベンの百倍はかっこいいのよ。
だからもうあなたは必要ないわ。平民になった幼馴染がいるなんて他人に知られたくないの。かっこ悪いから二度と会いに来ないで!』
とな!」
他人の婚約者を弄ぶのが楽しかったとか、婚約者が不細工だから見目の良いベン様を侍らせて置きたかったとか……アリッサ様ってお顔は美しいですが、酷い性格をしているのですね。
婚約者を蔑ろにしていたベン様と良い勝負です。
アリッサ様とベン様は似た者同士だから仲が良かったのかもしれません。
「アリッサ様の婚約者が、ダイエットに成功してハンサムになったのは私のせいではありません!
そもそもあなたがアリッサ様に付いて隣国に行くなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのです!
婚約解消されたあと、後継ぎから外されたのも、ご実家から勘当されたのも、全部ベン様の日ごろの行いが悪いからです!
私のせいにしないでください!」
なんでこんな人と昨日まで婚約していたのかしら?
もっと早くに見限っていればよかったわ。
「煩い! 煩い! 煩い! 煩い! 煩ーーい!!」
ベン様がそう喚き散らし、私の肩を掴みました。
彼の目は血走っていて、私は恐怖を感じました。
「全部お前が悪いんだ!
お前のせいなんだよ!!
お前は黙って俺と結婚して、領地経営をしながら子育てでもしてればよかったんだよ!!
俺と結婚すれば俺に似たかわいい子が生まれるのに、何が不満なんだ!!
分かった!
俺が実家に帰ってくる回数が少ないのが不満なんだな?
帰宅する回数を年に二回、いや三回に増やしてやる!
年に三回も俺に抱いてもらえるなら満足だろ?
俺だって本当はお前みたいな下位貴族の茶髪の地味女を視界に入れたくないんだ!
俺が譲歩するんだからお前も譲歩しろよ!
分かったら俺との婚約解消の話をなかったことにすると父に伝えろ!
『ご迷惑をおかけしてすみませんでした!』と父に詫びろ!
床に頭をこすりつけて『ベン様の言うことは何でも聞きます! お願いですから私と結婚してください!』と言って俺に泣いて懇願しろ!!」
なんて身勝手な言い分なのでしょう。
本当にこの方は最低です。
彼を引っ叩いてやりたいですが、彼に腕を掴まれていてそれもできません。
「さあ、早く俺に謝罪しろ!
そして結婚してくださいと懇願するんだ!」
「痛いっ……!」
彼が私の腕を握る力を強めたので、私は涙が出そうになりました。
痛い、怖い、誰か助けて……!
「おい! 彼女の腕を離せ!
このゲス野郎!!」
ヴィルデがベン様の腕を掴むと、彼の頬を殴りました。
よほど強い力で殴られたのか、ベン様は芝生の上を勢いよく転がっていきました。
「……くそっ!
何すんだ……!」
殴られたベン様が起き上がろとしましたが、ヴィルデが彼に馬乗りになって阻止しました。
ヴィルデはベン様に馬乗りになったまま、彼の胸ぐらを掴みました。
「いいかよく聞け!
このカス野郎!
メアリーはめちゃくちゃ綺麗な心の持ち主なんだよ!
メアリーは優しくて、努力家で、友達思いで、すっげぇ良いやつなんだよ!
顔だってお前が女神と崇めてるアリッサの何倍も綺麗なんだよ!!
それにメアリーは凄くいい匂いがするんだよ!
彼女はオレの聖女なんだよ!
他人の婚約者に粉をかけて弄ぶのが趣味なアバズレと、メアリーを比べるのがそもそもの間違いなんだよ!
彼女はお前のようなゲスが、馬鹿にしていい相手じゃないんだよ!!」
ヴィルデが拳を振り上げました。
彼女はベン様を殴るつもりのようです。
私はとっさにヴィルデの腕を掴んでいました。
「メアリー、どうして邪魔をするんだ?」
ヴィルデは困惑した様子でした。
「もう止めて、ヴィルデ」
「メアリーはこんなやつを庇うのか?」
ヴィルデが眉尻を下げました。
そんな顔しないで、親友にそんな顔をされると、私まで悲しくなってしまうわ。
「違うわ、ベン様を庇ったんじゃないの。
ベン様を殴るヴィルデの手が痛そうだから止めたの」
ヴィルデの手は綺麗だから、こんなことに使っては駄目。
「メアリーは、オレ……いえ、私の事を心配してくれたの?」
ヴィルデ、今「オレ」って言わなかった?
そう言えば、ベン様を罵っている時も「オレ」と言っていたような気がするわ?
