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一年後

 時の流れは早いもので、精霊界で暮らし始めてから一年が経とうとしていた。


「クオン! そっち行ったよ!」

『僕に任せろー!』


 木々の間を縫うように飛び跳ねる妖兎を、クオンが追いかける。

 狭い道では、小回りの利く妖兎のほうが有利だ。でも、クオンは風精霊の力を借りて速度を上げた。


『うおおー!』


 クオンは、ただ闇雲に走っているわけではない。

 森の中を追いかけまわし、妖兎を誘導した先には……私がいる。


「精霊魔法……」


 少し高台に上った私は、天弓を真っすぐ構えた。目を閉じ集中し、弦を引く。

 矢はいらない。弦を鳴らし、地精霊と共鳴する。


「“落石”」

「きゅん!?」


 地精霊が生み出した十個ほどの石が、妖兎に降り注いだ。直撃は少ないが足を止めることに成功する。


『アズサ、いいぞ!』


 妖兎がたたらを踏んでいる間に、クオンが追いついた。

 前足で押さえつけ、首に牙を立てる。彼の雪のように白い身体が、少し赤くなった。


『今日のご飯は豪華になりそうだな!』

「やったね。ここで血抜きしていっちゃおうか」

『うむ、お願いするのだ』


 魔物の身体は、通常の動物と大きく変わらない。ただし、血液には魔物特有の魔力が流れているので、なるべく早く血抜きする必要がある。


 近くの木に後ろ脚を上にして吊り下げた。


『アズサは精霊魔法上手くなったな!』

「そうかな? でも、まだ発動までに時間かかるんだよね……」


 この一年、クオンと一緒に生活をしながら、精霊魔法の訓練を続けていた。

 天狐曰く、霊力は多いらしいけど使い方が下手らしい。

 クオンたち精霊は息を吐くように操れるものでも、私にとっては難しい。


『そんなことないぞ。天狐様も褒めてたのだ。正直、僕よりすごくて悔しいのだ……』


 霊力が操れなくては、無位精霊がどれだけ協力してくれても精霊魔法にはならない。自然の理を利用して莫大な力を発揮する分、その元となる霊力には繊細な制御が求められるのだ。


 クオンは精霊だから制御はお手の物。でも、無位精霊との共鳴は苦手みたい。私とは逆だね。


「汚れちゃったし、ちょっと早いけど温泉行こうか」

『いいな!』


 妖兎を家に置いて、温泉に向かう。

 どういうわけか精霊界はいつも天気がいいので、ほとんど毎日入りに来ている。


「生き返る~」

『アズサは温泉好きだなー』

「クオンが教えてくれたんでしょ」


 他に人間は住んでいないから、入り放題だ。

 精霊界の温泉は少し浸かるだけで瞬く間に疲れが取れる。もう一生ここにいたい……。


 伸びをして幸せを堪能していると、じーっと私を見ているクオンと目が合った。


『アズサ、元気になったな!』

「え? あっ……」

『僕は嬉しいぞ!』


 初めて会った時、クオンに弱音を吐いたことを思い出す。そういえば、私を元気付けるために温泉に案内してくれたんだっけ。


 一年間を精霊界で過ごすうち、悲しみに暮れることも少なくなってきた。

 今でもカヤのことは毎日思い出す。でもそれは暗い感情ではなくて、大事な思い出だからだ。


「クオンのおかげだよ。いつも一緒にいてくれるから、精霊界で暮らすの楽しい」

『僕も楽しいのだ』

「領地に戻ったらきっと迷惑が掛かるし、ここにずっといようかな」


 生贄巫女なんだから、生きていることが知られたら伝統を無視したことになる。領地の人たちにとって神様に捧げられた私は、生きていてはいけない存在なんだ。


 だから私は、ここでカヤの幸せを祈りながら暮らしている。元々死ぬはずだったのだから、これでも望外の幸せだ。


『むう、アズサはもっと、正直になった方がいいと思うのだ』

「え?」

『また我慢しておる。僕にはわかるぞ!』


 クオンがちょっと怒ったように、声を荒げる。


「我慢なんてしてないよ。私は本当に、満足してるんだから」

『本当か? 前に話してくれた妹に、会いたくないのか?』

「それは、もし会えるなら会いたいけど」


 領主の言葉がフラッシュバックする。

 私が巫女の役目を投げ出せば、妹が危険に晒される。もちろん、簡単に妹を渡す気はない。でも落ちこぼれの村娘に過ぎない私が、領主に対抗できるとも思えなかった。

 だから、精霊界に居続けることが、妹を守ることに繋がる。そう信じて今日まで過ごしてきた。


「いいんだよ。こうやって精霊魔法を教えてもらったり、精霊のみんなと楽しく過ごしたり、地上にいた頃より充実しているもん」


 湯に浮かぶクオンを引き寄せて、抱きしめる。


「だから……だから……」


 妹の笑顔は、今でもはっきりと思い出せる。

 カヤは、いつでも私を無条件に慕ってくれた。大人たちに落ちこぼれの烙印を押されようと、カヤだけは私を好いてくれた。

 大好きで、大切な、私の妹。


「会いたい。うん、会いたいよ。カヤに」


 思わず涙が零れる。

 ダメだね。精霊魔法を習得しても、強くなんてなれなかったや。


『なら会いに行こう!』

「でも……」

『でもじゃないぞ! 今のアズサなら、きっと大丈夫だ! 天狐様に言いに行こう』

「今の私なら……うん」


 クオンは優しいね。

 小さな白狐の精霊は、私をいつも引っ張ってくれる。底抜けの明るさで、元気づけてくれる。


 私は深く頷いて、温泉から出た。

 風精霊にお願いして、身体を乾かす。巫女装束を来て、天狐の元へ向かった。


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