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消える流れるすり替わる  作者: 森とーま
3.辿れない糸口
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離陸は夕方(1)

 空港のアナウンスって独特だ、と青は思う。まあ、地下鉄やバスのアナウンスだってそれぞれに個性溢れてはいるけど。観光客も仕事人も、行く人も帰る人も、お土産を探す人も迷子になる人も飛行機を見に来ただけの人も、皆同じ所をすれ違って行く、せわしなさ。どこか乾いていて、どこか浮ついていて、頭上を流れる気取ったアナウンス。こういう場所も、好きだ。やはり孤独を楽しめる。


 そこの売店で買った楽しそうな本を開く。柔らかな長椅子の隅に腰を下ろし、テレビから流れてくるニュースキャスターの声を聞きながら、文章を目で撫でていく。文節、単語、その意味。瞬時に取り込み、飲み込んでいく、この作業は面白いが、少し疲れる。五分ほど続けると集中力が落ち、単語が頭に入って来なくなる。そこで、普通の速さの読書に切り替える。しばらくするとまた飽きてきて、どんどん回転数を上げていく。その繰り返しだ。


 半分くらい読み進めた所で、ふと時計を見た。いかん、このペースだと一冊読み切ってもまだ時間が余ってしまう。もう一冊買うかそれとも更に読む速度を落とすか。思案している所へ、少年が一人現われた。


「座ってもいいかな、ここ」薄く笑んで青の隣を指差す、ちょっとキザな仕草。それがよく似合う癖のない顔立ちだ。


「わざわざ見送りに?」青は本を閉じた。

「それもあるね」リンはやはり気取った様子で腰を下ろし、しなやかな長い足を組む。

「その他には?」

「ちょっとお礼を言いに。綺麗に解決してくれたからさ」

「その他にもあるね」

「もちろん、謎解きを聞きにね」

「謎解きねえ」青はにやにや笑った。「手品のタネ明かしは、しないものだよ」

「だけど、今後の参考にしたいね。君がどうやって、いつの時点で、僕と犯人との繋がりを見抜いていたのか」


「見抜いてなんかないよ……予測はしてたけどね。昨日の朝、真っ先に物色したのが二階のノンフィクションのコーナーだった。そこで偶然、君が偽名として名乗りたいほど尊敬しているひいお爺さん、五雁いつかり倫志郎りんしろうの名前を見付けた。独学で様々な飛行機を研究し、小型滑空機の元型を発明した伝説の人だね。君が彼に傾倒しているのなら、君はその分野に興味があるはずだし、その基礎となる物理、力学の本も多少は読むか読もうとするかしているはずだ。だから、破られた物理の本を、リンが借りていたか借りようとしていたか借りたことがあったという可能性は、低くない。その上第一発見者だ。私はまずリンを疑った」


 リンは熱心に聞いていた。


「疑わしい行動は沢山していた。まず、事件に興味を示さないふりをした。本を借りに来たと言うくせに本を入れる鞄を持って来てない。いつまでも本を借りず、図書館内をうろついている。これは間違いなく犯人だな、と思ったので、昼食に誘い、はったりをかけた。ところが、反応が無い」


