えぴそど74-勇17 真赭の実
森を抜ける頃には日が暮れ始めていた。
ベル達は地図では確認した事があるものの、実際にスタンレー山脈を間近にすると、足場の悪い砂利道が続いている。
「ベル様、洞窟はあちらの様ですが、足場がかなり不安定です。皆様に負担がかかる可能性が…。」
「ええ、エリシア。それでもここを進むべきよ。見る限り魔物も多くはありませんし、慎重に進めば行ける筈ですわ。」
森の中も舗装されていなかった為、荷車を牽くには苦労した。それでも平坦な道だったお陰でなんとか進めたが、今度は斜面になっている。
「聖女様、私は歩けます。」
「俺もです。付いて行くくらいならできます。」
「……分かりました。無理はせず付いて来て下さい。」
四人とも重傷だったが、負傷者の二人がフラフラな足取りながらも自力で歩いてくれた為、斜面を登る事が出来た。
斜面を登り切り、洞窟の前に付く頃には日は完全に落ち、辺りは真っ暗になっていた。
「エリシア、松明を点けましょう。ここからは魔力を抑えていきます。」
「分かりました。油脂を保った根は3本しかありませんでした。点けましたら急がれたほうが良いかと思われます。」
「ええ、そうですわね。お二人とも、ここからは再度私達が荷車を牽きますのでお乗り下さい。一気に抜けますわよ。」
「すみません聖女様…俺達の為に。」
「気になさらなくて良いのです。全ては偉大なる我等が神の、ご意思と導きに依るもの。勇者様が拳王と魔王を討ち滅ぼすその日まで、私達は如何に無様であろうとも、共に生き延び祈るのです。」
「はい…本当に…ありがとうございます。」
負傷者達はベルの言葉を聞くと、一様に涙を流しながら手を組み、天に向け祈りを捧げた。
しかしベルの表情は暗い。
自らが放った『勇者』と言う言葉。
彼は本当に世界を救う器なのだろうか。
ベルが勇者を見たのは、これまでに2度。
直接会話をした事はなく、どちらも見かけたのみ。
一度目は、二年前に5代目勇者が誕生したと知らせを受け、帝都に到着した勇者をパーフラ教団総出で出迎えた日。
ベルが見たその姿は、歴代の勇者とは違いまだ子供だった。
ボサボサの髪にボロボロの服を纏い、身体は貧弱で小さく、目に映る全ての物を鬱陶しそうに睨みつける。まるで、その目は憎しみに満ちているかの様だった。
風格も教養も望めない、お世辞にも品格漂う等と形容できない。
しかし、その脇を固める面子は、勇者の風貌とは真逆に豪華そのものだった。
国内ナンバーワンと称される冒険者チームが、勇者の四方を囲い歩いていたのだ。
最初に目に付いたのは、帝国領内でソロでも実力がトップクラスと言われ、チームのリーダーである剣士、アズ・バーネット。
その圧倒的な強さと指揮能力故に、帝国剣士を辞めた後ですら、皇帝から直々に爵位を与えられる程に重宝され、皇族から直接依頼が来る様な男だ。
更に、元は下級貴族出身の女性でありながら、その類稀なる戦いの才能を発揮し、僅か13歳の時に行った模擬戦では、Cクラス冒険者7人で挑んでも勝てなかった戦いの天才。ジョリーアン・オーシャン。
帝国領内では数が少ない拳闘家でありながら、幼いジョリーアンの才能を見出し、財政難から没落しかけていたオーション家を救う事を口実に、彼女を自身に師事させ、冒険家にする事を説いた出自不明の謎の男。サブダブ。
そして、パーフラ教団が誇る若き大魔道士、コルピナ。最年少の司祭でありながら、その驚異の魔力量と戦闘力、更に他を寄せ付けない程の狂信的な信仰心から、司教と同じ権限を与えられ、独断で行動する事を許された特別待遇の者だ。
その様な者達を我が物顔で引き連れ、時折邪険そうに扱う様を見た為か、ベルにとっての勇者の第一印象は良くなかった。
そして二度目は、初めて勇者を目にしてから11ヶ月が経っていた。それは、勇者主導で組織された『レベリオン』の発足から3日後。
レベリオンは主に、孤児等の保護活動を行い、パーフラ教団と連携する事で、情報収集と、魔物の被害に苦しむ、パーフラ教に賛同する集落を救済する活動を行っている。
勇者は、レベリオンの旗印に帝国のシンボルである白色の双頭獅子をそのまま用い、獅子を紅く染め上げた。
違う部分があるとすれば、獅子の左腕は描かれておらず、獅子の周りには茨の模様が施されていた。
これは、左腕と最終的にはその命を失いながらも、勇者を護ったコルピナの功績を讃えるものだとされている。
その名称と旗印から、多くの貴族から反感を買う形となったが、帝国内で力を持つパーフラ教徒から熱狂的な指示を受けると共に、皇帝が認めた事により、帝国貴族側も渋々ながら黙認している。
レベリオン組織下、魔道部隊『ワルキューレ』。
パーフラ教徒のみで構成された三人一組を一隊とし、各地に派遣される24隊揃えた救護・戦闘要員だ。
その一つの隊長を任されたのが、コルピナに次ぎ若くして司祭にまで上り詰めたベル・ホロントだった。
勇者の所有する領内で行われた就任式にて、参加したベルは奥に鎮座する勇者を約一年ぶりに目にする。
直接会話する事も、勇者が語る事も無かったが、その姿ははっきりと見て取れた。
以前に見かけた時よりも明らかに覇気が無い。
ギラギラ憎しみに満ちた様な目つきでは無いが、落ち着きを持ったと言うより、感情を失ったかの様に冷たい表情をしていた。
あまりの変わり様に、ベルは勇者に信を置ききれないでいた。どう見ても人としてまだ未熟だと感じられたのだ。
不安定な者が力を持てば、ちょっとした出来事で味方にも敵にも成り得る。
表向きは勇者信仰を推し進めながらも、どこか他人事の様に冷静に分析を行える。これがベルの最大の強みだった。
ベルとエリシアは松明に火を灯すと、荷車の左右に立ちそれぞれの片手で荷車を牽いた。
「さぁ皆さんもう少しです。ここを抜ければ街はすぐそこですわよ。」
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そうもちろんそろそろ神との遭遇ですね