きっと、わたしの聞き間違いよね。
だってヴィルデのような淑女が「オレ」なんて言うはずがないもの。
「ええ、そうよ。
ヴィルデが私の言いたいこと全部言ってくれたからすっきりしたの。
ありがとう、私の気持ちを代弁してくれて。
だからベン様のことはもういいの。
離してあげて」
ヴィルデがベン様を殴ってなかったら、きっと私は泣いてたでしょう。
元が付くとはいえ婚約者に、見た目も人格も全否定されるのは辛いから。
「ありがとう、ヴィルデ。
私の為に怒ってくれて」
私はヴィルデの手を掴み、彼女を立ち上がらせました。
「メアリーの為なら何でもするわ」
そういって照れくさそうに笑ったヴィルデは、いつものお淑やかな公爵令嬢でした。
ベン様を罵っていた時の彼女も勇ましくて素敵だったけど、お淑やかな話し方の方が彼女には似合うわ。
「ばっかじゃねぇの!
二人でいつまでも友情ごっこしてろよ!!」
いつの間にか立ち上がっていたベン様が、こちらを睨んでいました。
「まだいたのかよ、クズ!
さっさとオレの視界から消えろ!
さもないともう一発くらわせるぞ!」
ヴィルデがそう言って威嚇すると、ベン様は「ひっ……!」と悲鳴を上げ真っ青な顔で逃げて行きました。
「それから最後に訂正しておくけど、伯爵家は下位貴族じゃない、中位貴族だからな!」
ヴィルデが逃げていくベン様に向かって叫びました。
「ヴィルデ、あなた時々口調が乱暴になるのね?」
今彼女は確かに「オレ」と言ったわ。私の聞き間違いではなかったのね。
「もしかしていつもそんな乱暴な言葉遣いをしているの?」
「ええっ……と、それは……」
「もしかして、公爵令嬢として完璧な淑女として過ごす事を要求される日々に疲れ果て……別の人格を生み出しているとか……?」
だとしたら可哀相だわ。
お医者様に見せなくては。
「そうじゃないのよ。
これには事情があって……」
「事情?」
「実は……口調が時々乱暴になるのは兄の影響なの」
「兄弟がいたの?」
「ええ。同い年の兄が一人」
「そうなの。初耳だわ。
お兄様と同い年という事は、双子なの?」
「そうじゃないんだけど……。
そのことについてメアリーに話したいことがあるの」
「私に話したいこと?」
そう言えばベン様が来る前、ヴィルデは私に何か伝えようとしていました。
そのことと関係があるのかしら?
「兄にメアリーのことを話したら、兄があなたの事を凄く気に入ってね。
ぜひ直接会って話をしたいそうなの」
「ヴィルデのお兄さんが、私を?」
ヴィルデのお兄さんなら、きっと綺麗な人よね。
「兄を卒業パーティに連れて来るから、兄と一曲踊ってくれないかしら?」
「えっ?」
親友のお兄さんとはいえ、知らない人と踊るのは少し緊張するわ。
「お願い、一曲だけでいいの」
親友に懇願されたら断れないわ。
「わかったわ」
「ありがとうメアリー!」
ヴィルデのお兄さんなら他人という訳でもないし、一曲ぐらい踊っても平気よね。
「あとこれは勝手なお願いなんだけど……兄に会うまで次の婚約者を決めないでほしいの!」
卒業まであと三カ月。
それまでに新しい婚約者を決める方が難しいわ。
「いいわよ。
ベン様と婚約解消したばかりだから、すぐに次の相手は決まらないでしょうし」
「そんなことないわ!
メアリーは自分で思っているよりもずっとキュートで可憐なんだから!
ベン様と婚約解消したことが知られたら、伯爵家に釣書が殺到するわ!」
「心配性ね。
そんなことにはならないわよ」
「メアリーは自分の魅力がわかってないのよ。
いい、絶対に卒業まで新しい婚約者を決めないと約束して!」
ヴィルデがいつになく真剣な目で私を見ていました。
「ええ、わかったわ」
親友との約束だもの。絶対に守るわ。
それにしても、ヴィルデのお兄さんはどんな人なのかしら?
今から会うのが楽しみだわ。
◇◇◇◇◇
――卒業パーティー当日――
「ヴィルデはどこかしら?」
卒業式は制服で参加し、一度家に帰ってドレスアップして卒業パーティーに参加するのがこの学園の習わしです。
卒業を迎える頃には大概の生徒には婚約者がいます。
婚約者のいない独り身の生徒は肩身が狭いので、一緒にいようねって約束したのに……。
銀色の長く美しい髪に、スラリとした体型の彼女は制服を着ていても目立っていました。
そんな彼女がドレスアップをしたら、凄くゴージャスになるはずだから、絶対に目に付く筈なんですが……。
「君一人?
