451は開かれた(3)
「いやー、暑くて暑くて仕方なくってねー」
双子の兄弟はハーフの父親と風波人の母親を持ち、四分の一だけ白人だった。髪は金に近い淡い茶色、目はオレンジとも言えるような鮮やかな茶色。リンより三つ上だが、どちらかというと華奢で背が低い。しかし、顔つきは二人とも大人びていた。
「やっぱり南の島は気候が違うんだなーと思ってたら、今年は風波中暑いんだね。クーラー様様だよ」
「ゼン、答えになってないよ」リンは困ったように笑った。
三人は食卓について麦茶を飲んでいた。母親は買い物に行ってしまった。一日のうちで最も暑いと言われる午後二時。
「君たち、一年間帰ってこないはずだったじゃない。全寮制でしょ? Fは」
「希望者は夏休みと冬休みに帰省できるの」
「でも、希望しないはずだったでしょ? なんだかお父さんが忙しいとかで」
「うーん。それが……」
センとゼンの両親は二人が生まれてまもなく、とある事情で離婚している。以来、センは母親とその親戚に、ゼンは父親に男手一つで、育てられてきた。それが去年突然、バッタリ再会してしまった。そのきっかけを作ったのがセンの幼馴染であるリンだった。
二人の両親の関係は複雑なようだが、ともあれ不仲で離婚したわけではないらしい。センが一年制の特殊英才教育機関「F」を受験するつもりでいるのを知ると、ゼンは自分も受けたいと父親に懇願。望みはあっさり叶えられ、めでたく二人そろって入学。校舎は日本国との国境付近に浮かぶ小さな無人島の上、全寮制である。この夏、父親は仕事が忙しく家を空けがちなので、ゼンは帰省せず、センも一緒にとどまる、という予定だった。
「一言で言うと、密航してきた」センがゼンの言葉を引き継いで答えた。
「密航?」
「勝手に船に忍び込んで帰ってきちゃった」ゼンが言った。「本当は事前に許可取らないといけないんだけど、うちは親が帰省を認めてないから、申請しても許可取れないんだよ」
「その、親が帰ってくるなって言うのも、面白いねえ」リンは笑ったが、口調はやや控え目だった。
ゼンを育てた父親は、闇町という特殊な場所で働いている。息子の帰省を認めないのも、忙しいからというよりは、自分の仕事の危険からなるべく息子を遠ざけるためなのだろう、それくらいはリンにも察しがついた。
「母さんがカンカンでさ」センは麦茶をごくごくと飲み干して、自分でお替わりを注いだ。「昨日帰ってきたんだけど、昨日は一日説教だよ。ゼンと二人で。非効率だと思わないか? 双子は二人で一人なんだから、一人につき半分ずつ説教すれば足りるはずだって、おれは母親に言ったんだけど」
「そんなでたらめが通らなくて良かったよ」ゼンは大袈裟に溜め息をついた。「もしその理屈が通ってたら、今日から僕らの食事は半分だったぜ」
「そう悪い方に考えるなよ。考えてもみろ、バス料金半額、遊園地も映画館も入場料半額ならどうだ」
「センは前半、僕は後半しか見せてもらえないんだ」
「それじゃあゼンは、センの家に泊まったの?」とリンは口をはさんだ。
「うん。そうそう。しばらくはご厄介になるよ、首都の方はどうも危険らしいから」闇町は首都の中心部にある。首都風波市へは、この町からは電車で三十分ほどかかる。「僕は風波市のアパートで自炊でも良かったんだけどねえ、父親がどうしても帰ってくるな、美生家にご厄介になれってさ。で、センと並んで説教くらう。なんたって明日からの食事と寝床がかかってるからな、逆らえないだろ。何を言われたってこっちはハイ、ハイ、ハイ、ごもっともですスイマセン」
「あんなもん、聞いたフリしてりゃいいんだよ」とセン。
「そうだけどさ。君の母さんて、なんていうか、手ごわいね。ありゃ再婚したらうちの父ちゃん頭が上がらないよ」
「どうかな」
「で、まだ答えてないね」リンは食い下がった。「なんで密航までして戻って来たのか」
「うん、それはまあ……」
「ホームシック」とゼンが相棒を横目で見やってにやにや笑った。
「え? センが?」
「このお方は従姉の緋鷓さんとか言う人が好きだそうじゃないか」
