青から赤へ(1)
格別嫌になったってわけではない。ただ、失ってもいいと思える程度の生活だっただけだ。闇町なんて場所では、せいぜいがその程度しか望めまい。死ぬほど辛くない限り、それは幸福と言うべきだ。むしろ、幸運か。
積み重ねてきたものがある。信頼と情熱と、目標がある。だが、そんなものの為に生きていたわけじゃない。自分は、自分というものを、その生き様を世界に描いていく為にだけ、生きるのだ。目標を掲げて情熱を傾けるのも自分なら、それを放り出して変身を望むのも自分だ。俺の人生だ。誰のものでもない。まして、積み重ねてきたものとか目標とか、そういう実体の分からないものに支配されるものではない。自分は自分。俺はハナダ青。ハナダを抜けたから、もうただの青だ。
好きな奴がいる。
生きている事に生きているという以上の意味が無いように、好きだという事にもそれ以上の意味は無いのかも知れない。理屈を探そうとしてみても、それは決して上手く行かない。好きだという事は確かに感じられる、でも、見つめようとすればそれは逃げ水のようにするりとこちらをあしらい、ぼやけてしまうのだ。
馬鹿みたいな話だ、と、青は小さな公園の、小さなあずまやの屋根の上で寝返りをうった。今日はやけに空が高い。青だ。透き通るような、深い、深い、青だ。吸い込まれて行きそうだ、高く、高く。風に乗せて、少年の吹く横笛の素朴な音色が届く。阿成大介が、笛を吹いている。幸せだ。幸せすぎる。そして、とてつもなく馬鹿みたいだ。
こうやって寝そべってこの音を楽しみたいという理由で、あんな巨大な組織を一つ投げ打ってきたのだ。まるで取り替えようもない異質なものを、無理矢理取り替えた。バナナでラジコンを買ったような感じ。いくらそれが等価値だったとしても、あまりにもちぐはぐではないか。
ああ、でも別に、今はそんな事はどうでもいい。もう一つ寝返りをうって見下ろせば、すぐそこのブランコに腰掛けて、おざなりに揺すりながら、阿成大介が笛を吹いている。隣のブランコには色白のガキが、向かい合う位置の手すりにはどっかで見た不良少年と、その双子の合方らしき少年が座っているが、こいつらに用は無い。
大介。いい響き。射的の名手で、スリのエキスパート。どちらも褒められた特技じゃないが、本当にうっとりするような神技なのだ。赤波柾の里子で、超人見知り。この夏で十八歳。しかし、体が小さい所為か、もっと幼く見える。
赤波書房は闇町で出る死体の回収処理を引き受けている小さい会社だ。何やら野心があるらしく、社長の柾とは何度か揉め事もあった。そうして、話をつける為に会談の席を設けると、必ず柾はこの小さなびっこの少年を連れて来た。初めは何のつもりなのか分かりかねたが、何度もそれが重なると、自然に彼が柾のパートナーである事が読み取れた。
ただ、羨ましいのだと思った。自分と変わらない年頃の少年が、同じ町に住んで、一方の青が孤立無援で闘っている時に、彼は養父と組んで支え合い、上手くやっている。それが羨ましいのだと思った。あるいは、初めは本当にそうだったのかも知れない。けれどもいつの間にか、その気持ちは別なものへと変わってしまった。
いろいろな噂を聞いた。柾と大介の関係がどういうものなのか、本当のところ青には分からない。暴力があったと聞く。二人はうわべは親子だが、腹の中では煮えくり返るほど憎み合っているとも聞く。そうと言われれば、そういう風にも見えた。彼らの表情には常に何かが影を落としていた。二人の目には疲れが見え、絶望が見えた。嫌悪が見え、罪悪が見えた。決して美しくはない。幸せそうにも見えない。なのに、二人の佇まい、些細な遣り取りから分かる絆、そういうものを感じ取れるひとときが好きだった。何故だか分からない。ただ好きだった。