ねぇ、僕とダンスしない?」
「いえ、結構です」
ヴィルデを探していたら、軽薄そうな男性に声をかけられました。
「そんな釣れないこといわないで、いいじゃないか一曲ぐらい」
そっけなく断ったのですが、男性はしつこく言い寄ってきます。
「止めてください……!」
男性が私の腕を掴んで無理やりどこかに連れて行こうとしました。
「離して……!」
「汚い手で彼女に触るな!
彼女はオレのパートナーだ!」
しつこく言い寄ってきた男性の腕を、別の男性がひねり上げていました。
私を助けてくれたのは、銀色の髪にアメジストの瞳の貴公子でした。
「二度と彼女に近づくな!」
銀髪の男性がそう言うと、ナンパ男はすごすごと去って行きました。
切れ長の目、白磁のようなきめ細やかな白い肌……銀髪の彼の顔には見覚えがありました。
「ヴィルデ……なの?」
私がそう尋ねたとき、彼は息を呑む顔をしました。
でもそんなはずないわヴィルデは女の子だもの。
私ったら何を勘違いしているのかしら。
「ヴィルデのお兄さんですよね?
彼女からお話は聞いています。
危ない所を助けていただきありがとうございました」
きっと彼が以前、ヴィルデが話していた同い年のお兄さんだわ。
彼は漆黒のジュストコールを凛々しく着こなしていました。
あまりにもヴィルデにそっくりだから、彼女と見間違えてしまったわ。
ヴィルデのお兄さんだけあって、とてもスマートでかっこいい。
でも今はヴィルデに会いたい。
彼女がこの場所にいたら、きっと彼女が私の事を助けてくれたわ。
ベン様から私を守ってくれた時のように……。
「あの、ヴィルデはどこですか?
一緒ではないんですか?」
彼女はどんなドレスを着ているのかしら?
ヴィルデと一緒にドレスを選びに行ったとき、私は彼女の勧める藤色のドレスを買いました。
ですが結局彼女は何も買わなかったので、彼女が今日どんなドレスを着てくるのか知らないのです。
「ヴィルデならここにいるよ」
「えっ? どこですか?」
ヴィルデもこの会場に来ているのね。
早く会いたいわ。
「ここだよ」
私はキョロキョロと辺りを見回しました。ですが、彼女を見つけることができませんでした。
「どこにいるんですか?
私にも分かるように教えてください」
もしかして私の身長では見えない位置にいるのかしら?
「だからここだよ」
ヴィルデのお兄さんが、私の手を取りました。
この手の感触……ヴィルデにそっくり。兄妹だと手の形まで似るのかしら?
彼は私の手を掴むと、自分の胸に当てました。
「えっ……?」
「ヴィルデはここにいるよ。
オレがヴィルデだから」
ヴィルデにジュストコールを着せたら、きっと目の前の貴公子のようになることは容易に想像できました。
でも……まさか、本当に……彼がヴィルデなの……?
「オレの本当の名前はウィルフリード・ランゲ。
ランゲ公爵家の長男なんだ」
「嘘っ……!」
親友だった女の子が、男の子だったなんて……!
どう反応したら良いのかわかりません!
「ごめん、ずっと騙してて」
「何か理由があるのでしょう?」
ヴィルデは優しくてとても友達思いな子でした。
そんな彼女が……いえ彼が、女装して学園に通っていたのなら、何か深い理由があった筈です。
「怒らないの?」
「怒るというより、驚いています。
ヴィルデはとても優しくて思いやりのある人でした。
そんなあなたが嘘をつくのなら、何か特別な理由があるはずです」
彼がウィルフリード様という公爵令息だとわかったら、普通に話せなくなってしまいました。
「ありがとう。
オレの事をそんな風に思ってくれて」
彼は嬉しそうにはにかみました。
つい二時間前まで女の子だと思っていた親友が、男の子の服を着て微笑んでいる姿にときめいてしまうのは、我ながらいかがなものかと思います。
「ランゲ公爵家は昔から男子が短命だったんだ。
だから成人するまでは女性として育てる風習があるんだ。
だけどそのことは成人するまでは、人には話せなくて……」
そう言った彼の表情はとても辛そうでした。
「そういう事情があるなら仕方ありませんね」
「許してくれるの?」
「ヴィルデ……ウィルフリード様の力ではどうにもならない事情があるのはわかりました。
でも私は少し動揺してます。
だって、パジャマの話とか、好みの男性のタイプとか、ニキビの対処法とか、異性には話しづらい事を全部話してしまったから……」
ヴィルデが女の子だと思ったから話したのに、男の子だったなんて……!
