えぴそど73-勇16 鉛白の実
ベルとエリシアは街道では無く、あえて森の中を進む事に決めていた。
今居た村から街道を進むと、南西と南東に分かれ道があり、それぞれ半日程先に進めば村がある。
しかし、村に魔物の群れが現れたのが街道側からだった為、その先の村も襲われている可能性があったのだ。
今居る村より東にまっすぐ道を無視して進めば、本来南東にある村から更に一つ村を経由してたどり着くジャンカーロの街がある。
ジャンカーロには仲間達がおり、街も強固な為魔物の襲撃で崩れる事は無い。
ただし、深い森と途中にある山間地帯の洞窟を抜けなければならない。負傷者を抱えながらの移動と戦闘は厳しいが、今は最短ルートが一番安全だとベルは読んでいた。
「はぁはぁ…ベル様…よろしいのですか?」
「ええ…放って置きなさい。」
ベル達が荷車を牽いている数メートル後ろから、昨日の無粋な男が付いて来ていた。
ベルが時たま振り返ると、男は何事も無かったかの様に顔を背け、手にしている木の枝で草などを払っていた。
ベルは男の行動が理解出来なかった。
そもそも男は身体は大きくとも、まだ若かった。
ベルは23歳になった所だが、男はどうみても16~17歳。その上異性ともなると、理解できなくとも致し方なかった。
途中魔物が出て来ると、ベルが魔法で対応した。
エリシアも攻撃魔法を使えるのだが、負傷者の警護を優先とし、主な戦闘はベルだけでこなしていった。
ベルは付いてくる男が護ってくれているのかと、淡い期待を寄せたが、魔物が出て来てきても別段何をするのでもなく、ただこちらの戦闘を見ているだけだった。
それもその筈、男はベルの戦いに魅入ってしまっていた。ベルが元々着ていたであろうローブは、裾が焼け焦げ膝上くらいの丈になっている。
そこから覗く可憐な両の足で、流れる様に飛び跳ねる姿は、森の木漏れ日が相まって一つの演劇の様だった。
それから幾度か戦闘はあったが、男が手伝う事は一切無かった。
森の中を数時間ほど進んだところで、休憩を取ることにした。時刻は正午を過ぎた辺り。
森の中で食事をつくるのは魔物を呼び寄せてしまう可能性があるので極力避ける必要がある。
ベルは荷車から距離を取ったところで鍋に水を張り、魔法で温めながら、予め用意していた乾燥食をふやかしていった。
できあがったものを負傷者達に水と一緒に渡し、しばしの休憩。ベル自身も魔力を回復させる必要があった。
「ベル様、ここからは私が魔物の対処を致します。魔力を相当使われたでしょう?」
「ええ、エリシア。そうさせて頂きますわ。ありがとう。」
ふと、男の方を見ると何か果実らしきものを食べていた。近くにある背の高い木の枝を見ると、果実が生っていたが高すぎて取れそうになかった。
「………欲しいのか。」
果実を見ていると、男が声をかけてきた。
持ってきた食料はギリギリなうえ、匂いが出にくい様に乾燥食にしている。疲れ切った身体に果実の甘い匂いは魅力的だった。
「ええ、でも高すぎるわ。私では登れません。」
「……ふん。」
男は食べていた実を口に咥え、おもむろに跳んだ。
そのまま木々を足場に飛び跳ね続け、果実を次々ともぎっていく。
「…ん。」
ベルの前に降りて来た時には、男の両手に抱えきれないほどの美味しそうな果実を持っていた。しかし顔は背けたままベルの方を見ようとはしなかった。
「ありがとう……皆にも食べさせていいかしら。」
「好きにしろよ…。」
ベルは男から果実を受け取ると、エリシアや負傷者に渡していく。皆の疲れていた表情が、微かに和らいていったのが分かった。
「助かりましたわ。それで、不干渉を通そうと思っておりましたけれど、貴方の目的は何なのか聞いてもいいかしら。どうして私達に付いてくるの?」
男はすぐには答えず、目を合わせないまま時折頭を掻きむしっていた。
「別に、暇潰しだ。俺は強い魔物を探してる。森の奥の方がいるかもって思っただけだ。」
「そう。分かりましたわ。じゃぁ私達が敵わない様な強力な魔物が出た場合、貴方が倒してくれると思っても良いのかしら。」
「………ああ。」
その返答を聞くと、ベルは『ふふっ』と笑った。
「何がおかしい。」
「私達が敵わないからと言って、貴方にとって強い魔物だとは限りませんわ。今の言葉で、貴方には私達の護衛をしてもらなくてはいけなくなりましたわよ?」
「………しねぇよ面倒くせぇ。」
「あら、冷たいのね…そう言えば名乗っておりませんでしたね。私はベル・ホロント。偉大な我等が神の使徒であり、勇者様を支えるパーフラ教の司祭を努めておりますわ。あちらは私の補佐をしているエリシア。それで、貴方のお名前は?」
「……言わねぇ。」
「そう…構いませんわ。私達はこのまま森を進みます。その先にスタンレー山脈を抜ける洞窟がありますの。出来れば、そこを抜けるまでの間、強い魔物が出てこないか探して頂けません?」
「好きにするさ。飽きたら帰る。」
「ふふっ、ありがとう。さ、そろそろ行きましょう。暗くなる前に森を抜けておきたいの。」
ベルは、男の心が最初に比べ開けている事に感心し、先に進む事にした。
男はその後も、どこか面倒臭そうに後ろを付いて来る。
微妙な距離感を保ちつつ
一行は森を進んで行った