「待て。その時点では僕一人を疑ってたのか?」

「もちろん、共犯者がいるかも知れないとは思っていた。だけどリンの共犯になる人物を私が知ってるはずもないし」

「僕に対するはったりだったの?」

「そうだよ」

「あの会話を真犯人に聞かれていた事には、気付いてなかったんだね?」

「へ?」青は素っ頓狂な声をあげた。「真犯人って言うと……チーム・ホワイト、城文字じょうもんじ奈香なかに?」

「あの時、僕の携帯と奈香の携帯が通話中だったんだ。拾える音の範囲を最大に設定して、奈香にあの会話を盗聴させてたんだよ。てっきり気付いてたんだとばかり」

「へえー! ふうんー!」青はにやにやした。「だから、『名探偵気取り』か。気付かなかったなあ! なるほどなるほど」


 リンは呆れた顔をした。「じゃあ、あれ、適当に言ってたの? 犯人がこの会話を聞いてるとかなんとかって」


「うん、あてずっぽうだよ。リンの反応が見たかっただけだから。で、反応無しなんで、リンは犯人じゃなさそうだ。困ったなあ、一体誰なんだろう。しかもリンの怪しさはますます極まる。誰が見たってノンフィクションのはずの被害本を、第一発見者ともあろう人が、どうしてノンフィクションと分かるのか、なんてとぼけるのは怪しい。いくら粉々に千切れてたからって、ファンタジーノベルと見間違うはずがないね。なのに、分からないふりをしたのは、本当はリンがその本をよく知っていて、それを隠すために過剰な反応をしたんじゃないか? リンはあの本を読んだ事があるんじゃないか? だから、エレベータの中で紙袋を見付けた時、中身を見てどきっとして、確かめるか何かしようとして持ち上げてしまい、第一発見者になってしまったのではないか? それに、事件に興味が無いとか言っときながら、結局午後になっても私に付きまとっている、これも怪しい。リンは犯人じゃないかも知れない。しかしこの事件、特にあの本と、強い関わりを持っている。もしかしたら犯人をかばおうとしてるんじゃないか……そんな所へ、第二の事件が発生した」


 青は言葉を切って少し考えた。


「連続殺本事件と思うのが普通だろう?」と青は言い訳するような口調で言った。「まさか、これが、第一の事件を受けて行われた反撃だったとは……。チーム・チェリーの連中言わく、本をちぎらずに刃物で切断した事、複雑なトリックを使った事、犯行声明を雑な字で書いた事、などによってホワイトとの違いを強調したつもりだそうだ。彼女達の思想では、ちぎるより切る方が文明的なのだそうだ。理解しかねるね。レタスより千切りキャベツの方が文明的って事かな? まあいいさ。私はとかくこれをリンの同級生やその周辺による悪ふざけと考えた。リンに対するいじわるか、あるいはテロか、あるいはその二つの複合か。これはまずい。ここで大人に出て来られては困る。リンを問い詰め、三十分時間を空けた間に証拠の隠滅を行った」

「え? 何?」

「証拠隠滅。図書館側に出て来られては困る。目撃者の口を封じ、被害本の出所を伏せる。前者については、唯一の重要な目撃者となり得る中庭のママ達にインタビューした所、彼女達は何も目撃していなかったので、それで良し。後者は際どかった。図書館職員が想像以上に馬鹿で助かったが。第二の被害本、光の魔法夢学園の一巻は、結局図書館の蔵書だった。おそらく図書館側は第二の事件が起こってすぐに、貸出状況を記録しているコンピュータを検索し、この本が貸し出されていない事を確かめた。そして、もしかしたら下っ端の職員を三階に行かせて本が無事である事を確かめさせたかも知れない。しかしその職員は馬鹿だったので、あるいはやる気が無かったので、本の表紙だけ見て帰った。本当は、一巻のカバーの中身は二巻だった。図書館側が事前に予測しておいて然るべきトリックだった。犯人は、チーム・チェリーだが、その内の一人がカウンタからの死角をいい事に、一巻のカバーを二巻に、二巻のカバーを一巻に付け替えて、そして堂々と二巻のカバーが付いた一巻を借り出したんだ。本の識別チップは、カバーに付いているんだからね。皆はそれで本を識別したつもりでいるけれど、本当はカバーを識別しているんだ。そんな事くらい、図書館側は自覚しているべきだろう。あの、対応の遅さには驚いた。しかしまあ、おかげでこちらが先に行動する事ができた。私は一巻のカバーが付いている二巻を盗み、第二の被害本が図書館の蔵書であったという証拠、並びに犯人が夢学園の二巻を借りた人物であるという証拠を、隠滅したのだ。どうやって盗んだのかなんて聞かないように」