「それについては、本当にごめん。
責任を取るよ」
「責任?」
「うん、メアリー。
オレと結婚してください」
彼はそう言って私の前に跪きました。
見目麗しい彼は、ただでさえ注目されていました。
そんな彼が公衆の面前でプロポーズしたのですから、当然会場は騒然となりました。
「ちょっと、待ってください!
何もそこまでして責任を取らなくてもいいですから!
それに、婚約解消した傷物の私なんか選ばなくても、眉目秀麗な公爵令息であるあなたならお相手など沢山……」
「メアリーでなければ嫌だ!
君とじゃないと結婚しない!」
「なぜそこまで私に……」
彼なら結婚相手に困らないと思うのですが……。
「本当の事を言うと……女の子として学園に通うのなんか嫌だったんだ。
回復魔法や医療が発達したのに、過去に男子が短命だったというだけで、迷信じみた仕来りに従うなんて馬鹿らしいと思ってた。
だけど家の方針には逆らえなくて……」
彼も好きで女装をしていた訳ではないのね。
「嫌嫌学園に通っていたとき、君に会ったんだ。
女子生徒に馴染めないオレに、君は笑顔で話しかけてくれた。
裁縫やお菓子作りを教えてくれた。
本当は学園に入学する前に裁縫や料理を一通り習うはずだったんだけど、オレがギリギリまで女装して入学することに反対してたから、何も覚えてなくて……だから君が教えてくれて凄く助かった」
入学したての頃、ヴィルデが裁縫や料理が下手だったのには、そんな理由があったのですね。
「オレがお弁当を忘れた時は、サンドイッチを分けてくれた。
転んで手を怪我をした時は、保健室まで連れて行って治療してくれた。
ペットのインコが死んだ時は一緒に泣いてくれた。
君には些細なことだったかもしれないけど、その全部が嬉しかったんだ」
彼の紫水晶の瞳に真っ直ぐに見つめられ、私の心臓はずっとドキドキしていました。
彼が嘘をついているようには思えません。
「だからオレと結婚してください」
「あの……私にとってあなたは、つい二時間前まで親友のヴィルデで、女の子でした……」
私の言葉を聞いて、彼は悲しげな表情をした。
お願いだからそんな泣きそうな顔をしないでください。
「だから恋とかよく……わかりません。
でも……もし、婚約解消したあと次の相手が見つからなくて、
一生独り身で過ごさなくてはならなくなって、
そんな時女の子の友達をひとり選んで一緒にいていいよって言われたら……私は迷わずヴィルデを選びます」
「それって……!」
彼は瞳を輝かせました。
「今はあなたの事を親友としてしか見れません。
それでも良ければ一緒にいていただけますか?」
「うん、いいよ!
親友からでも大歓迎だよ!!」
彼は立ち上がると、私を抱きしめてその場でくるくると回りました。
「待ってください!
私、こういう事に免疫がなくて……!」
元婚約者のベン様には、ずっと蔑ろにされてきたので、男性に抱きしめられた経験なんてないのです。
「なら、慣れて。
いっぱいスキンシップして、君に異性として意識して貰う予定だから」
私を抱きしめたまま、ウィルフリード様はそう言って破顔しました。
彼にはこれから、沢山振り回されてしまいそうです。
一年後。
彼に毎日「好き」「愛してる」「君しかいらない」「永遠に一緒にいたい」と囁かれ、ハグされたり、頬や額にキスされたりしている間に私は彼に恋していました。
というか、こんな美青年に一途に愛されて好きにならないとか無理です!
「愛してるよメアリー。
永遠に君だけを見てるよ」
「ありがとう。
私もウィルフリードが大好きよ」
私達は初めて口づけを交わしました。
◇◇◇◇◇
追伸。
アリッサ様が隣国に嫁いだ一年後。
アリッサ様の夫になった公爵令息は、無理なダイエットがたたりリバウンドしたそうです。
前より体重が増えて百キロの大台を超えたようです。
隣国の食べ物はこってりしたものばかりで、アリッサ様も三年後には旦那様のようにふくよかな体系になったそうです。
そこにはかつて「女神」とか「学園の三大美女」と呼ばれた、アリッサ様の面影はないそうです。
それからベン様は卒業と同時に侯爵家から勘当され、遠くの町に連れて行かれ強制労働させられたそうです。
三年後、ベン様はなんとか強制労働所から逃げ出し、アリッサ様を追って単身隣国に渡ったようです。
再会したアリッサ様はぷくぷくに太っていて……ベン様はショックを受けて倒れたそうです。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。