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消える流れるすり替わる  作者: 森とーま
4.氷の目隠し【過去篇】
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残骸のある風景(3)

「あたしはあいつに我慢ならないんですよ」朝月あさつきはしばらく躊躇してから、思い切ったように言った。

「幸いなのは、向こうもそう思い始めたという事だ」黒猫は慌てもせず言った。


 二人は部屋に付いている小さなベランダに出ていた。吐く息が、凍るようだ。真下には、杉の林。その向こうに、ひとけの無いゲレンデが見える。外灯がぽつりぽつりと灯っている。防犯のためだろうか。


「お前と千種ちぐさは、袂を分かつべきだ。今がその時機だ。今までは、お前が嫌でも、千種がお前を必要としていた。あの子はお前に甘えていたよ。だから、お前には少し、我慢してもらった。でも、あの子はこの一年で変わったみたいだ。大きくなったよ」

「あたしを妖自連から外して下さい」

「妖自連は団体じゃない」黒猫は軽く首を振った。「同盟だよ。俺の誓いだ。一生、俺はお前達を俺の弟と妹として、守っていくという、その誓いだよ」

「あたしにはそれが重いの。たぶん、千種も。議長は無理をしてるように見える」

「無理だとも」黒猫はにやにや笑った。「まったく、無理で無理で、大変で、困るんだよ」

「もう、建て前は終わりにしましょう。お互いに重荷になるだけ。こんな同盟は解散して、忘れましょう」

「悲しいこと、言うなよな」黒猫は上を向いて、白い息を高く、吐き出した。「俺はなあ、朝月。俺は寂しがり屋なんだよ。もう少しそばに居てくれ。お願いだよ」

「絵馬が居れば、いいじゃないですか」

「寂しいよ」黒猫は目を細めた。「不安じゃないか。他に誰もいないんだぜ。世間広しと言えども、俺達みたいなのはたったの八人だぜ。え? いないのと同じだよ、八人なんて」


 寒さが、忍び寄ってくる。月は高く、白い。風は無い。林には濃く、深い、闇がひそんでいた。見詰めていると、少し怖くなった。


「千種はもうお前を必要としてない。考えてみりゃ、寂しくならないか?」

「せいせいしますよ」

慕子もこも、まもなくお前を必要としなくなる」

「どうでもいい事です。自然な事でしょう。あたしは千種とは違うよ、議長」

「そう」黒猫は背を向けて、手すりに両腕をかけて乗り出した。「ならば俺は――いや、いいんだ」

 朝月は溜め息をついた。「議長、私はね――」

「メエイシイボウ、アイアイラムオウ――」

「議長。真面目になれないの? 私は、心配なんです。今の妖自連は、同盟なんかじゃない、馴れ合いですよ。議長がいなくなったら、千種や慕子はどうなります? 玲磨だって切真だって、議長に甘えっきりです。岸もきっと同じ。この状態で、もし議長がいなくなったら、あたし達みんな、もうどうしようもないんですよ」

「だから俺はいなくなれないのさ」

「そうじゃないでしょう? 議長、そうじゃないでしょう? 馴れ合いをやめるべきです。妖自連を一度解散するべきです。もしそれができないなら、あたし一人を妖自連から外して下さい。議長がいると一番駄目になっていくのはきっと、あたしだから――」朝月は涙ぐんだ。


「朝月」黒猫は顔をあげて振り返った。彼は袖に引っ込めていた両手を出して、朝月の指の無い、冷たい小さな両手を包んだ。「悪かった。朝月。俺が間違っていた。今からでも変えられるところがあれば、言ってくれ。必ずその通りにするよ」大きな黒い瞳が真剣なので、朝月は目が逸らせなかった。


「たぶん、もう無い」朝月は蚊の鳴くように言った。

「すまんよ」黒猫は朝月の手に息を吹きかけるように、少し俯いた。「気付かなかった。何年も前から――俺はやっぱり、馬鹿なんだ」

「議長のせいじゃない。きっと私が、駄目なんだ」

「すまん」

 黒猫はちょっと目を閉じ、それから手を放して、また手すりにもたれかかった。


 やがて顔を少し上向けて、自作の「妖怪語」で単調な歌を歌い出した。低く、呟くように、その声はいつの間にか吹き出した弱い風にもぎ取られて、暗い林の上へ流れて行った。


 体がずんと冷えた気がして、朝月は部屋に入ろうとした。


 黒猫はふっと歌いやめて、「明日まで、時間をくれ」と言った。


 朝月は無言で明るい蛍光灯に照らされた部屋に入った。玲磨が同じ位置に寝転んでいた。千種と慕子と岸と切真が、テレビを見ていた。絵馬はまた押し入れの中だろう。


「早く閉めて」玲磨が短く言った。

 黒猫をベランダに残して、硝子戸は閉まる。そして、黒猫が言うような「明日」は、ついに来なかったのだ。


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