「どうやって盗んだの?」リンは逆らって質問した。

「普通にね、識別チップをシールごと剥がして、持ち去った。第三の事件で、チーム・ホワイトも同じ手を使ったね。チーム・チェリーさんはややこしい事するのがお好きなようで、図書館の仕組みを逆手に取った面白いトリックを使ったけど、足が付くばかりでほとんど意味は無いね。とかくそういう風にして、僕はリンの所へ戻った。だが、リンはなぜか反抗を示す。米山よねやま亜子あこと同じクラスになった事がない。大嘘で今年同じクラス。竹高たけたか満次まんじとずっと同じクラスだ。大嘘で今年初めて同じクラス。亜子と満次は友達でない。大嘘で二人は共にチーム・チェリー。紙束を切断する機械を見た事がないというのが本当だったかも知れないにしろ、春開きで校舎に入れないというのも嘘。とにかくかばって、かばって、かばった。私はある程度目付きで相手が嘘をついているかどうか見抜けるんでね、リンが犯人をかばっているのは一目瞭然だ。この時点ではまだ、犯人は一種類で、リンを巻き込んでテロをしているのだろうという程度の予想しか立てていなかった。それを想定して私は犯人を大人からかばおうとし、吊るすつもりはないと宣言し、かなりきつい態度でリンを追い詰めて口を割らせようとしたつもりだ。なのに、なぜ? リンは俺が怖くないのか? 大人に言いつけないと宣言したのを信じてないのか? リンはただ巻き込まれただけの被害者ではないのか? ひょっとすると、リンは犯人グループから重度のいじめを受けているのではないか。精神的に追い詰められ、報復を恐れて、この高瀬青にすら真実を白状できないほど?」

「考えすぎなんだよ」リンは吹き出した。


「考えすぎではない。君の態度と事件の状況を考え合わせれば自然な思考だね。一体どうしてリンくんはクラスメイトをかばったのかい。この際参考に聞いときたいね」

「青さんがテロを想定してたからだよ。なんか青さん偉そうな事言ってたじゃない。大人への不信感から起こした事件を、大人が頭ごなしに叱ったら解決にならない、みたいな事。でも、僕はこの事件がそんな素晴らしい動機じゃなくて、女子中学生の小競り合いから始まったものだって事を知ってたから、それを知ったら青さんがきっと怒り狂ってしまうだろうと思って、かばうというより妨害したんだよ。とにかく、犯人を特定するような要素をできる限り取り払った。チーム・チェリーとチーム・ホワイトそれぞれに電話してこれ以上の事はしないように、今僕のそばにすご腕の本好きの名探偵がいて、怒り狂っているから、決して明日図書館に来ないようにと、なるべく説得した。結局どっちも僕の忠告を無視してくれたけど……」

「すご腕の本好きの怒り狂った名探偵」青はにやにやした。「結局リンは、今回の事件で、ひたすら説得役を演じたんだね。第一の事件で、本の題と著者名を隠したのは、リンだね?」

「ああ、やっぱ気付かれてた?」

「何もかも終わった後で、そう言えばその可能性もある、と考えただけだよ。君が鞄一つ持たずに図書館へ来たのは、借りるためでも返すためでもない」

「本を紛失した事を謝るためだ」リンは自分で引き継いだ。「本当に自分の不注意でなくしたんだと思ってた。昨日が返却期限だった。だけど、エレベータに乗ったら、紙袋の中にその本が粉々になって入ってて、青の言う通り、とっさに持ち去って隠そうと思って、持ち上げた。二階の貸出カウンタに行くはずだったんだけど、中身が飛び散ってびっくりしたので二階ですぐに扉を閉めた。それから三階まで上がる間に表紙と、カバーと、最終ページと、目次のページを拾ってポケットに……それこそ際どかった」