静かに見つめていると、二人がそれぞれに持っている雰囲気が分かる。気を付けて見ていると分かるのは、大介の方が保護者役だという事だ。見かけよりずっと脆い柾を、そばで大介がしっかりと支えている。さりげなく、しかし確実に。
仕事に私情を持ち込む余裕は無かった。必要がある時、あとは偶然、数回言葉を交わしたきり。しかも、その内容は到って事務的で、色も何も無いものであった。青はそれだけでも充分満足していた。だが、継優から例のプロポーズがあった時、とっさに大介の事が頭をよぎったのも事実だ。完全に足を洗う事ができれば、しがらみに囚われずに彼をつけ回す事ができるかも知れない。いい趣味とは言えないが、ハナダのボスがやるんならともかく、単なる十五歳の自意識過剰で夢見がちな少女のやる事なら、罪も無いだろう。
そういう、つまりは途轍もなく不純な動機で青はハナダを切り捨て、ここに寝転んでいるのである。
うん、人間はいい加減でなおかつ罪深い生き物だ。自分の悪い所はなんでも人類全体の欠点にしておくに限る。責任逃れの基本である。俺が嘘つきなのは人間だから仕方無い。俺が身勝手なのも人間だから仕方ない。ああ可哀相に、北泉。
ふと気付くと、いつの間にか笛の音が止んでいる。四人の少年はぽつりぽつりと何やら話し合っていた。
「手品があるんだよ」大介の隣でブランコを漕いでいる、色白のがそう言った。「ラップとかトイレットペーパーの芯みたいな物を出してくるんだ。もちろん、中をのぞくと空っぽで、向こう側が見える。そこに、赤い小さなボールを入れる。ころころと転がって、反対側から出てきた時には青くなっている。また今度青いのを筒に通すと、赤くなって出てくる。何度でも繰り返せるのさ。ただし、何度も繰り返すとタネが割れるから、普通は一往復くらいで止めるんだけどね」
「タネがあるわけだ」と、双子のうち金髪の方が言った。
「そう。簡単な事だ。分かる?」色白は大介に水を向ける。
「筒じゃないって事」と大介は短く言った。
「ふうん?」色白は気障ったらしく顎を上げてうながす。
「だから……」大介は面倒くさそうに、もぞもぞと言った。「……筒に見えるけど、本当は真ん中に透明な仕切りがあって、ボールが通り抜けられないようになっている。当たり前のトリックだ」
「そう。赤いボールは仕切りの所で止まってしまう。で、あらかじめ手の中に持っていた青いボールを、さも反対側に出てきたかのように見せればいい。筒を逆向きに傾ければ、青いボールが仕切りに突っ掛かって赤いボールが逆から出てくる。これがトンネルのすり替えマジックの基本だと、僕は思うね。この手品で注意しなければいけないのは、ボールが仕切りにぶつかって音を立てたりしないように気をつける事。そして、手品が終わったらすぐに筒を片付ける事だ。中をのぞかれたら、お終いだ」
「何が言いたいんだ?」双子の黒く染めている方が首を傾げた。
「川も同じだと思うんだよ」色白はきらきら目を輝かせて言った。「トンネルには、つまり筒には、入口と出口があって、途中で抜け出す穴が無い。入口から入った物は、出口から出てくるしかない。一本道さ。観客がそう思い込むからこそ、この手品は成立する。川も同じだ。上流から流れ出したら、下流へ行くしかないだろう?」
「それで?」
「だから、僕は思ったんだけど……偶然にしろ誰かの陰謀にしろ、上流から流れ出した僕の妹が下流で引き上げたら別人だったっていうのは、似たようなすり替えなんだと思うんだよ。いいかい、このボールがすり替わる手品のポイントってのが何かと言うとね、手品が終わった後、筒の中にどうしてもボールが一つ残ってしまうって事。だから見られてはならないんだ。仕切りは透明にすれば隠せる、でもボールが残る事は隠しようの無い事実だ。今の所、この取り残されたボールが僕の妹というわけだよ」