「緋鷓ちゃん? へえー?」リンは目を丸くした。緋鷓はセンの三つ上の従姉で、大学生だ。センとはずっと同じ家で一緒に育ってきたので、センにしてみれば姉であり母であった。
「引っかきまわさないでくれよ」センは困ったように、怒ったように言った。「そういうんじゃないんだ……緋鷓の前で余計なこと、本当に言うなよ。あいつ気にするんだから」
「でも、僕は昨日初めて会ったけどさ、言わせてもらえば、優等生だよね」ゼンは卓上に片肘をついて身を乗り出した。「なんて言うか、内気……ってわけでもないんだろうけど、僕を見ても『あ、どうも』って言ってすぐに自分の部屋に入っちゃった。頭のいい人って、そういう人多いよね。別に性格が暗いわけでもなくってさ、ただ初対面の人とか目上の人には礼儀を守る。良く言えば真面目、悪く言えば、とっつきにくい」
「そうでもないよ。緋鷓は」センはすぐに反論した。「昨日は疲れてたんだよ」
「どうだろうね。僕はFでもずっとそれを感じてるんだ。今、この場だから言うけどさ。Fって結局、頭のいい子が集まってる。先生の授業に口を挟むような子がほとんどいない。黙って聞いてるんだ。ひどいのは、先生がクラスに話し掛けて、あいづちを求めても、ほとんどの子が反応しないってことさ。うつむいてノート取ってる。僕はああいうのは、苦手だな」
「まあ……」センはゼンとそっくり同じ姿勢(たぶん、無意識)で考え込んだ。「そういう教育を受けてきてるってことだよな。だからFの校長は逆らおうとするわけだ」
「でも、話題のディスカッション入試も、たいした効果はなかった。結局どんな形式のテストだって、頭のいい子のほうが楽にクリアするってこった。あの子達はその気になれば人前ではっきりと物を言う事もできるし、それを演じる事さえするんだ。出題者が求める通りの能力を、その場その場で柔軟に発揮できるし、演じてみせる」
「そういう君たち二人も、そこにその入試で入ったわけだろ?」リンはちょっと首を傾けて微笑んだ。
「だからさ、僕もそうだという事だ」ゼンは冗談半分なのか、またにやにや笑って、「そうだったという事だ。僕はね、中一の時、学年でトップだったぜ。あらゆる教科においてだ」
「うらやましいよ。おれは国語はだめだ」センが言った。
「僕は試験を受けてすらいない」とリン。
「おい、それはまずいぞ」
「いいんだよ。学年末でトップを取る。それで差し引きゼロ」
「お前、嫌な奴だなー!」ゼンが叫んだ。「友達いなくなるよ」
「ゼンはどうなんだよ?」
「だって僕ん所は下町だぜ。センだって国語でもトップ取れるよ。何しろクラスの四分の一は九九が言えないんだからな。その子達は、親も九九が言えないんだからな。そもそも親なんかいなかったりする。それでもちゃんと進学するか就職して、普通にまっとうに生きてるよ。おい、君たちはこういう高級住宅地に住んで、高等教育受けて、それが当たり前だと思ってるだろうが――」
「おれはそれはもう聞き飽きたよ――」
「黙って喋らせろ。何の話をしてたか忘れちゃったじゃないか」
「ゼンが優等生だったという話だったと思うけどね」とリンが言った。「求められる能力をその場その場で柔軟に発揮し、演じてみせるんだったね」
「その話はもう終わりだ。いや、その話はつまり、頭のいい子にいろいろな演技をさせてわけ分かんなくしてしまうのは教師どもだってこと。僕が今話してるのはいずれにしろ――いずれにしろFの生徒で下町育ちなのは僕一人だってことだよ。あの連中には我慢ならない、セン、お前も含めてだ、連中は下町では考えられないような恵まれた環境にいながら、それを当たり前だと思っている、あまつさえ文句をたれ甘えているんだよ、僕にはそうとしか思えない――リンもそのうち、そうなっちゃうんだろうな、寂しいことさ」
「お前、リンに八つ当たりはやめろよ」センはゼンのコップを横から取りあげて飲み干した。
「ああ! 僕の麦茶が!」
「Fに入ってから文句ばかりたれてるのはお前じゃないか」
「結局、ホームシックになったのはゼンのほうなんだね」リンはモモに出した紅茶の残りを取りに、台所へ行った。
「ところで、プール行かない?」センがリンの背中に言った。




