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消える流れるすり替わる  作者: 羊毛
5.ロッカーの隣人
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451は開かれた(2)

 リンの本名は五雁いつかりただしと言う。しかし名前を聞かれた時は、必ず「五雁いつかり倫志郎りんしろうです」と答える。それは発明家だった曾祖父の名前だった。


 今年の夏は、どうしてもやりたい事があった。倫志郎の設計した超小型滑空機の五分の一模型の製作だ。現在、闇町やみまち近辺で飛び回っている、世界最小の滑空機「エスター」の元型となった設計図が、この春ついに手に入ったのだ。もうその日からというもの、工作以外の事をする時間が惜しくてたまらなかった。去年の一件があって以来、親や教師が甘くなったのをいい事に、学校を休みまくり、部屋に引きこもって朝から晩まで図面と向かい合った。夏休みをまるまる使えばかなり精巧な模型が作れるはずだとリンは踏んだ。この際だから大きいのを作って、実際に飛ばしてみたいものだ。問題はお金だけである。


 こうして夏休みに入ってしまっても、まだ材料が集まっていない。五分の一模型というと、翼の端から端までが1.2メートルほどになる。翼の部分には曲げる、ねじるなどの繊細な加工が必要なため、間に合わせのベニヤ板では済まされない。熱可塑性のプラスチック板を使う事になるだろう。これをホームセンターで買ってしまうと、手元には一銭も残らない。既にリンは今年の分の小遣いを全て前借りし尽くしていた。こうなったら正月のお年玉まで前倒ししてもらおうか、どうしようか、真剣に検討中だ。モモからもらった金具を加えても、とても充分とは言えなかった。


「だいたい世の中が間違ってる」リンはモモから貰った金具の内訳を記録しながら、思わずぶつぶつ言った。「教育庁は未来の科学者を育成するためにこうした子供達を支援すべきだよ。そもそも僕の貰っている小遣いは平均的な中学生の貰う小遣いよりかなり少ないと思う」


 扇風機がブンブンブンブンと合づちを打った。汗が流れ落ちるので、リンはまた手ぬぐいを頭に巻いていた。鉛筆を持った右手にはハンカチを巻き付けて、手の汗で紙を汚さないようにしている。三日前に思いついた生活の知恵だった。大元となる倫志郎の設計図の拡大コピーは、透明なプラスチックカバーに入れて保護してある。もうその図面は目を閉じれば隅から隅まで思い浮かぶほどである。


 部屋はまたも締め切られていたが、またも階下でチャイムが鳴ったので、リンは窓とドアを開け、手ぬぐいとハンカチをとり、髪にクシを入れ、クシを隠し。たぶん大丈夫だとは思うが、もし吉井モモがまた来たのだったら困る。モモはリンの出迎えを待たずに勝手に二階まで上がってくるからだ。


「ただしー。あんたにお客さん」玄関から母親が呼んだ。

「誰? モモちゃん?」リンは怒鳴り返した。

「いいから下りて来なさあい」

「何の事だろう」とリンは呟いて、扇風機のスイッチを切った。下りて行かなきゃいけないような来客となると、吉井モモではなさそうだ。ひょっとして学校の担任? そんなんだったら悪夢だ。


 リンは用心深く部屋を出て、階段を降りて行った。


「部屋にこもりっきりなのよ」母親が来客の誰かに告げるのが聞こえた。

 どうも先生相手という感じじゃないな、とリンが思った時、その来客が言った。

「はあ。引きこもりですか」

「いや、リンは元からなんだ。また工作でしょう」


 リンの胸はぽんと跳ね上がった。階段の残りの二段をすっ飛ばし、廊下をドタバタ鳴らして玄関に駆け付けた。


「おい、なんで戻って来てるんだよ?」

「よう、リン」

「久しぶり」

 うり二つの双子の兄弟が、片方はにやにや、片方はにこにこして立っていた。


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