「つまり、葵ちゃんはまだ川の中にいるって事だろ?」金髪が言った。「アプローチは斬新だけど、結論は普通だなあ」
「結局、別人の遺体がたまたま上がったってだけじゃない」と黒髪も言った。
「それだけの事で僕がこんな話をすると思う?」色白はそう言って、少し顔を曇らせた。「あのね、僕も今朝行って、体は見せてもらえなかったけど、その人が履いていたジーパンとパンツを見せてもらった。葵のだったよ」
少年達はうつむいたり横を向いたりした。
「どうせ量産品だって思うだろう。でもね、僕は世界中で誰よりもあの子の身近にいたんだ。見れば分かるよ。絶対に間違えたりしない。あれは葵の服だった。かといって、葵の胸に刺青が無い事は、僕も知っている。そして、僕は落ちる瞬間の葵を覚えているよ……きちんとパーカを着て、寒いからって喉元までチャックを上げていた。その下にTシャツ。その下にタンクトップ。どんなに川の流れ方が変ちくりんだったとしてもね、それが全部脱げてしまうなんて事、あるはずがないよ。あのね……さっきは偶然にしろ陰謀にしろって言ったけど、僕はこれを偶然だとは思っていないよ」
そこで色白は言葉を切った。少し、沈黙が流れてから、大介が口を開いた。
「ならば考えられる状況は一つ……なんらかの理由で妹は意図的にすり替えられたと」
「君達にも一緒に考えてほしいんだよ」色白は泣きそうになるのを堪えているようだった。「僕は、すり替えトンネルのトリックをずっと考えるうちに、葵もやっぱりすり替わったんじゃないかと思った。僕は思い出せる限りいろんな手品のタネを考えてみたよ……そして、一番基本的な事は何か、しぼったんだ。それがさっきの筒の手品だ。そして、恐ろしい事に気付いたよ。このトリックのポイントは、どうやっても筒の中にボールが残ってしまう事だって。ボールはつまり葵だ。このままだと、葵はどうやっても川の中から出て来れないんじゃないかって……ヘリコプターは川下の方を飛んで葵が浮かび上がってくるのを待っているだけだ。筒の出口の方に手を構えて待っているのと同じ事。仕切りに捕われているボールは、そちら側からは決して出てこない。分かる? 待っていても駄目なんだ。もし誰かの意図でこのすり替えが実行されたのなら、仕切りを見付け出して、それを外さない限り、葵は帰って来れないんだよ」
ここで色白は興奮して泣き出した。青はいつの間にか全身を耳にして聞き入っていた。
しばらくして金髪が、「あの、すりかえトンネルの仕組みが分かったら、参考にならないかなあ」とつぶやいた。
「それは、ないと思う」色白は目をこすりながら言った。「僕、昨日一晩考えてみた……どうにか、理屈の通る説明は付ける事ができたよ。でも、あれは別にどうでもいいんだ。あんな物は、葵の事とは関係ないんだ」
また、沈黙が流れた。
「いろいろな方向から考えてみればいい」大介がぼそぼそと言った。「例えば、今、犯人というものがいると仮定して、しかも、上がった別人の遺体が闇町で現在行方不明のハナダという人物だったと仮定しよう」
青はぎょっとした。
「なぜ犯人は遺体をすり替えたか」大介は青の気も知らず、勝手に青を死んだものとして話を進めた。「一つには犯人はハナダの死体――すまん、遺体――を隠さなければいけなかったからだ。つまり、そいつはハナダを殺してしまったんだな。で、証拠隠滅の為に遺体を消してしまう事にした。だが、ここで第二の条件は、犯人は何らかの理由……恐らくはほんの偶然だろうが、その葵さんという人の遺体を手に入れた。たまたま川原に流れ着いていたか何かしたんだろう。で、自分が殺してしまったハナダとよく似た年恰好の女の子の遺体を手に入れた。これを利用しない手は無いと思った。つまり、ハナダと葵さんを取り替えようと思ったんだ。ハナダに葵さんの服を着せて、川に流す。下流で引き上げられて、ハナダの遺体は葵さんのものとして処理――じゃなくて、埋葬――される。そうすれば自分に降り掛かる疑いを振り払えると考えた」