「だから三階に着いた時かがんでたんだね。リンはとっても焦った顔をしていた」

「うん。見計らったようなタイミングで登場するんで、心臓が止まるかと思ったよ。チーム・チェリーの嫌がらせだろうと思ってチェリーに電話したんだけど、うちじゃないとか怒られてさ。ホワイトに電話した。とにかく馬鹿な事してくれたって言ってやった。青さん泣きかけててかなり危険だったし。青の力量を奈香に思い知らせて、これ以上馬鹿な事をしないように説得するつもりで、昼食以降の会話を携帯で奈香に聞かせてたんだけど、青はそれをまるで見透かしてるような口ぶりだった。もう汗がだらだらだね。そこまでしたにも関わらず、第二の事件だろ。これはチェリーの犯行なんだと言う。その頃には第一の事件の本が僕の借りてた本だって事が図書館の人たちにばれててさ、それで僕は疑われたってわけ。で、毛糸を回収して事務室に持ってく時に、その事を黙ってたのを謝って、知らないうちにあの本を盗まれてた、僕は何も知りません、と言い通して来たんだけど、信じてくれたかどうかね。その後で青の尋問だ。さっきも言った通り、動機が馬鹿馬鹿しすぎるのでかばうしかなかった。青は結局、動機が何だったかヨアから聞いたの? どんな気分だった?」

「単に呆れた」青は息を吐き出した。「結局、リンが協力してくれないので、ヨアさんを取っつかまえて尋問……そうこうするうちに第三の事件。もう、ほんと頭に来たんで、ヨアさんを闇町式に脅迫して無理やり加奈川規真と城文字奈香を呼び出させた。で、二人の言い分を聞いて、ようやく事件のあらましが分かったわけだよ」

「その闇町式の脅迫ってのが気になるけど……まあ聞かないでおこう。事件のあらましは?」

「事件自体は、チーム・ホワイトがリンの借りてた本をちぎって宣戦布告、それを受けてチーム・チェリーも宣戦布告、それをまた受けてチーム・ホワイトが反撃、という本破壊合戦だ。これだけだとまるでチーム・ホワイトがリンをいじめて、チェリーがそれに対して報復したみたいに思えるが、しかし事実は丸逆。リンに嫌がらせをしようと思ったチーム・チェリーが、リンの借りた本を持ち出したんだ。それを見とがめたホワイトの連中と本を掴んで争っているうちに、本が破れてしまった。チェリーは、お前が破ったんだやーいとか何とか言って逃げ去った。腹を立てたホワイトは、逆転の発想で、その本をさらに細かく破って図書館にばらまく事にした。嫌な逆転だね。そういうやり方でチェリーを困らせようとしたんだ。と言うわけで、元はと言えばチェリーがリンの荷物をいじったのが悪かった。しかしチェリーには言い分がある。その前の週にホワイトが、チェリーのメンバの一人である竹高たけたか満次まんじの荷物を同じようにいじってたんだ。だから、チェリーはその仕返しに、ホワイトのお気に入りであるリンの荷物に悪戯をしようと思ったんだな。なんかもともとチーム・ホワイトってのはリンのファンクラブに近いものらしい。じゃ、満次の荷物をいじったホワイトが悪いのか。ホワイトにも言い分がある。その前にチーム・チェリーが、五雁いつかりただしは妹を殺したと皆に触れ回ったのだ。だが、それだって理由が無かったわけじゃない。その以前にホワイトが人気投票をしてリンが一位になった。それで止めときゃいいのに、不人気投票もやって満次が一位になった。それを、よせばいいのに学年中の黒板に書いて回ったという話だ。しかしこれにも理由がある。その前の日に、チーム・チェリーが四人総出で奈香の新しい靴を『腐ったキュウリ色』とけなしたそうだ。しかしそれにも理由の理由があるわけで、その三日前だかに城文字奈香が加奈川規真のワンピースにわざとシチューをぶっ掛けた。しかしそれにももちろん理由の理由の理由が……この先は聞き流した」

「賢明な判断だと思うよ」

「まったくだ。あんな連中に振り回されて、君もさぞかし辛かろう」

「辛くはないさ……」リンは大人びた笑顔を見せた。「楽しい人達だと思うよ。ホワイトもチェリーも。僕はどっちも嫌いになれないな」

「幸せな事だね。人を嫌いになれないなんて、言葉にすると不幸っぽいけど、やはり現実問題として、幸せだと思うよ」


「別に誰の事も嫌いになれないわけじゃないよ。僕はそういう人間ではない」

「しかし、妹殺しだと言われたくらいでは、もともと好きだったものを覆されないわけだ」

「連中は知らないで言ってるんだ。知ってたら言わないさ」リンは微かに顔をしかめるような様子をして、生真面目な目で言った。「意味を知ってて言うような連中じゃない。それが分かってるから、やっぱり嫌いにはなれない」

