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えぴそど91 Mister Guon

私は今、馬車に乗せられ街から見える山に向かっている。


二台の馬車の内、先頭の馬車へは人虎の族長であるモラと兵士達が乗っており、私はまるで物の様な扱いのまま食料と一緒に運ばれていた。


道中ではモラから渡された薬草を口の中にずっと含んでいる。何も説明されなかったが、口の麻痺が取れていくのが分かった。


2~3時間といったといったところだろうか、馬車が止まり、人虎の兵士が私に向かい『降りろ』と言ってきた。


私は言われるがまま馬車を降りると、岩肌が剥き出しの場所にぽつんと建っている小屋があった。


「お前ら、荷を降ろし持って来い!……兎、付いて来い。」


モラが小屋に向かうと、小屋の脇から片目に傷がある、モラよりも一回り大きな灰色の人虎が姿を現した。


「……モラか…どうした急に。戦か?」


「グオン、久しいな。元気そうで何よりだ。使者も送れないまま急にすまない。今日は一つ頼みがあって来た。」


「それは良いが…珍しいな。貴様が白兎と一緒に歩んでおるなど。」


「まあな、頼みと言うのはこの兎の事だ。」


「……ふぅ、まあお前と俺の仲だ。話は聞いてやろう。中に入るか?」


「ああ、肉と酒も持ってきたぞ。」


「そいつはいい、部下達に何か作らせろ。」


私を連れて、モラとグオンと呼ばれた大きな人虎は小屋に入った。


慣れた様子で、モラの部下達はグオンのキッチンを使い料理を始める。


「それで、その兎を食べりゃいいのか?食人はしないぞ。」


「そんな内容なら俺も話易かったんだがな、率直に言う。こいつをお前の弟子にしてやってくれ。」


モラの言葉を聞くと、グオンは目を丸くし私の足から耳先までゆっくりと舐める様に見た。


「モラ、どうした?熱でもあるのか?なんで俺が弟子など作らねばならない。それも斯様な雌の子兎を。」


「実はだな…。」


モラはそれまでの経緯をグオンに説明していった。


グオンは話の序盤から既に興味が無さそうに耳をほじるなどし、話の終盤には部屋に籠もりだしたスパイスの香りを楽しんでいる様だった。


「それで話は終わりか?」


「ああ、女共の恨みを買うのは得策じゃない。形だけでもいい、気に入らないなら殺すなり好きにしてもいい。なんとか俺からこの兎を引き取ってもらいたい。」


モラは大層嫌な雰囲気を出しながらグオンに頭を下げた。


「……おい、兎。」


「…はい。」


「貴様は本当に復讐をしたいのか?そんな事をして失った家族が喜ぶと思っているのか?」


「………ししゃはよろこびません。わらいません。なきません。なにもいってくれません……なにもです。わたしはあのこたちのおもいを、にどとしることはできないのです。だからわたしはじぶんのきもちをゆうせんします。かならずあいつらをころします!」


私はまっすぐとグオンの目を見る。


グオンはふんっと鼻息を吐くと、モラに向かって言った。


「モラ、とりあえず俺が引き取ってやる。だが、俺は人に教えた事は無い。手取り足取りなんざ御免だぞ。」


「ああ、すまないグオン。面倒をかけるな。」


部下が焼いていた肉がテーブルに並べられ、モラとグオンが酒で乾杯した。


その後は私に関係の無い談笑が続き、話が終るまで兵士と同じ様に私は入り口付近で立って待っていた。


しばらくして、モラが席を立ち帰り支度を始める。


「定期的に使者を送り様子を伺わせる。もし死んでしまったら死体はこちらで処理するから言ってくれ。」


「酒を必ず持ってこさせろよ。樽でだ。」


「分かった分かった。」


モラと兵士が外へ出ると、私はグオンに一礼をしてモラの後を追った。


「あのっ!モラぞくちょう!……ありがとうございました!!」


私はモラに頭を下げ大きな声で礼を言った。


「……お前がもしグオンの元で生き残り強くなったなら、戦士として話かける事くらいは許してやる。それまではゴミ以下の価値しか無い。それを忘れず精々足掻いてみせろ。お前が何を手にするのか、楽しみにはしておいてやる。」


「!?……はいっ!がんばります!」


「ふんっ。」


モラはこちらを振り向かないまま私にそう告げると、そのまま部下と一緒に街へと帰って行った。


私は頭を下げたままその姿を見送ると、小屋に入り改めてグオンに礼と自己紹介をした。


「あーあーうるさいうるさい。とりあえず明日から貴様を鍛えてやる…つってもなぁ、兎人に何ができるのやら…それも立耳白兎と来たか…最下層の役立たずとはな。」


「すみません…。」


「まずは身体をつくらねぇ事には始まらねぇだろうな。いや、型を先に覚えさせるか?いやいや、体力が無けりゃどうしようも無いだろ。」


グオンは一人でブツブツと言いながら悩んだ様な顔を見せていた。


「あー!頭を使うのは性に合わねぇ!今日はもう寝るぞ!貴様も適当にその辺で寝とけ!朝は6時に起きろ!いいな!分かったか!」


「はい…。」


「なんだ貴様!その腑抜けた返事は!分かったかと聞いてるだろうが!」


「は、はいっ!」


「おう!………弟子ってこんな感じで良いんだよな?」


グオンはまたブツブツと独り言を言いながら奥の部屋へと入って行った。


私は食事の片付けをすると、コップに入った酒の残りを喉に流し込み、何も思い出さない様に眠りに付いた。


翌朝、私は腹部への強烈な痛みで目が覚める。


「ぐぇっ!……げほっ!げほっ!」


「貴様!ボケっとするな!5時には起きろと言っただろうが!」


グオンが私の腹を蹴っていたのだ。

時計を見ると、5時5分だった。


グオンは確かに6時と言った筈だが、ここで口答えは出来ない。


「す、すびません!きしょうします!ごほっ!ごほっ!」


「貴様にはまず体力を付けてもらう事にした。街まで走って煙草を買って来い。それを持って戻って来い。」


「……は、はいっ!」


街までは走れば下りは2時間程で着ける。

そんな長い時間走り続ける事は出来ないが、出来ないではこの先進まない。


それでもやるんだ。

私にはもうこの道しか残っていない。


「今は夜明けだ。正午までに戻ってこなきゃ、もう帰って来なくていい。」


「!?……いってきますっ!」


私はグオンから差し出された金を握ると、直ぐに小屋を出て山を駆け下りる。



この煙草を買う登下山は

毎日続いた

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