「ボロボロだなあ」色白が鼻をすすって笑った。「ずいぶんいい加減な話じゃないか。それこそ残されたボールの問題だ。そんな事したら犯人の手元に葵の遺体が残されてしまうだろ。それをどう片付けるんだい。葵の遺体……ああ、もう、諦めもついたのかな……葵の体を始末する方法があるんなら、その犯人は初めからその方法でハナダさんの方を始末すれば良かっただけじゃない。それにもう一つボロがあるね。犯人がハナダさんを葵に見せかけたかったんなら、パーカを着せないはずがない。だって、上半身裸だったからこそ刺青が見付かって葵じゃない事がばれちゃったんだから……」
「どっちにしろ、ばれたとは思うが」大介はほとんど聞き取れないほどもぐもぐと言った。「転落時の服のまま葬儀をするわけにも行かないだろうから。だから、犯人としては、もっと捜索に時間が掛かって、遺体が腐敗し、刺青も区別が付かなくなるくらいになってしまう事を期待したんだろう。遺体の始末の事だって、俺はその筋だから知ってるけども、ある人にできる方法が別な人にはできない事だってある。つまり理由は色々と付けられるって事だ。この意見が正しいって言うつもりは無い。一つの場合として提案してみただけ」
青はにやにやした。「一つの提案に過ぎない」という言い回しは大介の決まり文句だったからだ。
「少なくともこういう事が考えられるんだな」金髪がじっと考え込んでから言った。「もし、犯人がいて、故意に葵ちゃんを誰かとすり替えたのなら、当の葵ちゃんはもう川の中にはいない、すり替えられた時点でどこか他へ持って行かれてしまったかも知れない」
「ねえ」黒髪が顔をあげた。「リン。希望観測的な予想になってとてもすまないんだけど……一つの可能性として聞いてくれない。犯人は誰だかという女の子を殺ってしまう。ところがとても後悔する。しかも、自分が犯人だと知られるのも嫌だ。そんな所に、偶然葵ちゃんが流れ着く……そして、このとき葵ちゃんはまだ生きていた。犯人はとっさに、葵ちゃんの服を脱がせて死んだ誰だかに着せ、葵ちゃんの替え玉として川に放り込む。そして葵ちゃんを連れて何処かへ姿を眩ます。パーカやら何やら着せ替えられなかったのは、葵ちゃんが目を覚まして嫌がったからかも知れないし、時間が無かったからかも知れない」
「生きてるって?」リンはゆがんだ笑みを浮かべた。「殺人鬼の手元で?」
「一つの場合としての提案だよ。つまり、片方が生きていると考えれば、すり替えが行われた理由がはっきりするだろう。そして、あの鍵の事が説明が付く。犯人を示す手掛かりとして、葵ちゃんがこっそり犯人の鍵を取ってポケットに入れたんだ。いや……僕も自分で言ってて嫌だ。この説は採りたくない」
「なんだかでも、筋が通っているようにも聞こえるね」色白は悲痛な目で言った。
「あの、……」大介が困ったようにぼそぼそと言った。「俺は色々な方向から考えてみればと言っただけで、俺の提案に筋の通ったシナリオを付けてほしいと言ったわけじゃない……」
「じゃあ、他にどんな提案があるの?」色白は苛ついた声で言った。
大介はそれには答えず、「大人は何と言ってる?」と尋ねた。
「父と母は、とにかくあれは葵じゃない、ズボンとかも葵のじゃないし鍵も見覚えが無い。だから警察さん達も、たまたま別人が上がってしまったって思ってるみたいだ。僕の言う事なんか誰も聞きやしない」
