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消える流れるすり替わる  作者: 森とーま
1.消える流れるすり替わる
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赤から青へ(1)

 リン、セン、ゼンの三人が川から戻って来る頃には、日は重く垂れ込めた雲にまぎれて沈んでしまい、おまけに雨は大粒になっていた。傘を差しているセンとリンは良かったが、雨ガッパのフードのみで防水しているゼンは、寒そうだった。


「お前、お遣いか何かの途中じゃなかったのか?」センが聞いた。


「元ヤンがそんな事するかよ。いや、まあするけどね。でも、今日は別にそういうわけじゃない。気分がふさぐ時は、チャリンコ乗り回す事にしてるんさ」


「へえ。どうして気分がふさぐの?」


「そりゃセン、あんただってお年頃の少年じゃないか。恋もする、苦悩もある、大人には反抗するしね。いろいろ沈む事だってありませんか」


「ふーん。お前ってよく分かんない人だな……」


 聞いていたリンが、くつくつ笑った。


「じゃ、結局、この近くに住んでるんだね」と、センは確認した。


「そうそう。五丁目。そう言えばセンは、何処に住んでるの?」


「リンのすぐ近所。桜城町さくらじょうまち


「なんと隣の県か。あはは。家出してきたんだもんな」


「おれはそういうわけじゃない。リンが電話かけてきたから、心配で来たんだ」


 リンの親戚の家に一緒に泊まりこむ事になった経緯を説明すると、ゼンは「ははあ」と楽しそうな顔をした。「それってつまり、もしかしたら僕に会えるかも知れないってつもりもあって来たんだろ?」


「そんな暇があるつもりは無かったよ」


「でも、単に友達の妹が川に落ちたから慰めに行くなんて事で君の母さんが君の外泊を許した?」


「そりゃ、口実としては使わせてもらったさ」センは初めて少し不機嫌な顔をした。「この件に関しちゃ、悪いけどこっちのほうが立場が強い。父親と双子の兄の事をなんで黙ってたんだって少しきつく問いつめたんだ。家を出てから、電話で。リンに会いに行くついでに父親の顔も確かめてくるからって言ってやったよ」


「家を出てから許可を取ったんじゃ、ほぼ家出だな。あんまり母さんを困らせちゃいけないよ」


「困ればいいんだよ、あんな女。子供だと思って、なめやがって……」


 角を曲がると、赤波あかなみという表札の掛かった、広々とした敷地の家が見えてきた。ここがリンの母親の実家だった。リンの母親の両親と、兄夫婦が二世帯で暮らしているらしい。リンの母親はきょうだいの中でもだいぶ年の離れた下の子なので、リンのいとこ達はみんな大学生か社会人で遊び相手にはならなかった。正直、センが来てくれて皆はほっとしたのだ。もし、彼がいなければ、リンは不安と混乱をテレビでまぎらわしながら、葵の戻って来るのを待つしかなかっただろう。親戚達も気を遣い、気まずくなったに違いない。


 傘を持つセンの横顔を見上げて、リンは微笑んだ。


「何?」と振り向く。


「元気が出てきたよ」


 リンはセンとゼンに向かって言った。双子の兄弟はちょっと顔を見合わせて、よく似た笑い方をした。


 門の前まで来た。


「じゃ、僕はこれで」とゼンは片手を上げる。


「どうもありがとう」


 センは傘を彼に渡した。ゼンは受け取り、そして、視線を釘付けにした。何事かとそちらを振り返ると、駐車場に昼間見なかった赤っぽい車が入っていて、そこから誰かが降りて来た所だった。


 背の高い、浴衣の男と、猫背の小さな少年。玄関前の明かりに照らされて、その異様な姿は嫌でも目に入った。男は黒髪を腰まで届くほどに伸ばして、一つに括っている。少年は、ぼさぼさの髪にほとんど隠れた目を鋭く光らせて、松葉杖を一つ突き、右足を引きながらやって来た。


「赤波……そんな」ゼンはうわずった声でつぶやいた。


「知り合い?」とセン。


「とんでもない」ゼンの目は二人に釘付けのままだった。


ただしさんか」歩み寄ってきた男は見かけほどきつくはない、むしろ穏やかで打ち解けた声で言った。「そちらは? 友達?」


「ええ……こっちは、僕を心配して駆けつけて来たんです。こっちの人は、たまたまこの近くに住んでいて……」


「ジョーカー四世」猫背の少年がぼそりと言った。


 ゼンは自転車から降りて後ずさった。「僕は……僕は……もう帰りますんで」


「気いつけてな」と男は何の感動も無く言った。


「またね」ゼンはリンとセンに素早く告げて、がちゃがちゃと自転車に乗り込み、またたく間に去って行った。二人はぽかんと見送った。


「あれがジョーカー四世?」男もぽかんと口を開けた。「ずいぶん小心者なんやなあ」


「引退すれば、あんなもんやろ」と少年がぼそぼそ相槌を打った。


「知り合いじゃないんですか?」


 庭を横切る飛び石を伝いながら、リンは男に聞いた。


「いやあ」男は照れた感じに笑った。「職業柄、闇町に出入りするもんでね。ヤクザと間違われるんだ。俺を見て怖がってくれんのは、若い子達だけ」


「でも、髪型の問題じゃない?」リンは思わず正直に言った。


「うん」男は嬉しそうにうなずいた。「それもある」


 玄関を入ると、祖父が出迎えた。男の顔を見るなり、


「何しに来た」


 と睨み付けた。


葉月はづき姉が心配で来たんでしょうが」


 リンの母親を姉よばわりした所を見ると、どうやらこれが赤波家の末っ子、葉月の弟に当たる人物らしかった。とすると、その息子らしき猫背の少年は、リンのいとこという事になる。