「それが君の優しさだ」青は素っ気無く言った。「その優しさゆえ、その幸せ。メ・アウユウエナ・ロウ・メ・サムロ」

「何?」

「妖怪語」青は立ち上がった。

「妖怪語だって?」

「昔の同志に妖怪語という物を作った奴がいてね……」青は荷物を取って、歩き出す。

「何? もう離陸?」リンは並んだ。

「離陸はまだだけど、そろそろ出国手続きを」

「まだ聞いてない事があるんだ」

「じゃ、ゆっくり歩きながら答えよう」

「青は……」リンは彼女の横顔を一瞬じっと見上げて、すぐ目を逸らした。「……どうやって、事件を終わらせた?」

「今、違う事を聞こうとしてて途中で切り替えたね。まあいい。終了の方法ね。それはまあ、被害に遭った三つの本を新しく買って、図書館に寄付した。第一の被害本なんていわゆる専門書だったから、探すのに苦労したよ。証拠隠滅の為に盗んだ本も、ちゃんと謝って返した。それから、この事件を忘れ去って手を引いてもらう料金として三万円分のカードを作って寄付した。これもシャバの作法が分からなくて結構苦労したんだ、銀行に行って手続きを踏むのに未成年じゃ駄目だと言われるし……闇町みたいにゲンキンというものがあった方が便利だよ。未成年だろうが泥棒だろうがその『物体』を持っていれば所有している事になるし、手から手へ渡すだけで引き渡しが成立するんだ、昔はどの国でもそうだった」

「随分な昔だね」

「そんなふうに苦労した割に、図書館長に渡したら金額が少ないって顔をされたね。十万円が妥当かと思ったけど、あまり桁が多いと信憑性が無いと思って、ギリギリの境界を選んだのに」

「いっそ三百円にすれば信憑性があったんじゃない?」

「いっそ百万円にしてギョッとさせるべきだったか」


「どうして、むきになって事件を終わらせようとした?」リンは体に力を込めて、ちょっと俯いて尋ねた。

「そっちが本命の質問だね。……そうだねえ、リン。本を破られるのが嫌だったのも本当だ。けど、リンが心配だったというのも本当だ。巻き込まれて、あたふたして取りあえずかばってるだけなら別にいいけど、もし、それだけじゃなかったら……大人が割って入って、ますますこじらせてリンを傷付けたりしないかどうか……私なりの余計なお世話というやつだな」

「そんな事ないよ」リンは少し笑った。「変な事言うんだね。僕は感謝してるよ。それが青の、優しさなんだね」

「いや、優しさって感じじゃないね……私はしたいようにしてるだけだからな。そういう意味では、自分の事しか考えてない。特に最初の辺りは。やっぱり落ち着きを取り戻したのは大介が到着してからか」

「ダンが好きなんだね」

「ああ」青は二文字で済ませた。


「ダンは優しいしね」リンはなおも絡んだ。

「優しい奴はいくらでもいる。でも、強い奴はなかなかいない」青はきっぱりと言った。「あいつは辛い思いも沢山してるだろうけど、それに潰されないで、それなりに楽しく生き延びようっていう強さがあるから。あんま笑わないけど、案外冗談が好きだよね。そういう強さを見てると、ちょっとほっとするんだ」

「どれくらい好き?」

「世界で一番だ」青は迷わなかった。


 リンは微笑んだ。

 世界が違って見えないか。乾いて浮ついた人込みも、それを眺めて孤独でいる自分も、その外側も内側も、隣に一人、誰かがいるだけで、違って見えないか。

「リンも好きだよ」青は言った。「残念ながらダンほどというわけには行かないが。友達になれて良かったという事だ。私がこんな事言うのって、超レアだから、覚えとくとプレミアが付くに違いない」

「うん、それは勿論、覚えておこう」リンはなぜか重々しく言った。


 二人は明日会う予定があるかのような軽い挨拶を交わして、そのまま別れた。でも、青は、二度とこの友人に会えないと知っていたし、リンもまた、うっすらと感じていたはずだった。


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