えぴそど94 ダン回-転
アルネロを見ていた俺の周りに、ふと冷たい風が吹いた気がしたと思った瞬間、目線の先からアルネロが居なくなっていた。
初めて出会った時もそうだが、初動速度がとても速く、目で追いきれない。
先程まで居たはずの場所には、まだほんのりアルネロの姿を感じてしまっている程に、正しく一瞬の出来事で視界から姿を消していた。
しかし、向かった先は分かっている。
俺はオーガの方をすぐ振り向くと、アルネロは空中で身体をコマの様に回転させ、その反動を使い蒼く輝いた右手の巨大鉄爪を振り下ろす所だった。
〈虎流格闘スキル ナイアガラ〉
大きな魔法陣が展開された鉄爪の描く軌道が、まるで流れる落ちる滝の様に青白く残影を残す。
その攻撃を剣で受け止めようとしたオーガだが、掲げられた剣はまるで豆腐の様に瞬時に裂かれ、鉄爪が触れた部分では、まるで水しぶきの様に青い魔力の欠片が飛び散っている。
顔から腹の下まで二本の爪で深い溝を刻みこまれたオーガは、声を上げる間も無く、アルネロの攻撃の勢いのままに後ろにゆっくりと倒れて行った。
「……まずひとつ。」
アルネロが着地すると、待ち構えていたかの様にもう一匹のオーガが剣を振りかぶっており、アルネロに向け降り下ろす。
爆音と同時に大量の砂埃が巻き上がり、辺りは一瞬何も見えない状態になってしまった。
「ごほっ!ごほっ!……アルネロ!大丈夫か!」
「だいじょうぶにきまっているであろうが。」
斬撃が振り下ろされた位置とは離れた所からアルネロの声が聞こえてくる。
オーガから離れ若干砂埃が薄くなっている所にアルネロは立っていたが、はっきり姿形が見える訳では無い。バックステップで距離を取っていた様だ。
アルネロは右手を顔の前に構えている様子で、手甲からは青白い魔法陣が再び展開される。
手甲の先に収束された魔力の塊を、まるでボーリングをするかの様な姿勢でアンダースロー気味に地面に沿わせ放り投げた。
魔力の玉が通った地面はみるみる氷始め、オーガに当たるとパシャッと、か弱く弾ける。
まるでレールが敷かれたかの如く、アルネロとオーガを結ぶ氷の道筋が出来上がっていた。
オーガはアルネロを完全に見失っているのか、魔力の玉が当たってからは、砂塵に向かい無茶苦茶に剣を振り回している。
「いくぞ。」
アルネロが小さく呟くと、左手の手甲が変形し、一回り大きくなった様に見えた。薄いとはいえ、まだ砂埃が舞っている状態なので詳しくは見えない。
その手甲の後部が緑色に発光すると、アルネロの姿は濃い砂塵の中に突っ込んで行った。
煙の中で緑色の発光体が移動する様子と、『ギギギギギ』と言う何かが擦れる音だけが木霊する。
発光体がオーガに到達すると、とても大きな衝突音が聞こえ、その勢いで風が巻き起こり、砂塵が一気に吹き飛ばされた。
〈虎流格闘スキル パイルバンカー〉
オーガの腹部に食い込んだ手甲から、魔法陣を帯びた巨大な杭が勢いよく放たれ、オーガの背中から青い閃光が走る。
アルネロが手を引くと、オーガの腹部には大穴が開いており、オーガは膝から崩れ動かなくなった。
アルネロは威力を増す為に氷の道を滑走路にし、急加速とその勢いのままに手甲をぶつけたのだろう。
俺にはジューちゃんから貰ったチートスキルがあるとは言え、個人の努力により磨かれた華麗なスキルの使い方に、俺は完全に魅入ってしまっていた。
アルネロはこちらにゆっくりと歩いて来る。
「す、凄いよ!アルネロ!!かっこよすぎだろ!!何!?最後の技!?くぅーーーーっ!埃が邪魔でよく見えなかったけど正に一撃必殺!って感じだったよな!まじでかっこいい!!」
俺はアルネロに向かい少年の様に目を輝かせながら迎えた。
「う、うるさいな。きさまにいわれなくても……かっこいいにきまっているだろ…。」
「あの緑色に光った魔法陣は加速の魔法!?風の魔法陣だったよな?それとも魔力操作で何かやってるのか!?あれでギュワー!って加速してそのままドンッ!だもんな!男心をくすぐり過ぎる技だよ!!」
「う……わ、わかったから。ほら、さきをいそぐぞ。」
若干耳が垂れたアルネロの後ろで興奮冷め止まない俺は、あの部分が格好いい!だの、あそでこう来てたまらない!だの独り言の様にブツブツ言いながら思い返していた。
アルネロは時折こちらを振り返り『うるさい!』と怒ってはいるものの、顔は複雑そうな表情を見せていた。
そこからも最下層に向け進み、途中何度か魔物も出たが、二人で協力しながら倒し進んでいく。
アルネロがスキルを使う度、俺の熱視線を送ってしまい、二回ほど唾を吐きつけられた。
それでも道中、槍のスキルについての型をいくつか教えくれたり、水や食料を分けてくれたりと、俺の中でアルネロの存在が大きくなっていくのが分かった。
そして…
「この扉ってまさか。」
「そうだ、さいかそうのあかしだ。なかにはきょうりょくなまものがいるはず。うえではなく、こちらをめざしてせいかいだったな。」
階段を降りると通路は無く、広い空間にやや大き目の扉がある状態だった。
当初の予定とは違うものの
俺の初めてのダンジョン踏破になりそうだ