 祖父は、リンとセンに笑顔を向けて「夕飯もうすぐだから」と言ってから、再び息子を睨み付けた。


「何しに来たんだ縁起わりい。とっととけえれ、てめえなんか呼んでねえ」


「ちゃんと塩ふってきたから。ここまで来て門前払いも無いだろ」


 男はずかずか下駄を脱いで上がり込んだ。少年もぼろいズックを脱いで揃える。リンとセンは突然の事に度肝を抜かれていたが、男とその父親は何事も無かったふうで、「飯あるかな」「ねえよ。帰れ」「ガソリン無い」などと言い交わしながら廊下を歩いて行った。そのすぐ後ろを少年が杖を突いて進み、さらにその後ろにセンとリンは続いた。


 突き当たりの居間の襖をぐいと開け、祖父は「葬儀屋が来たぞ」と宣言した。


「お父さん!」食卓を作っていた祖母が金切り声を上げた。「縁起でもない! あら、まさめ


「縁起でもなくて悪かったな」


 と男は毒づいてどさりと椅子に座った。どうもこの人は本当に葬儀屋らしい。闇町に出入りするというのだから、あるいは非合法な部分もある葬儀屋(葬儀までやってくれる殺し屋とか?)なのかも知れなかった。そう考えると嫌な感じがしたが、しかしリンは、目の前にいるこの叔父の姿からは不思議とそういう嫌なものを感じ取れなかった。それよりも好奇心が渦巻いている。


 が、


「葉月姉は?」


 という彼の一言で、現実に引き戻された。見回すと、父母の姿が無い。そう言えば、駐車場にリンの家の車が見当たらなかった。この状況で出掛けるべき理由ができるとすれば、それは一つしかない。


「女の子の遺体が上がったそうです」祖母が静かに言った。「葉月と正見ただみさんとで、確認に行きました」


 どう感じればいいのか、リンには分からなかった。


「そうか」と柾はしょげた顔をした。「間の悪い時に来たな……」


「馬鹿言うな。お前が来りゃ少しは慰めになる」祖父がさっきの悪口雑言を忘れたような事を言った。


 他にどうすべきかも思い付かないので、センはリンの隣に棒立ちになっていた。リンは、顔色一つ変えず、少し考えてから、


「あの……この子は?」


 と、柾の脇に立っている少年を見た。


「ああ、この子は、大介」柾が答えた。「血は繋がってないんだが、一応俺の息子」


「一応……息子?」アバウトな話だ。「養子?」


「いや。名字違うから、里子かな。ほら、ちゃんと挨拶せいよ」


 柾は少年の背中をとんと押した。が、大介はちらっと辺りをひと睨みして、非常に微かな会釈をしただけで、ぷいと父親の後ろに隠れてしまった。


「何年生?」とリンは聞いた。


「あのなあ、学校行ってへんの」柾が答えた。「十八だから、義務教育終わってるしな」


「おれより年上か。びっくりだな」センはちょっと興味を示したようで、ひょいと身をかがめて人見知りの少年をのぞき込んだ。大介は石のように頑なに顔をそむけていた。


「ジョーカー四世を、知ってるの?」センは陽気に聞いた。大介は答えない。耳が聞こえていないかのような顔だった。だが、そんな事で引き下がるセンではない。ますます面白がって質問を重ねようとするのを、リンが止めようとしたとき、部屋の隅で電話が鳴り出した。


 祖父がさっと手を伸ばして取った。おそらく、リンの両親からの最後の報告だ。居間は静まり返った。


「ああ……何?」祖父はぼそぼそと、困ったように聞き返した。「なんで? じゃ、捜索は続けてもらってるのか? うん? 変な話だな……」


 リンとセンは顔を見合わせた。皆が首をひねって、祖父を見つめた。電話を切った彼は、なんだか困惑した目でリンに向かって言った。


「葵ちゃんじゃなかったそうだ」


「本当に?」炬燵に入っていた長男の良機りょうきが立ち上がって叫んだ。


「顔つきはむくんでしまってよく分からない。ただ、上半身裸で、胸の真ん中に刺青みたいなものがあると。ジーパンを履いていて、そのポケットから見覚えの無い鍵が出てきた。だから、他人らしい」


「でも……」


「闇町が近い」祖父はちらりと柾を見てつぶやいた。「他に行方不明者の届け出が出ていないって事は……そういう事だ」


 柾が大きく溜息をついた。「闇町でな、女の子が一人、いなくなったんよ」


「そんな話やめろ」突然、大介が唸るように言った。


「やめられるか。もしハナダのボスの体だったら、俺が動かなきゃならん」


「放っとけよ」大介は先程とは打って変わってはっきりした、よく通る声で言った。「流れたのはお前の身内なんだぞ。こんな時に仕事の話なんかするな。馬鹿」


「大介」


「馬鹿野郎!」


 柾は黙り込んでしまった。


「本当に、葵じゃなかったの?」リンはひどく不安な気持ちで祖父を見た。


「刺青が入ってたんだよ」


「ただの傷かも知れない。だって、葵はジーパンを履いてたし……」


「傷ではないよ。綺麗な横文字だそうだ。H・B・L・U・Eと」


「エイチ・ブルー……」柾が口の中でつぶやいた。「ハナダ青……」


 リンは、黄色から緑へと、鮮やかな変身を遂げた小さな列車を思い浮かべた。


「……すり替わったんだ」


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