「聞きたがらないんだな。闇町が絡んでくると、厄介だから」
「そういう――そういう問題なの?」色白は唇を噛んだ。「なんだかそういうのって……でもな……全くの偶然だっていう可能性だってかなり高いんだよな……。ああ。なんでこんな事になっちゃったんだろう。なんで僕らこんな馬鹿な議論してるんだろう」
「なんでだか、知りたいですか?」青はとうとう我慢しきれなくなって声を掛けた。少年達はぎょっとしてこちらを振り仰いだ。あずまやの屋根に寝転んで、面白そうな目で下界を見下ろしているポニーテールの少女、さすがに予想外の登場だったようだ。
「なんでだか、言いましょうか? それは、あなた方が、仮定を間違っているからですよ。あなた方の議論は何処も間違っちゃいないし、理性的で合理的で結構ですけど、なぜ正しい結論が出てこないんでしょうかね。それは、議論の始まりが間違っているからです。そもそもの仮定が間違っているんですよ」
「誰だよ、お前」やっとの事で、センが言った。
「誰に見えますか?」青はもう楽しくてたまらなかった。「そちらのその筋のお兄様にお聞きしてお確かめになられましたら?」
「どうして……」大介は目を丸くしていた。「ハナダ青……」
「え、こいつが?」リンがぶしつけに叫んだ。
「ほうら、仮定が違ってた」青は身軽に体を起こして、すとんと地面に飛び降りた。ちょっと足首に響く。しかし、ここは何でもない振りをすべきだろう。「ハナダ青が死んだという仮定。ハナダ青が殺されたという仮定」青はあずまやの柱の一つに凭れて、上機嫌で言った。「ハナダ青が死体になって上がったという仮定。一体、何処から出てきたのでしょうかね、大介さん」
「だって」大介は青が不正なやり方で生き返ったとでも言いたげな、非難がましい目でじっと見すえた。「闇町で小さい女の子ったらあんたしかいないし、エイチ・ブルーって刺青が」
「はあ。それじゃ、言い直しますと、私が自分の名前――しかも偽名――を自分の胸に彫るような変態だったという仮定、ですか」
大介はもう何も言わなかった。
「本当にこいつがハナダ青?」リンは胡散臭そうに青を見やり、他の三人を見回した。ゼンはややあおざめて、怪物でも見るような目で青を見ていた。なんだ、よく見たらこいつジョーカー四世じゃないか。双子の弟なんかいたのか、と青は思った。
「おい、そこの坊や」青はすごむような調子で言った。
リンは反抗的に、「何?」
「赤いボールを青くする方法は、いくつある?」
「なんだって?」
「君はなかなか面白い脳細胞をしてるよね。手品を出してくるとはね。だけど、詰めが甘いよ。そもそものそもそも、すり替わったという仮定が間違いなんだ。赤いボールを青くする、最も原始的な方法を、君は知ってるはずだけどね」
「何が言いたいの?」
「状況と照らし合わせて考えろ。何をもって、赤いボール、と言うのか。何をもって、ハナダ青の死体、と言うのか。すり替える必要がある? 赤いのは、青いのは、ボールのどこなの?」
「表面?」リンは言った瞬間、自分の言葉に身震いした。「表面を……色だけ変えればいい、色を塗り替えるんだ」
「そうだね。どういう事だか、君にはもう分かるはずだ」青は急に体を起こし、もうリンの顔も他の少年達の顔も見る事なく、公園の門に向かって歩き出した。
「お前……」センがつぶやくように言った。「何処へ行くんだ」
「闇町に用事ができたよ。こんな事ができる人間を、一人だけ知っている。私以外知らないんでね」青はずんずん歩きながら、自分にだけ聞こえるように低く付け加えた。「……八羽島さんには、だいぶ借りもある事だし」




