えぴそど76-勇19 瑠璃の実
レイス達の攻撃を受けながら、ベルは立ち止まり魔法の詠唱に集中し始める。
透かさずレイス達の攻撃がベルに向けられる。
ベルは詠唱を避ける動作を行わないまま詠唱を続けると、ついに紫の鬼火がベルに当たり激しく燃える。
「ベル様!!!」
炎に包まれながら詠唱を終えると、ベルの足元とレイス達の頭上に同じ色の魔法陣が展開された。
〈上級魔法 ブライトペンデュラム〉
真っ白に発光した巨大な振り子が洞窟内に現れると、徐々に揺れ始めた。
「かはっ!!」
炎はすぐに消えたものの、ダメージは大きかった。
ベルは髪の毛や服が焼けてしまったところがあり、また、火傷も負っている。
(駄目!立ち止まっては!!)
ベルが片目をなんとか開け、立ち上がり走り出す。
足場が滑りすぐこけてしまう。だが、かろうじて避けたお陰で、先程までベルが居た場所には再び紫の鬼火が発火した。
巨大な振り子は振り幅と速度を上げていく。
今のところレイス達は振り子を軽々避けており、効果が見て取れなかった。
ベルは再び足を止めると、先程とは短い詠唱を行い、自身の傷を回復させた。
その目は完全に開かれ、鬼火を最小の動きで躱す。
「エリシア!魔力はどうなのです!」
「大丈夫ですベル様!私はまだいけます!」
「もう少しですわ!もう少し耐えるの!」
ベルは再び移動しながらレイス達の位置を確認する。同時に奥で戦う男の姿を見るが苦戦している様に見えた。
レイス達は振り子を避けつつも、エリシアとベルに攻撃を続けていた。
(いけますわ!!)
ベルが攻撃を避けながら足を止め、三度詠唱を始めると、振り子の魔法陣が回転を始めた。
一方向だけの回転では無く、不規則に立体的な図柄を描くが如くうねり始める。
巨大な振り子もそれにつられ、振りを維持したまま不規則な方向へと光の玉を振り回し始めた。
すると間もなく一匹のレイスに光の玉が当たる。
「キュァァァァァァ!!!」
か細い悲鳴と共にレイスの身体が消滅していった。
この魔法はアンデット系モンスターに効果が高い、聖属性の広範囲殲滅型魔法だった。
難点として勢いがつくまで時間がかかり、ダンジョンや洞窟などで無ければ、範囲外に逃げられてしまう事が多い。ただし、当たってしまえば一撃必殺。
威力だけで言えば、最上級魔法にも見劣りしないものだった。
振り子の勢いは更に強くなっており、更に二匹のレイスの身体を攫い振り続けた。
「エリシア!今です!荷車を牽いて後退なさい!この場が片付くまでは皆を安全な場所へ!!」
「はい!分かりました!ベル様!…どうかご無事で!」
エリシアは魔法障壁を解除すると、荷車を反転させ元来た方向へと戻っていった。
レイスの一匹がエリシア達に襲いかかろうとしていた。
(させません!)
ベルは短く詠唱を行うと火球を放つ。
レイスは魔法に気付き避けるが、エリシア達が距離を開ける時間は作ることができた。
「うっ…。」
その様子を見ていたベルだが、不意に強い目眩と立ちくらみが起き、まともに立っていられなくなった。
もう一匹のレイスによる状態異常魔法だった。
ベルは意識を失い倒れそうになるのを必死に堪えるも、膝を突いてしまう。焦点が合わなくなり視界もぼやける中、詠唱を始めるが、レイスがベルに鬼火を放った。
「ボケっとしてんじゃねぇ!!」
男はベルを脇に抱えると攻撃を避け、レイスや牛の魔物と距離を取り、ベルの様子を伺う。
「おい!女!しっかりしろ!一旦退くぞ!」
「…う……勝てそうに…ありませんでしたか…。」
「ああ!ありゃぁネームド級だ!ただのミノタウロスじゃねぇ!…やべぇ来やがった!」
「ブモォォォォォォォ!」
眼前より巨大な牛の魔物が角をこちらに向け突進してきた。男はベルを抱えたまま大きく跳び攻撃を躱す。
牛の魔物はそのまま壁まで突進を続けると、轟音と粉塵が舞い上がり、地面も揺れていた。そしてその勢いで崩落が起きてしまう。
「げほっ!げほっ!…くっそ!」
「エリシア…。」
来た道に繋がる穴が塞がれる。
「ならこっちだ!」
男はベルを両手で抱え直すと、本来の進行方向だった方に向かい走り出した。
「女!ツレの事は一旦諦めろ!あいつが馬鹿じゃなけりゃ穴から出て待ってる筈だ!」
男がもう少しで反対側の穴に辿り着こうとしたその時、何かの気配を察知し、ベルを守る様に男は身を捩った。
「がぁっはっ!!」
ベルを抱えたまま衝撃で飛ばされ、壁に打ち付けられた男。吐血し、右腕も折れてしまっていた。
「う…あ!もし!貴方!大丈夫なのです!?」
「うるせぇ…黙ってそこにいろ…。」
男は立ち上がるとベルの前に立ち、左手の包帯を口で引きちぎっていた。
もう一つの穴から現れたのは牛の魔物と同じく、巨体な馬の頭をした魔物だった。手には大きな斧を持っている。
「ぅ…………。」
ベルは男に向かい回復魔法をかける為、詠唱を始めた。その顔は恐怖にひきつり、血の気が引いた顔色をしていた。
〈中級魔法 リージョンヒール〉
男の頭上に魔法陣が現れると、ほのかな光が男を包み、傷を塞いでいった。
「はっ、骨は治せねぇーんだな。」
「ご、ごめんさない…。」
「いや、十分だ。」
二匹の巨体を持つ魔物にレイスが残り七匹。
追い詰められた状況で、ベルは目にしたものに言葉を失った。
包帯が外された男の左手の甲には
拳王の刻印が刻まれていた




