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消える流れるすり替わる  作者: 羊毛
5.ロッカーの隣人
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451は空だった(2)

 夢の中で謎が解けたような気がした。 嬉しくて目を覚ますと、喉がカラカラになっていた。リンは勢い良く飛び起きた。いつもの事だが、寝る前に掛けたはずのタオルケットは床に落ちてくしゃっとした塊になっている。敷き布団は汗を吸って重くなっているに違いなかった。今の今まで寝ていられたのが不思議なくらい、もう三十分も寝ていたら渇き死にしていたのではないかと思えるくらい、紙みたいに喉が渇いていた。リンは部屋を飛び出して階下に下りた。


「おはよう。遅かったね」母親がまた居間でコーヒーを飲みながら、ニュースを見ていた。

「え? そう?」テレビを見ると、左上に十一時二分と映っている。冷蔵庫から麦茶を出して、大きなマグカップに二杯飲んでから、リンは食卓に着いて冷めた朝食をかき込んだ。


「今朝、大介くんと話したんだよ」リンは、斜め向かいに座ってじっとテレビを凝視している母親に言った。

 母親は突然リンに目線を移した。「今朝? 何時頃?」

「三時。電話かかってきたの」

「それで、なんて?」母親は妙に真剣だった。

「何って、なんにも……元気出して、というような事でしょ」

「ああ、そう……」母親はまたテレビに目を戻し、それからリモコンを取って、テレビを消した。


 リンはパンを食べながら、方法を考え、レタスを噛みながら、犯人を考えた。そして、仕上げに牛乳を飲みながら、青の言葉と照らし合わせたりして自分の解答を検算した。すぐにセンとゼンを連れてプールに行かなければならなかった。


「ママあのね」リンは言いながら立ち上がっていた。「今日も千二くんとこ行ってくるからね」

「ああ、そう……」とまた母親は言った。「ご迷惑かけないようにね」

「はあい」


 顔を洗って、着替えをして、髪をなでつけているうちに朝食の皿を下げていない事に気付いたが、忘れる事にした。母親が気付かないうちに出掛けてしまおう。呼び止められないようにそっと玄関へ行き、靴を履いて、音を立てずに戸を開けた。それから、「行ってきます」と叫ぶなり母親の返事を待たずにバタンと戸を閉めて、路へ駆け出した。しめしめ、うまく撒いたぞ。


 センの家まではひとっ走りだった。いったんバス通りに出て横断歩道を渡り、また小さい路に入る。角を三つ曲がると、大きな門のついた、立派な生垣に囲まれた広い家が見えてくる。この辺り「高級住宅地」の敷地はどこも広いが、美生みき家はひときわ広い。家も、庭も、他の二倍はあった。要は、見れば分かるレベルの金持ちだ。ゼンが戸惑うのも当然だった。せめてうちくらいの広さだったら、ゼンだってあれほど文句は言わないんだろうに、とリンは思う。駆け込んでチャイムを鳴らし、インタホンに向かって息を切らしながら、「五雁いつかり倫志郎りんしろうです」と告げた。

「おう、リンか」インタホンに出たのはセンのようだった。「入っていいよ」


 そこで、リンは門をそっと開けて、美生家の敷地に体を滑り込ませた。そこから玄関の扉までが実際十五歩ほどあった。煉瓦の道の上を歩いていくようになっている。両側は手入れの行き届いた芝生で、スプリンクラーがシュンシュン回って水を撒いている。水滴は日差しにきらきら輝いて、虹ができていた。ここが、実は「裏庭」で、家の反対側にはもっと広い庭があったりする。


 リンが玄関に辿り着く前に、センが出てきた。

「おはようっ」

「おはよう、セン」リンはにっこりした。「僕、謎が解けたよ」

「リン――」センは愕然とした顔をした。「リン、お前――」

「どうしたの? もしかしてセンも解けてた? ねえねえ、ゼンは?」

「ゼンは――」センは、それからちょっと気を取り直したふうで、「出掛けたよ」と言った。

「え、どこに?」

風波かざなみ市に」

「え? もしかして帰っちゃったの?」

「いや。――すぐ戻るよ」


 なら、ダンと青との電話の事は彼が戻ってきてから話そうと、リンは思った。


 センはほんの一瞬、窺うようにリンの目を覗き込んでから、ポケットに手を突っ込んで、取り出したものをリンの手に握らせた。四角い、金属のプレートだった。リンは思い当たって、ぎゅっと手に力を入れた。固い。

「これが例の『いい物』? セン、見ていい?」

「いいよ」センは初めて笑った。

 リンは手の平を開けた。


 四隅に穴の開いた小さな金属板だった。くの字に隊列を組んで飛ぶ五羽の鳥のシルエットに重ねて、大きく『R』という字が浮き上がっている。金具というわけじゃないな、とリンは思った。裏には何も刻まれていない。リンは顔を上げてセンを見た。


「分かんないかな」センは笑っていた。「それ、雁なんだよ。五羽の雁。Rが倫志郎の頭文字で」

「五雁! 五雁倫志郎?」リンはもう一度プレートを見た。暑さも、スプリンクラーも、ここがセンの家だという事も自分がそこに立っているという事も、何もかもリンの頭から吹き飛んだ。

「エスターの機体に取り付けるロゴだ。Fから本土に渡る船ん中で拾って、ゼンに見せたら、エスターのロゴだって教えてくれた。お前が喜ぶと思って」

「セン、すごい! よくこんなの拾えたね!」リンはもう一度プレートを見つめ、それから大事そうに自分のポケットへ入れた。「船の中? どうしてそんなとこにあったんだろう」

「どうしてだろうな。きっとすごい偶然だよ」

「偶然、拾って……」リンは呟いて、モモの趣味と、それについて青の言った事を思い出した。「……僕が貰っていいのかなあ」

「当たり前じゃないか」センは笑い出した。

「でも、誰かが落としたものじゃないのかな」

「拾ったもん勝ちだよ。ただの飾りだし」

「――ま、そうだね」


「それより、謎が解けたんなら早く説明してよ。ねえ、プールにまた行ってみないか? 今日は、母さんに頼めば、行っていいって言ってくれると思う」

「ゼンがいないのが残念だなあ。でも、犯人を捕まえるんならぐずぐずしてられないしね」

「何、犯人も分かったのか? ちょっと待ってろ」


 センはリンを玄関先に待たせたまま家に入り、一分ほどですぐ出て来た。


「行こう。猛スピードで行こう。犯人に逃げられちゃ大変だ」

「よし、探偵団出動だね」

「リン、自転車で来たか?」

「ううん。走ってきた」

「自転車だ。一刻を争うぞ」

「よし来た隊長、逃がすもんか」

 そこでセンのこぐ自転車の後ろに、リンが乗り込み、二人乗りでリンの家まで戻った。それからリンも自分の自転車に乗って、二人は町民プールへ直行した。


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