えぴそど70 濡れたウサ耳
「終わるまで待たせてもらおうと思ったのだがな。」
「そんな、申し訳無いですよ。」
ジャクシンさんの姿が見えたので、門の所まで出迎えると、コノウさんも慌てて屋敷から出てきた。
「ジャクシン様!ご苦労様です!」
「コノウ、お前には無理をさせるが、引き続き宜しく頼む。」
「滅相もございません!私にお任せ下さい!」
コノウさんのクールなイメージが崩れる程のしゃきしゃきぶりだ。
「それで、ジャクシンさん。先日の件ですが…。」
「ふっ、まずは中に招いて茶の一つでも出せないのかお前は。」
「うっ…そうですね。すみません。中へどうぞ。」
ジャクシンさんの後ろには、あのウサ耳アルネロが居た。相変わらず俺に対し敵意剥き出しで睨んで来る。
皆は庭で訓練を続けながら、俺はジャクシンさんを客間に案内した。
「まずは、コースケ。先日のキラハとの戦いについてだが、本当に良くやった。十分すぎる成果だ。」
「はあ…、ありがとうございます。」
「きさまぁ!じゃくしんさまがせっかくねぎらっておられるのに!なんとふぬけたたいどだ!」
「アルネロ、良い。お前は少し黙っていてくれ。」
「!?……かしこまりました……。」
「すまないなコースケ。これでも私は外を一人で歩く事を許可されていない。アルネロは私専属の近衛なのだ。」
「構いませんよ。それより私が聞きたいのは婚約という事についてです。事情は何となくですがフルブライトさんから聞きました。でもなんで私が。」
「単純だ…お前が強いからだ。」
「強いだけで言えばキラハだって強いでしょ。」
「そうだな…言葉が足らなかったか。お前は常識と教養を兼ね備えた人格者であり、強いからだ。」
「いや、なんか取ってつけた様な感じがしますけど。」
「そんなことは無いぞ?ふふっ。」
ジャクシンさんがようやく少し笑った。
笑っていればとても可愛らしい女性だ。
「でも、婚約と言っても形だけでしょう?貴族でも無い私でその役目が務まるのかどうかですが…」
俺は落とし所が見出だせず、コノウさんが用意してくれた紅茶を口に含んだ。
「いや、形では無い。貴様と婚姻を結び式を挙げ、すぐに子もつくるぞ。」
ぶぅーーーーーー!!
俺は口にあった紅茶を全部、横に立っていたアルネロにぶっかけてしまった。
「……………。」
「あ!あぁ…ごふぅっ!ごふぅっ!」
「……き~~~さ~~~まぁ~~~!!」
アルネロがとんでもない殺気を放っている。
目が!目が光っている様だ!これ漫画とかで見た事あるぞ!やばい!
「ご、ごめんよウサ耳!いや、だって今のはジャクシンさんが────」
『カキィィィィィ』
【経験値50を獲得しました】
「ふしゅるガァー!!!!うさみみとよぶなー!!」
アルネロの後ろ回し蹴りが炸裂するも、強肉弱食で弾かれる。弾かれたアルネロは、そのままソファの横で獣の様に四足歩行形態になり、こちらを威嚇していた。
「ははははっ!!」
ジャクシンさんは無邪気に笑うだけの状態。
結局コノウさんがタオルで拭き、風呂を勧めるも、護衛中と言う事で我慢している様だ。
「それで、ジャクシンさん。本気なんですか?」
「ああ、本気だ。貴族かどうかなど関係ない。昨日コースケの戦いを見た辺境伯は、前向きに検討してくれると言った。」
「でも!僕達、恋仲でも何でもないですよ!?」
「ん?必要か?」
なんと説明すれば良いのか、この世界の恋愛観が分からない。ユージリンとキラハ程度では参考にならなさすぎる。
庭の方からはハピスさんの声が聞こえ、どうやらユージリンとヤッパスタが、二人がかりで挑んでいる事が伺えた。
ウサ耳アルネロは、ハピスさんの大声がする度に、窓から様子を伺っている。
「ぎゃ、逆に問いますが、貴女はそれで良いんですか?好きでも無い男の、子を生むって…」
俺は動揺を隠す様に、入れ直して貰った紅茶を口に含んだ。
「ん?ふふっ…私はお前の事を十分好いているつもりだが?」
ぶぅーーーーーー!!
やってしまった。
ちょうど窓の外を見ていたアルネロに紅茶をぶっかけてしまった。
「あーーーーきさまーーーころすわ。」
「す、すみませんでしたぁ!!!」
俺はすぐに土下座に移行し、ウサ耳アルネロの眼下で頭を床に擦りつけた。
「あははははははっ!!!」
ジャクシンさんは大きく笑い、アルネロは俺の頭を何度も踏みつけて来る。もちろん強肉弱食で弾かれるも、諦めず何度も何度も踏みつけてきた。
「ははは、アルネロ。そろそろいいだろう。許してやってくれ。ふふっ。」
「いや本当にすみません………それとジャクシンさん。そういうお話でしたら、お断りさせて頂こうとお思います。」
「…ふむ、理由を聞いても良いか?」
俺は土下座から正座に切り替え、そのままジャクシンさんをまっすぐ見つめ言葉を続けた。
「もうお気付きなのかもしれませんが、皆さんに言えない事情を私は持っています。それにこの街に来てまただ一ヶ月も経っていません。自分の身の振り方を早々に決めるには時間が足りないんです。」
最終目標はこの国も滅ぼさなければならないかもしれない。そうなれば今の貴族制度は廃止になるだろう。
帝国側の事情も見なければならないし、意外に課題は多いのだ。
「そうか。少し急ぎすぎたのかもしれないな。謝ろう。すまなかった。」
「い、いえ。好意を持ってくれていると言われたのは正直嬉しいです。真偽は分かりませんが。ただ、すぐには無理です。」
「分かった……時にコースケ。庭の連中もそうだが、何かの特訓をしているそうだな。どうだ、一緒にダンジョンにでも行ってみないか?私も教えるのは得意だぞ。」
「え?ええ。それは構いませんが、この街のトップでしょ?そんな事してる時間あるんですか?」
ジャクシンさんは紅茶を呑むと、窓の外を眺めながら涼し気な表情になった。
「ギルドは後任に任せた。軍等の指揮も前任だった叔父様にお願いする手筈を整え、昨日辺境伯…お父様にも許可を頂いた。そう、今の私はただの軍人の一人にすぎん。」
凛とした顔が太陽の光に反射し照らされ、まるで絵画を見ている様に美しかった。そして、彼女が軍のトップを降りてまで、本気で婚約を考えていたと感じた。
「………分かりました。一緒に行きましょう。ダンジョンへ。」
こうして
この世界に来て始めてのダンジョン行きが決まった
 




